第十八章
揺想探真
勇篇五
勇は、久しぶりに神社に来ていた。
桜は少し揺れた。
「杏の実、覚えてる?」
「覚えてる。二つあった」
「もう一つは、まだ誰の分か決まってないって、言われた」
「決まった?」
勇は少し黙った。
「まだ」
梅の前。
「治療、終わったの?」
「第一クールは終わった。しばらくは吐き気と戦わなくて良くなった、これが一番。今は検査の結果待ち。」勇は言った。
「怖い?」
「怖い。でも、前より、少しだけ慣れた」
「慣れるって、怖くなくなることじゃないよ」梅は言った。「慣れながら、怖いままでいられること」
裏手、桃の前。
「女王、まだやってる?」
「やってる」桃は言った。「あなたは」
「分かんない。今日は、あんまり甘えられなかった」
「今日は、それでいい」
一番奥、杏の前。
杏は何も言わず、実を一つ落とした。
勇はそれを拾った。前よりも、少し小さい実だった。
「小さくなってる」
「季節の終わり」杏は言った。
勇はしばらく実を見つめていた。
「これが最後の実?」
杏は答えなかった。
母が、病室の椅子に座っていた。先生が入ってきた。
「放射線治療成功しました。腫瘍は、小さくなっています」
母の肩が、少し下がった。
「良かった話と、もう一つ、聞いてもらわないといけない話があります」
勇は、天井を見ていた。
「採取した組織を調べたところ、悪性腫瘍でした」
母の息が、止まった。
「今のところ、治療の効果は出ています。ただ、悪性ですから、
これからも慎重に経過を見ていく必要があります」
母が、何か言おうとして、言えなかった。
勇は、天井を見たままだった。
「良い話と、悪い話、両方聞いた気がする」勇は言った。
「でも、どっちが本当なんだろう」
先生は、少し困った顔をした。
「両方、本当です」
勇は、それ以上何も聞かなかった。
数日後、勇はまた神社に来た。
「聞いた」桜が言った。
「知ってたの」
「知らない。でも、あなたの顔を見れば分かる」
「小さくなったって。腫瘍」
「良かった」
「でも、悪性だった。癌だった」
桜は答えなかった。
「今のところ、治療は効いてるみたい目先は?」
「じゃあ、良かったじゃない」
「目先はね」
「目先は」
「うん。目先は」
しばらく、沈黙が続いた。
「怖い?」桜が聞いた。
「分からない。良い話なのか、悪い話なのか、まだ分からない」
「私がわかると思う?」
「見栄えだけで、空っぽだからね」
桃がつぶやく。
風が吹いた。
「桜も、いつか散るけど、また咲くんだよね」
「咲く」
「俺も、そうなのかな」
桜は答えなかった。それでも、揺れていた。
梅の前。
「治るかもしれないって、聞いたら、逆に怖くなった」勇は言った。「今までは、悪い方に慣れようとしてた。良い方は、考えないようにしてた」
「今は?」
「良い方も、考えなきゃいけなくなった。それが、なんか、怖い」
「希望も、慣れが必要なんだね」梅は言った。
一番奥、杏の前。
「最後の実、覚えてる?」
杏は答えなかった。実は、もう落ちてこなかった。
「今日は、落ちないんだ」
「季節が変わった」杏は言った。
勇は、しばらく杏を見上げていた。
「また、来るね」
「あなたの自由」
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