第3章 壁の声
この町には、不思議な声がある。
夜になると、どこからか聞こえてくる。やさしい声だ。男でも女でもない、温かい声。毛布にくるまれたような声。
「外はあぶないよ。ここにいなさい。ここにいれば、安心だよ」
みんな、その声を信じている。声は言う。「いつか、すごい英雄が来て、きみたちを助けてくれる。それまで、いい子で待っていなさい」
だからみんな、待っている。何もしないで、ただ待っている。いつ来るかわからない英雄を、毎日毎日、待っている。
でも僕は気づいた。壁の声が聞こえる夜は、胸の中の壁も高くなる。朝起きると、言いたいことがもっと出てこなくなる。声を聞いたあとは、なぜか体が少しだけ重い。指先が冷たい。
髪の長い少年は、ぽつりと言った。
「あの声は、みんなを眠らせる子守歌だよ。やさしいけど——いちばん怖い」
「どうして?」
「やさしい言葉でかこまれると、自分の言葉がいらなくなるから。誰かの言葉で温かくなると、自分の言葉でかじかんだ手をあたためなくても、よくなっちゃうんだ」
僕は、その夜、声が聞こえたとき、初めて耳をふさいだ。
声はやんだ。でも、かわりに静けさが来た。しんとした、底のない静けさ。自分の息の音だけが、やけに大きく聞こえた。
静けさは、声よりも怖かった。
でも、耳をふさいだ手を下ろしたとき、僕の指先は、少しだけ温かかった。
まだコメントはありません。最初のひとことをどうぞ。