第三章
地獄の最奥、のどかな隠居地で、おじいさんとおばあさんは過去の悪行を完全に清算し、静かに平和に暮らしていました。ある日、おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。おばあさんが川辺で洗濯にいそしんでいると、上流から、どんぶらこっこ、どんぶらこっこと、見たこともないほど巨大な桃が流れてきました。「甘い桃ならこっちおいで、すっぱい桃ならあっちへ行け」おばあさんが優しく歌うと、桃は吸い寄せられるようにおばあさんのもとへと寄ってきました。おばあさんはその桃を大切に拾い上げ、我が家へと持ち帰りました。
その日の夜、夕食にその桃を食べようとした瞬間、桃がぱかっと真っ二つに割れ、中から元気な男の子が飛び出してきました。「ばあッ!」「お、おい! 桃から人間が出たぞ!」二人は大変驚きましたが、自分たちには子どもがもういなかったため、この地に授けられた奇跡として大切に育てることに決め、「桃太郎」と名づけられました。桃太郎の成長スピードは異常でした。ごはんを食べるたびにみるみる大きくなり、あっという間に、底知れぬ怪力と優れた知性を兼ね備えた若者へと成長しました。
ちょうどその頃、この世界のあちこちにいる悪い鬼たちが、他の亡者たちから食べ物や大切な物を奪い、暴虐の限りを尽くしていました。その惨状を耳にした桃太郎は、ある日両親の前に居住まいを正しました。「お父さん、お母さん。僕は鬼ヶ島へ行って、あの悪い鬼たちを退治してきます」それを聞いた二人は、顔を真っ青にして激しく狼狽しました。「ダメだ、桃太郎! 暴力はいけねえ! 誰かをしばけば、必ずその報いが自分に返ってくるんだ!」「そうよ、お願いだから大人しく上げて!」過去の自分たちを深く反省し、同じ苦しみや孤独を愛する息子に味わわせたくない一心で必死に止める両親。しかし、桃太郎の決意は揺らぎません。二人は涙を呑んで特製きび団子をこしらえてあげました。「どうか無事で帰っておくれよ」「はい、行ってきます!」
桃太郎が村外れまで来ると、一匹の犬に遭遇しました。「桃太郎さん、そのきび団子を一つくださいな。お供しますから」「いいでしょう、これから鬼退治に一緒に行くならあげましょう」山に入ると猿が、野原に出ると雉が、それぞれきび団子と引き換えに仲間に加わりました。こうして桃太郎は、犬・猿・雉を引き連れ、きび団子を規格外の力へと変換しながら進軍し、ついに因縁の鬼ヶ島へと突入しました。
鬼ヶ島では、鬼たちが大酒を飲んで盛り上がっていました。「みんな、かかれ!」桃太郎の咆哮とともに、犬は鬼の裏すじに噛みつき、猿は鬼の顔面を掻きむしり、雉は鬼の眼球を正確に突きました。そこへ、巨躯を誇る鬼の副大将が巨大な金棒を振り下ろしてきました。大気が裂けるほどの猛攻を潜り抜け、前線に躍り出た桃太郎が拳を握り締めました。「おらぁッ!!」魂を揺さぶる「強烈なみぞおちへのワンパン」が、大気を震わせて鬼の副大将の腹に炸裂し、副大将は血を吐いて壁に激突しました。
しかし、鬼たちも必死です。次から次へと立ち上がり、桃太郎の体にも生傷が増えていきます。息を切らす桃太郎の前に、ついに鬼の総大将が立ちはだかりました。三本の角を生やし、三つの目がある総大将は、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべていました。「ククク……流流石の強さだな、桃太郎。その『みぞおちへのワンパン』……見覚えがあるぞ。おい、お前の親はあの『脱獄大悪党』のジジババだろ?」「……何だと?」
桃太郎の手が止まります。総大将は下卑た笑みを浮かべ、さらに言葉を刃のように突き刺すように続けました。「とぼけんなよ! 現世で若者をなぶり殺し、警察署を血の海に変えて地獄に堕ちてきた、あの救いようのねえ化け物どもさ! お前が今やってるその『鬼退治』ってやつもなぁ、ただの血の悪癖なんだよ! お前の中に流れてる、残虐な悪党の遺伝子が暴れたがってるだけだ!」
優しい両親の、あまりにも生々しく残虐な過去。自分の拳を見る。今までみんなを守るために振るっていたはずのこの怪力が、急に、おぞましい「悪党の呪い」のように思えて、桃太郎の手はガタガタと震え出しました。(お父さんとお母さんが……大悪党? 僕は、そんな化け物の子供なのか……? だったら、僕が今やっているこの『鬼退治』という暴力も、ただの血の悪癖なのか……!?)目の前が暗くなるような苦悩と絶望が、桃太郎を襲いました。激しい動揺のせいで防御が遅れ、鬼の猛攻を受けて桃太郎の体が吹き飛びます。
床に叩きつけられ、立ち上がれない桃太郎。鬼たちが勝ち誇ったように包囲を縮めていきます。しかし、その時。桃太郎の脳裏に浮かんだのは、自分を送り出すとき、ボロボロと涙を流して「誰かをしばけば、必ず自分に返ってくる」と必死に訴えかけていた、あの両親の悲痛な顔でした。(いや、違う……! あの二人の目は、悪党の目じゃなかった……! 二人は過去を深く悔いて、僕に同じ過ちを犯させまい、傷つかせまいとして、あんなに必死に止めてくれたんだ!)
