← 作品ページへ戻る

PLANET LAND - 彗星から惑星へ -

305,817 字

青春群像劇、家族の物語、成長譚

"彗星のように駆け抜けた日々から、自らの重力で輝く惑星へ。これは、出会いと別れを繰り返し、居場所を見つける若者たちの物語。"

← 右から左へスクロール

第34話 人は変わる

 聡志の言葉で、全員の視線が杏奈に集まる。
 杏奈は意表を突かれて、慌てた口調で返答する。

「私が、最後に? でも……」
「それまで姿を見せないのに、突然現れたら観客の皆さん、戸惑いませんか?」

 一瞬静まり返ると、モニターの向こうから、久保崎の声が聞こえた。

「君は終始、語り部をやるんだ」
「同じ声で、最後の最後に姿を現しての、締めの演説」
「かなり説得力あるよ」

 その穏やかな声から、自信を得たのか聡志の声が弾む。

「さっきも言ったけど、杏奈が自分で生み出した言葉だ」
「他の誰かが話すより、杏奈本人が一番気持ちを込められるだろう?」

 峯岸が、宮坂が、ユズもミナも、プラネットランドメンバー達が杏奈を見て力強く頷いた。
 杏奈は、目を泳がせながら答える。

「……出来るでしょうか? 私に」

 モニターの中の幸弘が笑った。

「逆にお前にしか出来んと思うぞ」

「お父さん……」

 父の言葉に、杏奈は声を震わせて視線を落とす。
 画面越しに様子を見ていた志織が、優しく微笑みながら、語りかけた。

「杏奈ちゃん、お父さんの言う通りよ」

 今度は幸弘が顔をこわばらせた。
 画面に映らない場所で、隣にいる由美加がその横顔を見て、にやりと笑う。
 志織は言葉を続けた。

「あなたが学び、仲間と一緒に積み上げたものが、沢山あるはずだよ」
「感謝だとか、絆とか、とにかく沢山」
「その思いの丈を、言葉にすれば良いの」

「……志織……おかあさん」

 顔を上げた杏奈の目が見開かれた。
 志織の、慈しむような表情は変わらない。

「あなたが自分で見つけた、あなた自身の言葉で、ね」

 その時、杏奈の耳の奥で、初めて志織と出会った日の言葉が響いた。

『あなたは、あなたになりなさい』

「うちが見つけた……うちの言葉……」

 杏奈が、深く息を吸い、力強く告げる。

「わかりました、やらせてください」

 ユズが手を叩き始めると、ミナに、峯岸に、そのまま波のように広がっていった。
 杏奈はほんの少しだけ背筋を伸ばす。
 しかしモニターの向こうの幸弘が、険しい顔に変わった。

「杏奈、今のままの原稿じゃといけんぞ」

 拍手がすっと引き、杏奈が戸惑ったように顔を上げる。

「どう言うこと?」

「いまの形じゃと、綺麗にまとまりすぎじゃ」
「これじゃと観客の心には残らん」

 容赦のない言葉に、杏奈の指先がわずかに強張る。

「どうやったらええの?」

「それは、自分で考えんと意味がない」
「人に言われて出した言葉は、所詮人の言葉じゃけえ」
「自分で気づかんといけん」

 杏奈は、まっすぐにその言葉を受け止めて、小さく頷く。

「はい」

(そんな厳しいことも言えるんだ……)

 含みのある顔の志織と、画面越しに目が合った幸弘が、すっと視線を逸らした。
 幸弘の言葉に項垂れている杏奈を見かねて、ミナがそっと口を開く。

「杏奈ちゃん、ヒントになるか分からないけど、ハローライフのセリフ、思い出して」

「あのセリフを?」

 ミナは小さく頷いた。

「あれが何で人の心を打ったのか」
「あそこにいるメガネが、伝えたい相手にその気持ちを乗せたものだったでしょ?」

 その瞬間、宮坂が耳まで赤く染めながら、眼鏡を上げた。
 杏奈はその反応を横目で見ながら、ゆっくりと呟いた。

「たったひとりに、伝えたい言葉……ですか?」

 ミナは首を縦に振った。

「一人じゃなくても良いよ」
「伝えたい相手の顔を浮かべられれば、出てくると思うよ」

 しかし、杏奈はすぐには頷けなかった。

「私には、自信がありません」

 ミナは柔らかく言葉を足してゆく。

「そんな時には、周りに相談しなよ」
「もちろん、マスターにも」

 モニターの向こうで、音声をミュートにした幸弘が由美加を見て苦笑する。

「ヒント、甘すぎじゃの」
「周りに恵まれすぎじゃ」
「これも、杏奈の重力か……」

 杏奈はもう一度、台本を見つめたあと顔を上げ、モニターの中の小窓に映る面々を見た。
 そして、河瀬の顔が浮かぶ。

(……伝えたい言葉、いっぱいありすぎる)
(……ありすぎて、まとまらん)

