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PLANET LAND - 彗星から惑星へ -

305,817 字

青春群像劇、家族の物語、成長譚

"彗星のように駆け抜けた日々から、自らの重力で輝く惑星へ。これは、出会いと別れを繰り返し、居場所を見つける若者たちの物語。"

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第33話 ミケランジェロ

 未使用教室に運び込まれた長机が、口の字型に並べられている。
 そこにプラネットランドのメンバーに加えて、演劇部から瀬良と田﨑、軽音サークルの佐藤、映像研究会の宮西、管弦楽サークルの日崎、被服サークルの春川、ハンドメイドの佐々木、放送研究会の森山らが揃え、テーブルを囲んでいた。

 杏奈は緊張の面持ちで見渡すと、言葉を出した。

「皆さん、六友祭に続いて、今回四国国際芸術祭への参加にあたり、プロジェクトPLの再結成に集まっていただいてありがとうございます」

 参加する団体の代表者が、ひとりひとり挨拶を交わす。
 学祭で共に、一つのものを作り上げた面々は、容易に打ち解けて、和やかな雰囲気になっていった。
 すると宮坂が、ノートパソコンに手を伸ばした。

「今回は本学内だけじゃなくて、外部にも出演協力をお願いしています」

 一瞬ざわつきが止むと、教室前方のモニターに映像が立ち上がった。
 すかさず全員が注目する。
 まず画面に、一人の老人の姿が現れる。
 穏やかな目。
 しかし、どこか威厳を感じさせる佇まい。

「初めまして、久保崎慎二と申します」
「島根県久羽乃町で、有志劇団『澄水座』を主催しております」

 その名乗りに、瀬良と田﨑が同時に顔を見合わせた。

「……久保崎慎二って」

「ロワイヤルクラスの?」

 久保崎は、少しだけ肩をすくめるようにして笑った。

「監修として頼まれたんですが、なにぶん年寄りでね」
「近未来の設定には、あまり役に立てないかもしれませんが……よろしくお願いします」

 柔らかい口調ではあったが、その場の全員が、無意識に姿勢を正した。
 また画面が切り替わると、今度映ったのは、白いシャツにエプロン。
 店のテーブルについている男が、笑顔を見せた。

「澄水座の台本を担当している、田澤です」
「私は台本の方の監修を担当させて頂きます」

 すると、ますます口元がゆるむ。

「わっはっは、さあみんな笑ってみな」
「怖いのなんて吹き飛んじゃうから」
「いい舞台にしましょう」

 誰も反応できず、教室の時間が止まった。
 何が起こったのか、理解が追いつかない。
 杏奈だけが、頬を染めて俯き、思わず小声でつぶやいた。

「……お父さん、確かに、あのアニメの有名なセリフやけどさあ」

 その横で、聡志が小さく笑う。

「相変わらずだな、マスターは」

 宮坂が、手元のパソコンを見ながら口を開いた。

「続いて、澄水座の出演者の皆さんを紹介します」

 モニターの表示が切り替わる。
 画面はいくつかの四角い枠に分かれ、そのうちのひとつが順番に、拡大されていった。
 まず、がっしりした男が、少し照れたように頭を下げる。

「田澤健作、澄水座で演者をしてます」
「よろしゅうどうぞ」

 続いて別の枠が拡大。
 僧衣姿の男が、穏やかに会釈する。

「禿谷(かむろだに)秀然です」
「同じく演者です、よろしくお願い致します」

 そして、次の人物が画面に現れると、ユズが思わずにやけてしまった。

「高梨雄吾です」
「澄水座の座長をしています」
「他にも澄水座から数名、研究者や兵士役で舞台に出演させて頂きます」
「よろしくお願いします」

 ユズは、胸の高鳴りが押さえられない。

(雄吾さん……また、お会いできるんですね)
(やっぱ渋すぎるわ)

 言葉には出さないつもりでも、口元がほんの少しだけ緩んだ。

 教室に拍手が起こる。
 宮坂が、その拍手が収まるのを待ってから続けた。

「最後に、もうお一人」
「ご紹介させて頂きます」

 モニターが再び切り替わる。
 その瞬間、いずみ亭でノートパソコンの前にいた幸弘が固まった。
 画面に現れたのは、一人の女性。

「多辺志織と申します」
「コメーテスデザインオフィスという会社を経営しております」
「企業として協賛すると共に、ポスターやパンフレット、webデザインを担当いたします」

