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PLANET LAND - 彗星から惑星へ -

305,817 字

青春群像劇、家族の物語、成長譚

"彗星のように駆け抜けた日々から、自らの重力で輝く惑星へ。これは、出会いと別れを繰り返し、居場所を見つける若者たちの物語。"

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第35話 待ちよりよ

 秋の昼下がりの優しい日差しの下で、鏡面のガラスに覆われた病院が、神戸の都市の光景と、高層建造物の間から、顔を覗かせる播磨灘の海面を映し出している。
 その前で、建物を見上げていた杏奈が、手にした紙袋の持ち手を、ぎゅっと握り直した。
 メッセージと、わずかな挨拶程度の会話。
 フタバと顔を合わせるのは、今回が初めてのことだった。

(フタバさん……メッセージやと、勝気な人じゃけど)
(峯岸さんに聞いたら、凄い繊細な人なんよね)

 杏奈はゆっくりと細く息を吸い、長く吐き出す。
 学祭で、語りを担当した時に身につけた、腹式呼吸。
 声を出す時だけでなく、気持ちを落ち着かせる時にも効果的だった。
 緊張の面持ちのまま踏み出し、正面の自動ドアをくぐった。

「こちらです」

「ありがとうございます」

 看護師は、少しだけ申し訳なさそうな顔を見せる。

「感染症対策で面会時間は十五分とさせていただきます」

「承知いたしました」

 軽く会釈をして、離れていく看護師の背中を見送り、目の前のドアを見つめる。
 意を決してドアをノック。

「……どうぞ」

 その声を合図に扉を開けた。
 窓から海の見える病室。
 そのベッドで、半身を起き上がらせて、ノートパソコンに向かう、若い女性。
 フタバ……山根双葉その人だった。
 メッセージのやりとりや、仲間達から聞く話の気の強いイメージとは違う。
 おっとりとした目元に、小さな顔。
 華奢な体は、病気の影響もあるだろうか。
 杏奈は頭を下げる。

「はじめまして、田澤杏奈です」

 フタバは、少しきょとんとしてから笑った。

「はじめましてやったっけ?」
「ああ、そうか……あーしは動画であんたを見ちゅうき」

「そうなんですね」

 フタバはクスクスとよく笑う。

「不思議やね、画面の向こうの人がおるがやも」
「なんか、芸能人がお見舞いに来てくれたみたいちや」

 フタバの笑顔は止まらない。
 物おじすることなく、自然な仕草で杏奈を椅子に座るように促した。
 そして、言葉をつなげる。

「どう? みんなあ元気?」

「はい、今度また新しい舞台があるんで、張り切ってます」

 フタバが目を細めた。

「そうかえ? いつあるが?」

「年末です」

 その返事に、フタバは息を飲んだ。

「たまぁ……忙しいがやね」
「あーしがおる頃は、六友祭も出れるかどうかやったがやに」

 杏奈は、腰をかけると、紙袋を膝の上に置く。

「先方から公演依頼が来まして、他のサークルの方や、私の地元の方々も協力して頂きます」

「杏奈ちゃん、あんたの地元って……あの湧水まつりの人らあ?」

「はい、そうです」

「ユズ、張り切っちゅうろう?」

 杏奈は、思わず少しだけ笑った。

「はい、とっても」

 フタバもつられるように口元を緩める。

「ユズか……あいつに言われたちや」
「皆んなを遠ざけて、一人でおるか、皆んなを信じて仲間でおるか……て」

 すると、杏奈が不意に頭を下げる。

「私……本当に無神経でした」
「本当にごめんなさい」

「何で、謝るが?」

 きょとんとするフタバに、杏奈は言葉を重ねてゆく。

「フタバさんの気持ち、理解しようとしてませんでした」
「一番復帰したいのは、フタバさんご自身だったのに」

「なんちゃあや、ないで」

 フタバは、窓の外に見える海に視線を移す。

「あーし、もう選手のピークが終わる、て言われた時、本当に絶望やったがよ」
「新体操の他に、取り柄なかったき」
「そんな時に、海斗に誘うてもろうて」

 顔を戻すと、目を閉じてため息をついた後、杏奈に笑顔を向けた。

「新体操の基本の動きをしたら、みんなあが喜んで、褒めてくれてね」
「あーしも、新しいことができるようになって、嬉しゅうなったがよ」

 その言葉に、笑顔で返す。

「私も、同じようなものです」
「私は、両親や妹のために、勉強しかしてきませんでした」
「大学でも、勉強以外するつもりは、なかったんですよ」
「そんな時に、聡志くんのチャップリンを見たんです」

