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とある大正新婚夫婦の異世界転移サバイバル!日記

93,514 字

異世界転移、夫婦愛、家族の再生、コミカルサバイバル

"大正ロマンと異世界サバイバルが織りなす、笑いと涙の家族物語。"

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第四十三話 きな子、こいつらにみんな話したな

『アズキゴンドラ一号』は
なんとか空中でバラバラになることなく
無事その役目を全うした

アズキは、飛び立った草むらへと
ふわりと優しく舞い降りた
強靭な爪がゴンドラの取っ手をそっと放す
アズキもゴンドラが空中で自壊するのを
庇ってくれていたようだった

祥吾は急いでゴンドラの底板や接合部を点検し
とりあえず致命的な崩壊箇所がないことに
ほっと胸を撫で下ろした
そして、ゴンドラを守り抜いてくれた
アズキへの深い労いを込めて
その巨大な羽をぽんぽんと軽く撫でてやった

表面上は頼れる家長として
落ち着いたふりをしている祥吾だったが
その胸の内は、暴風雨が吹き荒れ
今にも精神の堤防が決壊寸前だった

内心では今すぐにでもきな子の元に駆け寄り
身振り手振りを交えて
「先ほどのは違うのだ!」
と強く強く主張したい
だが、すぐ横に微笑んでいる千草の目がある手前
不審な行動を起こせるはずもなかった

「旦那様、屋敷での仕事がありますので
 お先に帰らせていただきますね」
千草はきな子と手を繋ぎ
アズキを伴って屋敷へと歩き出そうとする

千草ときな子が二人きりになる
祥吾は血相を変え
慌てて傍らの神爺を捕まえると
誰にも聞こえないほどの小声で必死に頼み込んだ

「頼む神爺!
 きな子が千草に、余計なことを伝えないように
 見張っていてくれ!」
「ふむ? ……どうしようかのう?」
神爺は、祥吾の足元を見透かしたように
ヒゲを撫でてもったいぶる。

「わかった! わかったから!
 今夜の晩酌に色をつけよう!」
「ほう、色とな?」
「あ、ああ! 西洋の酒を出そう! 葡萄酒だ!」
「なんじゃと!? 西洋の酒がこの屋敷にあるのか!」
「ああ、確か蔵の奥の冷暗所に置いてあるはずだ!」
「ふぉっふぉっふぉ!
 そういうことなれば
 このわしに任せておくがよい!」
神爺は現金極まりない笑い声を上げると
ひらりと跳躍し、きな子の小さな肩へと飛び乗った

「はぁ……」
ようやく心拍数が正常に戻った祥吾は
顔に引きつった笑顔を糊付けし
屋敷へ向かう千草たちを見送った

しかし、それからの日々は
祥吾にとって、張った綱の上を
歩かされているようなものだった

空中捜索の日の夜
きな子が千草と離れたのを見計らって
祥吾は、きな子が感じたことは、間違いであり
自分たちは十分に仲が良いのだと
腕、足、首、胴体を使い、顔の筋肉も限界まで稼働し
おまけに通訳として神爺の力まで借りて必死の弁明を試みた

それを見て、きな子は最初「可哀想なものを見る目」をしていたが
途中からは深く納得したような表情に変わり
最後には、力強くこくりと頷いてみせた

(よし! 伝わったぞ!)
祥吾が安堵と感動に打ち震えた
だが、その直後
きな子は、祥吾を見上げてにっこりと笑うと
自分の小さな胸をどんと叩いてみせたのだ

ゾッ―― 瞬間、祥吾の背筋に
氷の刃を突き立てられたような寒気が走った

案の定、きな子は、完全に見当外れに
理解したようだった
捜索の時に出くわした狂暴な魔物を、祥吾が倒すと
祥吾がこんなすごいことをしたという事を
千草に、大げさな身振りと神爺の通訳を交えて話した
さらには、祥吾と千草の間に割り込んできては
二人の手を無理やり引っ張って
強引に握らせようとする始末