 杏奈が、黙って思案に暮れる様子を見て、ミナがふっと苦笑した。

「じゃあ、あとは私が進行を引き取ります」
「全体会議で決める内容は、大まかにまとまりましたので」
「このあとは、衣装、小道具、演出、舞台装置」「それぞれ各班に分かれて詰めていきたいと思います」

 ミナはそのまま、モニターへ向き直る。

「リモート参加の皆さん、本日はお忙しい中、ありがとうございました」

 久保崎が画面の向こうで目を細めた。

「若いっていいねえ」

 しみじみとしたその一言に、教室のあちこちで小さな笑みがこぼれる。
 そのときだった。
 幸弘の画面に、由美加が割り込んできた。

「皆さん、最後にすみません」

 幸弘が横で、戸惑った顔をする。

「私は……ええと、何にしよ」
「田澤幸弘の妻で、洋食処いずみ亭の女将でええか」
「田澤由美加です」

 志織の目が、画面の由美加に釘付けになる。

「この人が……由美加さん」

 由美加はにこやかに言葉を続けた。

「多辺さんの所のように、うちの店も協賛したいのですが、良いですか?」

 ミナが思わず目を見開く。

「ありがとうございます」

 由美加は、さらにもう一つ続けた。

「また、こちらの商工会を通じて、奉加帳のような形で支援を募っても構いませんか?」

 その申し出に、教室がざわついた。
 学生たちだけの企画だったものが、少しずつ外の世界へつながり、広がっていく。
 その事実は、作り手に責任や覚悟、と言ったものを芽生えさせるには充分だった。
 聡志と峯岸は顔を見合わせ、いつも笑顔のユズまでも、口を結んで身震いする。
 ミナが姿勢を正し、はっきりと答えた。

「願ってもないことです」
「本当にありがたいです」

「こちらこそ」
「お役に立てて、嬉しいです」
「応援しとりますからね」

 由美加が頭を下げると、また拍手が起こった。
 宮坂がモニターを操作し、リモート通信が静かに終了すると、教室はすぐに各班での協議へと動き始めた。
 俯いている杏奈の肩に、聡志が静かに手を添えた。