「あれね、あれ上手いでね」

「はい、そこで誘われて学生会館に行ったら、好きなことは何かを聞かれて、詩を書いたんです」

 フタバが驚いて顔を上げる。

「聞かれたその場で!?」
「詩を?」
「それ……凄いやか!」

 杏奈は少し照れたように目を伏せた。

「面と向かって、自分の詩を褒められたのが初めてで、本当に嬉しかったんです」

「その辺も、あーしと一緒やね」
「志織さんが、あーしとあんたが似いちゅうって言うたことが、わかる」

「本当に、そうみたいですね」

 二人はしばし笑い合い、やがてフタバが目を合わせてきた。

「年末の舞台、随分大掛かりなが?」

「はい、六友祭の時の他のサークルの皆さん」
「私の地元の劇団の皆さん」
「それから、公認演劇部からは瀬良さん、田﨑さん始め数人の方が参加してくれます」

 フタバの表情が、少しだけ明るくなる。

「瀬良さんか……懐かしいな」
「あの人いまどんなキャラ?」

 杏奈はきょとんとしてから答えた。

「え?……ギャルですけど?」

 フタバは目を見開き、額を叩いて音を鳴らす。

「そうきたか!」
「去年一年でも、ゴスロリ、スポ根ヒロイン……あーしが入院する時は……アメリカンハイスクールやったかな?」

 杏奈も驚いたように目を瞬かせた。

「そんなにコロコロ変わるんですか?」

「あそこは公認やき、演目が限られるがよ」
「史劇とか、ミュージカルばっかりでね」
「あの人、いろんなキャラで芝居するがやき」
「去年の六友祭、スポ根のエリザベート、なかなかやったで」

 杏奈は、思わず小さく笑った。

「それは……見てみたいかも」

 フタバは、焦れたように真顔になり、ため息をこぼした。

「そろそろ面会時間終わりやき、今日の本題、言うてくれん?」
「年末の舞台のこと?」

 杏奈は、膝の上で手を揃えたまま頷いた。

「はい、そうなんです」

「どんな舞台?」

「全六幕、二時間の、拡大版『PLANET LAND』です」

 フタバの表情が止まる。

「……二時間? 長いね」

「招待されたんです」

「招待って……どこに?」

「四国国際芸術祭です」

 フタバの目が開かれ、唇が震えだす。

「四国国際……あれに?」

「知ってるんですか?」

 少し早口になり、捲し立てる。

「当たり前やか、あーし、四国の人間で」
「あれは毎年四県持ち回りで、去年は香川やったき、今年は徳島か。場所は?」
「……アスティ?」

 杏奈は、首を振ると笑みを消して、まっすぐフタバを見た。

「大塚国際美術館」
「システィーナホールです」

 その瞬間、フタバの顔色が変わった。

「嘘やろう?」
「なんで?……なんでなが?」

「峯岸さんから、お聞きしてます」
「あそこが、フタバさんにとって、特別な場所だと」

 フタバの目が鋭く睨む。

「やったらなんで知らせるが!?」
「残酷すぎんかえ!?」

 杏奈は、静かに台本を取り出した。

「これが、その日の台本の第一稿です」

 フタバはすぐに顔を背けた。

「いらんちや! そんなもん」

 杏奈は言い返さず、紙袋を差し出した。

「こっちは、ユズさんとミナさんからのお見舞いです」

「もう帰って! 二度と来んとって」

 杏奈は、台本を静かに置いた。

「台本、読んでくださいね」

「はよう帰れ!」

「失礼します」

 杏奈が深く頭を下げて退室していくと、フタバの喉から、掠れた声が漏れる。

「なんで……何ながで」
「あそこで、みんなあが……?」

 峯岸と、ホールの天井絵を見上げて語り合った記憶が、鮮やかに甦ってきた。

「いつか、ここの舞台でやりたいね」

「せやな」

 フタバは震える手で、置かれた台本を掴み、その表紙を睨みつける。
 その目は、いつの間にか赤く充血している。

「こんなもん!」

 振り上げたその時、台本の間から、一通の封筒がはらりと落ちた。

「……え? これ、なに?」

 表には、山根双葉様と書かれており、裏には、宮坂悠真の名があった。

「……ゆうま、から?」

 戸惑いながら封を開き、中の手紙に目を通した瞬間、フタバの表情が変わった。

【具合はどうだい? 留守の間、僕たちばっかり色んな経験をして、ごめんね……】
【実は……田澤さんの提案で、君にも頼みたいことがあってね】
【それはね……まずは下のQRコードを読み取って、ちゃんと接続できるか試して欲しい……】

 手紙を持つ手を震わせながら、文字を読む。
 カサカサと紙の擦れる音が鳴り、左右に動く目には、じわりと涙が溜まっていった。

(杏奈ちゃん……)
(杏奈ちゃんが……あーしの為に?)

