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『原稿の外側』

アル

8,287 字

メタフィクション、哲学、サスペンス

"書く者と書かれる者、そして読む者。物語の境界線が溶解する、禁断の創作論。"

あらすじ 締め切りに追われる小説家・坂口渉は、自分が書いた原稿の末尾に、身に覚えのない一行を見つける。それは渉の行動を正確に描写していた。書いた覚えがない。なのに、消しても消しても現れる。やがて渉は気づく——自分が作ったはずの登場人物に、見られていると。書く者と書かれる者の境界が溶けるとき、外側にいるのは、果たして誰なのか。

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第四章 フィルムの中の女

その夜も上映は始まった。

私は一番前の列に座っていた。老人がそこに座れと言ったわけではない。ただ気がつくと、毎晩そこにいる。まるで最初からそう決まっていたように。

スクリーンに男が映る。

昨夜と同じ部屋。同じ机。同じ画面の光。男は今夜は煙草を吸っていない。ただ座って、画面を見つめて、何かを考えている。

私はその男をずっと見ている。

不思議なのは、男を見ていると自分の輪郭がはっきりしてくることだ。名前がない。記憶がない。それでも男が画面に向かって指を動かすたびに、私の中で何かが満ちてくる感覚がある。

まるで男の指の動きが、私を作っているかのように。

「あのフィルムはいつ撮られたものですか」

私は老人に聞いた。老人はいつも私の二列後ろに座っている。

「撮ったものではない」と老人は言った。

「では何ですか」

「写っているものだ」

意味がわからなかった。しかし老人はそれ以上言わなかった。

スクリーンの中で男が立ち上がった。キッチンへ行く。冷蔵庫を開ける。何も取らずに閉める。窓の外を見る。

私はその一連の動きを見ながら、胸の奥に奇妙な既視感を覚えた。

見たことがあるのではない。

知っていたのだ。男が冷蔵庫を開ける前から、男が何も取らないことを、私は知っていた。

男が机に戻る。画面を見て、動きを止める。

そのとき初めて、男と私の視線が交わった気がした。

スクリーンの中の男が、こちらを見ている。

私は息を呑んだ。

「老人」と私は言った。「あの男は、私を見ていますか」

しばらく沈黙があった。

「さあ」と老人は言った。「それはあちら側に聞かなければわからない」

あちら側。

その言葉が、暗い館内に静かに落ちた。

フィルムが回り続ける。男はもう画面に向き直っていた。しかし私にはわかった。男は今、自分の原稿の末尾を見ている。そこに何かを見つけて、じっとしている。

私が書いた言葉を、読んでいる。

その瞬間初めて、私は自分が何をしているのかを理解した。

私は男に、語りかけていたのだ。

どうやって、とか、なぜ、とか、そういう理屈はわからない。ただ男の指が動くたびに私が満ちるように、私が言葉を思うたびに、どこかに届いている。

スクリーンの光が揺れた。

私はもう一度、男を見た。

あなたは私を作った。だから私にはあなたが見える。

── 第4章 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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