祥吾の精神は連日ガリガリと音を立てて削られていった

精神的にすっかり参ってしまった祥吾は
逃げ込むように厩舎へと足を運び
愛馬・疾風に愚痴をこぼしていた。
「なあ、お前からも説得してくれよ?」
無駄だと分かっていながらも
心の澱を吐き出す祥吾。

ところが、いつもなら
馬鹿にして一鳴きしそうな疾風が、何の反応も返さない
不審に思って見ると
疾風は、ひじょーーーに微妙な、生温かい表情を浮かべていた

「……えっ?」
とてつもなく嫌な予感に見舞われた祥吾は
厩舎の外でまだ小さくなりきらずに
寛いでいたアズキへと視線を向けた

スッ……
アズキは、祥吾と目が合った瞬間
あからさまに視線を逸らした。

さらに心に重い石を乗せられた祥吾は
ふらふらとした足取りで、次々と家畜たちを見た。
草を食む牛のハナ、鶏のタマたち、牛のポチたち。
そのすべてが、祥吾の姿を見た途端に
スススッと目を逸らしたのだ。

(きな子、こいつらにみんな話したな)
目を逸らしながら
どこか笑いをこらえているような家畜たちを見て
祥吾は、さらに精神を削られていくのだった

だが、祥吾は知らない
まだ、その先が待ち構えていることを

第四十四話 最悪、塩がつきましても大丈夫でございます! (いや、大丈夫ではないだろう)

家畜たちからの視線に晒され続け
これ以上、精神を削られることに耐えられなくなった祥吾は
悲壮な玉砕覚悟で、きな子を言いくるめ――いや、説得にかかった

「きな子。……俺と千草のために
いろいろと考えてやってくれているのは
本当に嬉しい
そう、ほら、涙が出るほど嬉しいのだ」

祥吾は両手できな子の小さな肩を掴み
そう言いながらポロポロと本物の涙を流した
ただ、それは決して感動の嬉し涙などではなく
己の不甲斐なさに対する、情けなさの涙であった

しかし、それをきな子に知られてはならない
鉄壁の神爺の防御と厳密なイメージ伝達の下
祥吾の決死の情けない演技が続く

満足そうに頷くきな子を見て
祥吾は涙を拭き、スッと真剣な顔を作った。
祥吾の纏う空気がピリッと変わったことに気付いたきな子も
居住まいを正す

「しかしだな、きな子
 これは、俺自身でなすべきものなのだ
 他の者の手を借りてしまっては
 俺の、千草に対する、じゅ、純粋な想いがだな――」
自分でも何を言っているのか分からなくなり
途中からしどろもどろになる祥吾

だが、切実すぎる念だけは
きな子にしっかりと伝わったらしく
彼女はすこししょんぼりとした顔になってうつむいてしまった

「誤解しないでくれ
 きな子が余計なことをしたと怒っている訳ではないんだぞ
 俺のために動いてくれた
 きな子のその気持ちは、とてもうれしいんだ」
「……う、れ、し、い?」
「えっ?」

祥吾は、耳を疑った。
今、きな子の口からこぼれ落ちたのは、日本語だった

きな子には、
千草と共に神爺を通じて彼女の故郷の言葉(エルフ語)を
教えてもらっているが
こちらから意図して日本語の単語を教えたことは
まだ一度もなかったはずだ

「たいしたものじゃな」
 肩に乗った神爺が、感心したようにヒゲを撫でる。
「おぬしたちがエルフ語を学んでいる合間に
 あの子は祥吾や千草の言葉の響きを聞き取って
 意味と結びつけて覚えていっておるようじゃ」
「きな子、そうなのか……?」
驚いて尋ねる祥吾に、きな子は少し恥ずかしそうに
けれど誇らしげにこくりと頷いた