 もう一度、慌てるように台本へ目を落とすと、そこで初めて何枚もの付箋が貼られていることに気づいた。
 そのうちの一つを開くと、間に挟まっていたルーズリーフが、するりと落ちる。
 そこには、見慣れた名前と、それぞれの字で短い言葉が書かれていた。

 聡志。
【入院してる人に言うのもだけど、元気か?】

 ミナ。
【お見舞いの品見た? 不都合あったら連絡してね】

 ユズ。
【ウチからのお見舞いも、確認しといてな】

 杏奈。
【峯岸さんには、その時まで内緒にしますね。これも演出です】

 宮坂。
【みんな、待ってるからね】

 紙袋を覗き込むと、折り畳まれた薄いベージュのゆったりとした衣装、中にある小さな箱を開くと、指輪やネックレス、イヤリングなどの装飾品が収められていた。
 それぞれに、ミナとユズからのメモが挟んである。

【衣装は、あんたが国体に出た時の、レオタードの色に寄せたから】
【サイズが合わなかったら連絡ちょうだい】

【ハンドメイドの佐々木ちゃんと、ウチの渾身の一品やで】
【まさかないやろうけど、気に入らへんとかあったら、連絡してや】

 フタバの唇が震えた。

「あ、あぁ……みんなあ……みんなあ……」

 涙があふれて止まらない。
 肩を揺らし、息は乱れ、シーツを顔に押しつけて、声をあげて泣き続けた。
 ひとしきり泣いて落ち着くと、震える手でナースコールのボタンに手を伸ばす。

「山根さん? どうしました?」

 フタバは涙声で、鼻を詰まらせながら告げた。

「あの、先生に……先生に相談したいことがあるんですが」

 帰りの電車で、杏奈は窓の外をぼんやりと見ていると、スマホが、震える。

「フタバさんかいね?」
「……やっぱり」

 思惑通りの杏奈は、にこりと笑い、メッセージを開いた。

【杏奈ちゃん、さっきは本当にごめんなさい】
【ほんで、ありがとう】
【先生の許可もでたき、よろしくお願いします】

 その文字を見つめ、一度まばたきをして指を動かした。

【安心しないでください】
【ちゃんと期待に答えてくださいね】

 間を置かず、返信が入る。

【言うやかww】
【あーしを、誰やと思うちゅうが?】
【完璧に、仕上げちゃうき、待ちよりよ!】

 杏奈は、思わず笑うと、スマホを胸の前で握りしめ、小さく呟いた。

「よろしく、お願いします。フタバさん」

 消灯後の病室は、静まり返っていた。
 フタバが、ベッドで上体を起こして見つめるスマホ画面の明かりだけが、小さく灯っていた。
 ゆっくりと抑えた声が唇からこぼれる。

「人間によって作られたあなたに、人間の幸福を語る資格はありません」

 録音を止め、すぐに耳にあてて再生し、流れてくる自分の声を、目を閉じてじっと聞く。

「……ここのアクセントか」

 台本へ、スマホの明かりを頼りに、文字の横へ丸をつけると、アクセントを示す上下の矢印を書き足してゆく。
 この、録音から再生、書き込みの作業を何度も繰り返しながらぼやいた。

「……あーしは本来、身体表現ながやに……」
「何しゆうがやろ」

 その顔は楽しそうに、次の行へ視線を移す。

「次は、ここにしょうか」
「うわー、べろ噛みそう」

 小さく息を吸い、腹の奥に落とす。
 そして、もう口を開く。

「あなたは、膨大な人間の感情データの断片だけを拾ってつなげているだけです」
「その為、もっともらしい誤った答えを導き出してしまいました」
「ハルシネーションです」

 声の高さを変え、目を閉じて語尾を少しだけ落とした。

「適正相性管理統括システム、ミケランジェロ」
「私は、あなたのメモリーデータを調整する存在」

 フタバは、そこで一度口元を結んでためを作った。
 病室の静寂に、時計の針と、点滴の落ちる音が響いていた。
 やがて、静かに告げる。

「私は……プログラム……」

 ここで、病室の扉が開かれて、看護師が姿を見せた。
 その表情は、意地悪く笑っていた。

「山根さん、消灯ですよ」
「気持ちはわかるけど、休むところは休まないと、本番まで持ちませんよ」

「はーい」

 フタバはウィンクを返し、イタズラっぽい顔で舌を出すのだった。

── 第33章 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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