第九章
独訊無答 美奈子篇二
美奈子は前と同じ場所に、しゃがみこんだ。
「久しぶり」
「久しぶりって言うほど、経ってない。私にとっては」
「東京に、行く事に決めた」
「知ってる」
「翔太も、東京へ行くって。」
桜は揺れた。
美奈子が続ける。
「翔太、ずっと決められないままだった。私と一緒にいたいのか、どうでもいいのか、
東京に行きたいのか、行きたい大学はあるのか、何も」
「美奈子は何故行きたいの?」
「憧れがない、とは言わない」
「進路で悩んでいる時、晩酌をしている父に呼ばれた
父は次男であったが地元の国立大学をでて、役所にノンキャリとして就職、
県外に出た事はない。
「進路どうする?」
私は、てっきり県外は反対される、と思い
「国立大学教育学部かな」
「本当にそれでいいんか」
思いもかけない言葉である。
「どう言う事?」
「お前の進路を考えていた。今の成績なら、国立大学でて農協行ってそして、結婚
でもそれが正解か」
「正解って何?」
「それがわからない」
美奈子は可笑しくなった。
「変なの。普通、父親って止めるものじゃない?背中を押してくれるの?」
東京に行っただけで何か変わると思うな。
自分で何か一つ持って帰ってこれたら」
逆に説得された。
梅の前。花は散っていた。
「 翔太とは?」
「あまり話してないし、話す気もない。」
「それで、正解?」
「あなたが決めることじゃないって、前に言われた」
梅は少し笑ったように揺れた。
「よく覚えてるね」
「忘れられなかった、あの言葉だけ」
「あれは正解。そうじゃなきゃ、覚えてない」
裏手、桃の前。
「私が女王、ってあなた言ったよね」
「言った」
「あの時、半分も意味が分からなかった。
「今は?」
「一人でも、立っていられる。それだけは、分かるようになった」
桃はあっさり言った。
「それで十分」
「十分なの、それだけで」
「私はずっとそれだけで、女王でいる」
一番奥、杏の前。もう随分育っていた。
「あなたのこと、あの頃はまだ、名前も知らなかった」
杏は答えなかった。実がひとつ、落ちた。
美奈子はそれを拾った。
「翔太、今頃どうしてるんだろう」
「知らない」杏は言った。「私は、ここにいるだけだから」
「それだけ?」
「それだけ」
美奈子は実を掌の中で転がした。
「散ったあとが勝負、って前に誰かが言ってた気がする」
「誰かって、誰」
「思い出せない」
杏は何も言わなかった。
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