桃太郎の目に、再び強い光が宿りました。「……二人が昔、何をしたかは関係ない。今の二人は、僕の優しい両親だ。精度を欠いた暴力じゃない。僕は、その過ちを繰り返さないためにこの力を使う!」凄まじき咆哮とともに立ち上がった桃太郎の、限界を超えたワンパンが、鬼の総大将の肉体に強烈な一撃を炸裂しました。「ぶふぉっ……!? 間違いない、あの二人のガキだ、だが……技の重みが、あの化け物どもとは違う……!」
圧倒的な実力差を前に、鬼たちはただ平伏し、涙を流して懇願しました。「命だけは助けてくれ!」怯える鬼たちを見下ろし、桃太郎は静かに拳を下ろしました。これ以上、無意味にしばき続けることはしません。「命は取るつもりはない。だけど、お前たちがやってきた『他の人の宝物を勝手に奪う』という悪い行いは、今この瞬間から絶対にやめろ」「やめる! 絶対にやめる! 奪った宝も全部返す!」「犬、猿、雉、手伝ってくれ。鬼たちが盗んだ宝物をすべて車に積むんだ。元々持っていた人たちのところへ返しに行くぞ」桃太郎は、おじいさんやおばあさんがかつて行った「私欲のための暴力」とは違い、奪われたものを取り戻し、鬼たちの悪行を正すという「良い行い」のためにその力を使ったのです。
満身創痍になりながらも、奪還した宝物を積んだ車を引き、桃太郎が我が家へ帰ると、両親は駆け寄って息子を強く抱きしめました。「桃太郎……無事だったか! ケガはねえか!」両親の温かい涙と、自分を心から案じる手に触れ、桃太郎は静かに微笑みました。「うん。お父さん、お母さん。心配をかけてごめんなさい。でも、二人が必死に僕を止めてくれた理由、ちゃんと分かったよ。だから、これ以上はもう誰も傷つけない。鬼たちも、もう悪いことはしないって約束してくれたんだ。これからは、二人からもらったこの強さを、困っている人を助けるための『良い行い』に使うよ」
その言葉を聞いた瞬間、おじいさんとおばあさんは目を見開きました。息子は、自分たちの血塗られた過去を知った。それでもなお、自分たちの「悔い改めた心」と「親としての愛」を信じ、その上で、自らの意志で暴力の因果を終わらせてくれたのだと理解したのです。おじいさんは桃太郎の肩を震える手で掴み、ボロボロと涙を流しました。「ごめんな、桃太郎……! お前を暴力の宿命しか背負わせてやれなかった……! 怖かったろう、苦しかったろう……!」おばあさんも息子の泥だらけの顔を抱きしめ、声を上げて泣き崩れました。「ありがとう……本当に、よく真っ直ぐ育ってくれたねぇ……!」二人は、自分たちのせいで息子に重い宿命を背負わせてしまった申し訳なさと、それを力強く、優しく乗り越えてくれた我が子への感謝で、ただただ涙を流して桃太郎を抱きしめ続けました。
それから一年経ち、三人は善行を積み続けました。そして、地獄の管理本部では、閻魔大王が震えていました。「あの夫婦が過去を悔い改め、その背中を見て育った『桃太郎』が、自ら悪行を拒んで良い行いを積む本物の聖人となってしまった……! 聖人は地獄には置いておけない。というかあの強い三人は地獄にはいて欲しくない…。」戦々恐々とした閻魔様は、すぐに特赦を発令しました。「おい! 特例だ! お前たち全員を、今すぐ天国へと昇天させる!!」
こうして地獄を出て、天国の美しい門をくぐった先で、おじいさんとおばあさんは、見覚えのある二人の子供の姿を見つけました。子供たちもまた、信じられないといった様子で目を見開いています。「お父さん! お母さん!」二人の子供たちが、全力で二人の胸に飛び込んできました。「悪かった……本当に悪かったなぁ……!」「もう、絶対に離さないわよ……!」過去の罪を悔い改めた夫婦、その因果を背負いながらも正義の道を選んだ息子、地獄の閻魔、そしてようやく報われた最初の子供たち。桃太郎は溢れる光の中で、今度こそ本当に幸せそうに、家族の再会を見守っていました。めでたしめでたし
『Momo After』
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