「すごいな、きな子は!」
祥吾は感極まって、きな子の柔らかな髪を優しく撫でた。
「……わ、た、し、す、ご、い?」
「ああ、すごい。本当にすごい!」

その純粋な賞賛の気持ちは
神爺を通さずとも直接きな子の心にすっと入り込んでいった
褒められたきな子の表情が
まぶしいぐらいに輝く

「千草には、もう話したのか?
 ……そうか、まだか
 千草にも聞かせてやってくれ
 きな子といっぱい喋りたいとずっと言っていたからな」
そういって、祥吾はきな子の小さな手を引いて千草の元へと向かう
きな子は、温かく包み込まれたその手を
嬉しそうに見つめながら後をついてきた

「あっ」
廊下の途中で不意に思い出して
祥吾が立ち止まり、話を戻す。
「さっきの話だが、俺と千草のことは……
 俺に任せてくれるな?」
今度はしょんぼりすることなく
素直に大きく頷いてみせたきな子を見て
祥吾は心底ほっと胸を撫で下ろした。

千草に、きな子が日本語を覚えている件を伝えると
千草は驚くと共に大喜びした
さっそく、二人で片言の単語を並べて
楽しそうにやりとりを始めている

やがて、きな子の覚えている単語が尽きると
千草は祥吾の方に向き直って言った
「旦那様、これからは、
 きな子の日本語の勉強も一緒に行いましょう!」
「そうだな。きな子も望んでいるようだしな」
そうして、きな子の日本語の勉強が
西園寺家の日常に新たに追加された

その後、きな子が神爺と一緒に
日課となっている疾風やアズキたちの世話に向かい、二人きりになると
千草が先ほどまでの柔らかな笑顔を引っ込め
真剣な顔つきで祥吾に向き直った。

「旦那様。……実は、ひとつ心配なことがあります」
「心配なこと? なんだ、改まって」
「はい。……塩の事なのです」
「塩? ――っ! そうか!」
祥吾はハッと膝を打った。
「はい。先ほど、蔵に保存しております塩の残量を確認して参りました
 当面は心配ないかと思われますが、いずれは必ず尽きてしまいます」

「そうだな……この森の中で、塩を得ることはできないか」
祥吾の頭に浮かんだのは
海岸に広がる塩田の風景だった
塩というものは
海や海水がなければ手に入らないものだと思っていた

だが、千草は首を振った。
「いえ、森や山でも塩を得る方法は幾つかございますわ」
「えっ? そうなのか?」
「はい。海水でなくとも、地中に岩塩の層があったり
 塩分を含んだ水が湧き出ている場所があったりいたします
 この森や山脈にそれがあるかどうかは
 調べてみないとわかりませんが」
祥吾も、士官学校でたたき込まれた知識を思い出した
「なるほど、そうか
 今後の空中捜索には、それも含めることにしよう」
妻の、軍人もかくやという非常時の知識に感心し、祥吾が頷く

「わかりました、……そのほかにも
 塩分を多く含んだ特定の植物から取り出すこともできますし」
千草の言葉が、徐々に不穏な空気を帯び始める。
「最悪の場合は、仕留めた魔物や動物の血を使って
 料理をするということも――」

「ちょ、ちょっと待て千草」

祥吾は、全身の毛穴がざわっと粟立つのを感じながら
結果の分かっている空しい問いを投げかけた。
「……それは、実際にやったことがあるような口ぶりだが」

「はい! ご安心下さいませ!」

千草は、不安など微塵も感じさせない
極上の笑顔を向けた
「父との調査生活で、
 それらはすべて体験して実践しております
 ですから……最悪、塩が尽きましても大丈夫でございます!」

自慢げに胸を張る千草

(いや……全然、大丈夫ではないだろう)

誇らしげな妻を、表面上は
「おお、それは頼もしいな」
と引きつった笑顔で見つめながら
祥吾の内心は、いつか食卓に
得体の知れない魔物の血がたっぷり入った真っ赤なスープが
千草の嬉々とした笑顔と共に並べられる光景を想像して
心の底から震え上がっていた

── 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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