「じっくり考えたらいいよ、お前の言葉だ」

「おつかれ〜多辺っち、杏奈チャン」

 瀬良が二人の元に歩み寄ってきた。

「お疲れ様です、瀬良さん」

 聡志が答えると、杏奈はこわばった顔で会釈する。

「なに〜? 深刻な顔して〜大丈夫だよ、あれだけの世界を書けるんだから」

「ありがとう……ございます」

 瀬良は笑顔のまま、ため息をこぼした。

「でさ、本編の三幕と四幕のうちのパートだけどさ、台本の擦り合わせが必要だと思わない?」

 杏奈がはっとした顔で頷いた。

「確かにそうですね」
「大人数の動きとか、私にはどう書けばいいか、わからないです」

「でしょ?だからさ……」

 すると瀬良は、聡志を見て手を合わす。

「ごめん、多辺っち、ちょっと外してくんない?」

 不思議そうな顔を見せる聡志の元に、峯岸が近寄って来た。

「聡志、ちょっとええか? セリフ確認しようや」

「あ、そうだな、わかったよ」

 聡志は杏奈と瀬良を交互に見てから、軽く笑ってその場を離れた。
 すると、瀬良が教室の入り口に立つ女生徒を導いた。
 その姿に気づいた杏奈が、目を見開く。

「……あの人……あの時の」

 あのスキーサークルの一連の騒ぎの時、連行される男達の前に立ち、狂ったように泣き喚いて糾弾していた姿が思い出された。

「あの状況を見てたら、察しはつくよね」

 瀬良の表情から笑顔が消える。

「ゆっくりだけど、彼女は前を向いて歩こうとしてる」

 女生徒が、どこか怯えたような態度で、瀬良と杏奈の前に立った。

「田澤……杏奈さん」
「演劇部作家見習いの、広原歩美です」
「演劇部パートの台本の調整のお手伝い」
「あの……やらせてください」

 深々と頭を下げた。

「歩美ちゃん、あなたと同じ一回生なの」
「いろいろ教えてあげてくんない?」

 瀬良の言葉に、杏奈の顔がぱっと明るくなった。

「もちろんです! こちらこそ、色々教えてください」
「よろしくお願いします!歩美ちゃん」

 杏奈が手を差し出すと、歩美は一瞬瀬良の顔を見ると、恐る恐るその手を握り返した。

「はい……よろしくお願いします」
「杏奈……ちゃん」

 その夜。自室でユズは、小道具のスケッチを描いていた。

「前の石の中のデータファイルは、そのまま使うとして……」
「あとは装飾品やな」

 そこにチャットの通知。

「誰やろ?」
「あら、珍しい」

 メッセージの相手はフタバだった。

【ユズ、久しぶり。元気?】 

【元気やで、珍しいやん、具合はどう?】

【良かったり悪かったりちや】
【杏奈ちゃんにも当たってしもうて】
【メッセージも送りにくうて】
【海斗どうしゆう?】

【何?気にしとんの?】

【まあね】

【至って普通やで?】

【何で?】

【自分が普通にしてんと、あんたが心配するさかい言うてな】

【そうながやね】

【かなり無理してんで、海斗】

【関係ないやか、ほっちょいて】

【フタバ】

【なに?】

【あんたさあ、心配してほしいん? されたないん?】
【どっちなん?】

【うるさいちや】

【やっぱりミナに連絡したら良かった】

【なんで?】
【ミナやったら気ぃ使うてくれる思た?】

【今のあんたには、ウチよりもっとキツいこと言うで、ミナは】

【けんどよ】
【あーし、どもならんも】
【どうしたらえいが?】

【そら、あんたが決めることや】
【皆んなを遠ざけて、一人で頑張るか】
【ウチらを受け入れて、信じるか】
【どっちかや】

 その時峯岸は、弁当工場でアルバイトをしていた。
 ラインは止まらず、無数の弁当が次々と、一定の速さで流れてくる。
 ラインに並ぶ一人ひとりが、所定の場所に、それぞれ具材を詰めて行く。
 峯岸はバランの担当で、流れる弁当にリズム良くバランを差し込んでいた。
 単調な仕事にふっと気が緩んだ時、フタバの顔が浮かんだ。
 勝気な笑顔も、沈んだ顔も。
 そんな時だった。

「……あ、しもた」

 手元が狂い、ひとつに入れ忘れてしまった。
 慌てて差し込もうとして、流れる弁当を追いかけてしまう。
 するとまた、次々流れるものに間に合わない。
 結果、六個がバラン無しで流れていく。

「何ボサっとしとんねん!」

 後ろから声が飛ぶと、峯岸は、慌てて手を戻した。

「す、すみません!」

「ほらっ!手ぇ止めたらまた一緒やで!」

「はい!」

 ラインは止まることはない。
 峯岸は、ふたたび手を動かし始める。

(余計なこと考えたらあかん)
(手元に集中や)
(機械みたいになるんや)
(俺は部品や)
(システムや)

「……!」

 峯岸は息を呑んだ。
 弁当ひとつが、決められた手順で決められた順番で、淡々と組み合わされていく。
 迷いも感情もなく、ただ淡々と……

(……これや!)
(システムには感情はない)
(あったらあかん)
(粛々と、淡々と)
(人間を数字で選別して行く)
(それが……ミケランジェロや)

 峯岸は、再び手を動かした。
 マスクの下の口が、静かに閉じられる。
 その目はラインの一点を見つめた。
 そして、次々とバランを的確に差し込んでゆく。
 均等な動作。
 もはや何の感情もこもっていない機械のように、峯岸の手が一定のリズムを保ったまま動いていた。

 病室のフタバは、白い天井を見上げたまま、スマホを握っていた。
 やがて、静かな病室に浮かぶ画面の光に、ゆっくりと視線を落とす。

「相変わらず、オブラートに包むことができんがやね、ユズは」
「……至って普通って」

 指が画面の上で止まった。

「そんなこと、ようせん人やったに、海斗」

 少しだけ笑うが、すぐに真顔にもどる。

「あーしが知らん間に、みんなあ、変わって行くがやね」

 静けさの中に、ぽつりとこぼしたその時。
 通知音と共に画面が光り、新しいメッセージが届く。

【フタバさん、こんばんは】

「……」

 見覚えのある名前に、フタバは息を飲んだ。

「杏奈ちゃん?」

 慌てて画面に指を滑らせるフタバ。

【この前はゴメンで】

【私の方こそ、無神経でした】

【今日はどういたが?】

【今度、お見舞いに行っても良いですか?】

 予想していなかった言葉に、指が止まった。
 宙に目が泳ぎ、ひと息ついて返す。

【いきなり何?】

【是非、お願いしたいことがあるんです】

【メッセージやったら、いかんが?】

【直接会ってじゃないと、意味がないんです】

【だから、どんな話なが?】

【会ってからお話しします】

「……ふう」

 フタバは、スマホを見つめたまま、顔をしかめた。

 「もう、なんながで」

── 第32章 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

作品ページへ戻る

コメント

まだコメントはありません。最初のひとことをどうぞ。

しおりを挟みました