 教室の面々が、画面を見つめる。
 幸弘だけが、別の意味で言葉を失っていた。

「……志織、さん」

 由美加がそっと画面を覗き込み、隣で固まっている幸弘の横顔へ、静かに視線を移して苦笑した。

 続いて杏奈が、小さく身を乗り出す。

「えーと、それじゃあ、あれ?」

 全員が、きょとんとした顔で杏奈を見ると、一瞬言葉に詰まり、視線をさまよわせた。

「いや、あの……決めなきゃいけないことが多くて、何から始めたらいいのか……ごめんなさい」

 その一言に、教室にふっと笑いが広がった。
 モニターの中で、久保崎がゆっくり頷く。

「わかるなあ」
「まだ台本だけの状態だからね」

 軽く手を組み直す。

「まずは、台本を元に、内容の詳細な部分を詰めていかないかい?」

 続いて、別の枠が点灯する。
 雄吾だった。

「そうですね」
「キャラクターの個性や情景を決めると、それに合わせた衣装やセットが絵になってくる」
「配役は、決まってますか?」

 峯岸が軽く手を挙げて立ち上がった。

「配役は、ある程度決めてます」
「まずは、学祭と同じく、私と多辺でメインをやらせて頂きます」

 聡志も立ち上がる。

「よろしくお願いします」

 二人が並んで頭を下げると、その場に拍手が起こった。
 モニターの中で、幸弘が頷く。

「前回の実績から異論はないよ」
「杏奈も、君たちにイメージを合わせているんだから、な?」

 杏奈が、少しだけ照れたように頷いた。
 すると健作が、モニター越しに身を乗り出した。

「あと、ちょっと気になったんじゃけど、ええですか?」

 杏奈が頷く。

「なんですか?」

「このラスボス、今回は長丁場で、出番も多いし……その度に“適正相性管理統括システム”って、長すぎんかな?」

 秀然も静かに口を開いた。

「確かに、会話のテンポも悪くなりますね」

 放送研の森山が、すぐに乗る。

「じゃあ、名前つけましょうよ」
「コードネームみたいなやつ」

 春川が腕を組みながら考える。

「衣装は前回のミナさんのデザインを流用しますけど……かなり荘厳で、壮大な名前がいいですね」

 佐々木も続いた。

「場所がシスティーナホールだから、品格とか知性もあった方がいいですね」

 一同が、ふっと黙り込む。
 それぞれが、頭の中で言葉を探し始め、静かな時間が流れた。
 その中で峯岸の意識だけが、別の場所へ引っ張られていた。
 ふと浮かぶ、フタバの声。

「バチカンの、システィーナ礼拝堂天井画を、完全再現しちゅうがで」

(……バチカン……システィーナ礼拝堂)

 あのときの光景とあのときの声。
 そのまま、峯岸は手元のスマホを操作して、検索を始めた。
 やがて画面を見た瞬間、小さく息を吐いた。

「……これや」

 思わず漏れたその声に、全員の視線が集まる。
 峯岸が顔を上げて、迷いはなく告げた。

「ミケランジェロ……は、どうですやろ?」

 教室の静寂の中で、何人かが息を飲むのがわかる。
 峯岸は、そのまま言葉を継いだ。

「ミケランジェロは、同じルネサンスのダヴィンチやラファエロと比べても、異常なくらい完璧主義やった人らしいです」
「勝手な想像ですけど、頑固で偏屈で、融通の効かん人やったんやないかと思うんです」

 少しだけ肩をすくめて続ける峯岸。

「そう考えたら、自分の思い込みのハルシネーションで突っ走る、このシステムの名前にはぴったりやないですか?」

 ミナが、ふっと息を漏らした。

「……いいじゃん」

 春川も、小さく頷く。

「確かに、衣装のイメージにも合います」

 森山も何度も頷いた。

「ミケランジェロ、か……呼びやすいし、通りもいいですね」

 モニターの向こうで、久保崎が満足気に微笑む。

「いい名前だ」
「名前がつくと、急に輪郭が見えてくるね」

 杏奈は、その響きを胸の中でそっと反芻する。

「ミケランジェロ……」

 名前を持つだけで、冷たいシステムが、人間を選別し、管理する超常的な存在へと変容していく気がした。
 杏奈が、手元の台本に目を落としながら口を開く。

「では、配役を発表します」
「高梨雄吾さん」
「システム“ミケランジェロ”の開発者役をお願いします」

 モニターの中で、雄吾がすぐに頷いた。

「わかりました」

 間を置かず、ユズが手を挙げる。

「ウチはその助手ってことで」

 杏奈は一瞬も迷わず、次へ進む。

「禿谷(かむろだに)秀然さんには、ミケランジェロを神格化して、人類を洗脳する司祭役をお願いします」

 ユズが、思わず突っ込む。

「華麗にスルーですか」

 教室にまた、笑いが溢れた。
 モニターの中では、秀然が満足そうに頷く。

「司祭、良いですね」
「一度言ってみたかった」
「……アーメン」

 今度は一同が一斉に吹き出した。
 笑いが広がる中、杏奈はそのまま次へ進める。

「田澤健作さんには、システムのセキュリティガード役をお願いします」

 健作が、にやりと笑った。

「まかいとけ」
「元自衛官の訓練、しっかり再現したるわいな」

 杏奈が、台本を見ながら口を開いた。

「瀬良さんと田﨑さん、あと参加してくださる演劇部の皆さん」
「システム……つまりミケランジェロの暴走を止めるために暗躍する、レジスタンス役をお願いします」

 瀬良が、口元を歪める。

「そんなん良いの? おたくら食っちゃうかもよ」

 あえて挑発とも取れるような言い方に、隣の田﨑がやれやれ、といった様子で首を振った。
 だが、聡志はすぐに返す。

「望むところですよ」

 瀬良が聡志に不敵な笑みを浮かべると、聡志と峯岸も笑顔で返した。
 そして宮坂が、軽く手を挙げる。

「僕は今回、舞台装置の調整と演出を兼任します」
「役は四幕以降で、過去のシステムのメッセンジャー役になります」

 ミナも続く。

「私の役も同じく四幕以降で、衣装制作や当日の着替え補助がありますので、過去システムの調整役を担当します」

 ユズが、少し身を乗り出した。

「ウチの役も、舞台背景や小道具、例えばデータファイルの管理を担当しますんで、四幕からです」

 雄吾の眉が上がる。

「それじゃあ、君たちは出演時間が短くなるよ」
「君たちの舞台なのに……」

 三人は顔を見合わせて、宮坂が返した。

「この舞台は、あの学祭で僕たちが生み出した物語です」
「演出も、衣装も、小道具も、僕たち自身の手で作り上げたいんですよ」

 ミナとユズも続ける。

「衣装や小道具のひとつひとつにも、私たちの思いを込めたいんです」
「もちろん、春川さんと佐々木さんにもお手伝いをお願いしますけど」

「ウチらにしかできん、ウチらプラネットランドが作る世界は、自分らの手で作りたいんです」

 田﨑が黙って手を叩くと、その場にまた拍手が響いた。
 画面越しの雄吾も笑顔になる。

「皆さんの思い、受け取りました」
「あなた方の舞台で」
「その世界を創れるように、気を引き締めて出演させていただきます」

 画面の小窓の中で、健作と秀然が頭を下げた。
 今度はまた、瀬良が口を開く。

「我々は、この世界を乗っ取って、自分達の色に染められるように頑張ります」

 田﨑がため息をついた。

「こうは言ってますが、お声がけ頂いて、本人かなり楽しみにしてますんで」
「お客さん達に、素晴らしいものを見せられるように、気合を入れていきます」

 最後に杏奈が頷いた。

「私は、前回同様、語りを担当します」

 田﨑が、台本をめくりながら顔を上げる。

「あと、ミケランジェロをスキャンするプログラム役は? 台本見たらセリフあるけど?」

 その一言で、場の視線が杏奈へ集まる。
 その横で、宮坂が口を開いた。

「AI生成による、自動音声を考えています」

 納得するように、田﨑が小さく頷いた。
 そのとき、杏奈の視線が、ふと峯岸へ向く。

(ごめんなさい、今はまだ、言えません)
(サプライズなんで)

 すると、今度は画面の中の秀然が声を上げた。

「折角だから、プログラムにも名前をつけてあげましょうよ」
「ミロクって言う名前、いかがです?」

 杏奈の顔がぱっと明るくなった。

「プログラム……ミロク、良い名前ですね」
「どんな意味が?……」

「ズバリ、弥勒菩薩様」
「未来にこの世に現れて、世界の人々を救うと言われている仏様です」
「……56億7000万年て言う、とんでもない先の事なんですけどね」
「だけど、未来を救うって意味ではピッタリじゃないですか?」

 一同が顔を見合わせて頷き合い、杏奈に視線が集まると、迷わず言葉にする。

「異論はありません」
「じゃあ、学祭にも登場した物語の核になる、観測システムにも名前が欲しいですね」

 次は健作が動いた。

「そりゃあ、ガリレオしかないじゃろ」

 宮坂が呟く。

「そうですね、人間の人生を惑星の軌道になぞらえて、文字通り観測するシステム」

 ミナも同意した。

「他に何があるんだ、て話よね」

 また拍手が起こり、話がひと段落すると、聡志が静かに手を挙げる。

「ひとつ、提案いいですか?」

 杏奈が顔を向ける。

「なんですか?」

「この台本、杏奈が自分の言葉を乗せるわけじゃん?」

 その言葉に、モニターの向こうで幸弘の表情がわずかに変わる。

(……また呼び捨てか)

 聡志が、まっすぐ杏奈を見る。

「最後の演説、杏奈がやるべきだよ」

── 第31章 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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