第3番:対話
「エリアMにあるぜ。研究所跡地、ただまあ……あんたは行かない方がいい」
鉄がそう答えた。気持ちを察してか、少し言いづらそうに。
「そうだね。その装備は完全なものではない。アクチノイドもいることだし、あそこの空気は未だ汚染されているから、水銀でも長く留まるのは危険なんだ」
便乗してランタンが言う。エリアMと言うのは前にも少し触れていた場所だが、まだ拠点の中でしか行動出来ていない為、イメージがつかない。
「そう言えば、水銀はまだ帰ってきていないのか?」と辺りを見回した金は問う。
「ひとりでこっそり帰ってきてるんじゃないか? あいつはいつもそうだからな。部屋行ってみるか?」
鉄の言葉に金は「ふむ」と一瞬考えると、ランタンに、「水銀の性質的に、導師が近づくのはまずいか?」と確認した。
「危ないだろうね。まあ、多少は装備のおかげで器官に毒素が入り込む余地は無いだろうし滅多なこともないだろう。ただ、百パーセントは無い」
水銀は元々毒性が非常に高い為、生身の人間が近づくのはかなり危険である。この星内の空気で言えば蒸発して体内に入り込むということは無いのだろうが、完全に安全とは言い切れない。ランタンの言った通りだ。
金はランタンの言葉に納得した。
「あまり危険なことはするなよ」
そう忠告し、踵を返して指導者エリアの方へ歩いて行った。
鉄は適当に返事をすると、「じゃ、行ってみようぜ!」と何だか楽しげに寮へ歩いて行く。
「僕は、ソーダを寝かせに行こうかな。全然起きないし」
依然として腕の中で寝息を立てているナトリウムにリチウムは苦笑した。
「んじゃー、途中まで行こうぜ」
「そうだね」
鉄が前を歩き、その後ろをリチウムとナトリウム、そして導師がそれを追っていた。
寮は無機質で、独房のように感じた。ただ仕切りがついているだけという風で、ある意味では合理的なのかもしれない。
「ひとつで居るのが好きなヤツは基本的にここにいるなぁ、俺とかは広間とかが好きだけど」
「水銀は特に単独が多いし、他の毒素がある子も、結構寮か母胎に帰ってたりするし」
「まあ大体はこっちに帰ってくるよな、なんだかんだ言ってさ」
母胎というものがあるのか、それでもここに戻ってきてしまうのは理由があるのだろうか。適当に相槌を打つと、「母胎って?」と質問した。
「母胎は僕たちが生まれた場所だよ。正確には成分が入り交じってるから単独でその場で生まれた訳じゃないんだけど」
「でも俺とかトランジのヤツらは単独で生まれたぜ。クソ重いナントカ流体ってとこから、ジャブジャブって這い上がってさ」
「沆核の谷底ね、確かにあそこが母胎のトランジ多いよね。だから力強いの?」
「ったり前だぜ!」
見るからにスレンダーで細い腕だが、鉄は筋肉コブを作るように右腕を掲げた。
そんな会話を交わし、リチウムたちと早々に別れ、鉄の後ろをまたついて歩いていく。
「沆核の谷底か……」
「おう。ドクター、母胎ツアー行ってみるか? まーでもあそこはあそこで危ねぇかな」
うーんと唸りながら思い返しているようだ。
「あっ、着いたぜ。あそこだ」
聞きたい事はまだまだ尽きないが、どうやら水銀の部屋に着いたようだ。部屋の表札には「No.80」の文字がある。それは元素番号と同じ数字だった。どの部屋も元素番号で振り分けられているようで、よく見ると他の部屋の表札にも書いてある。金と白金の番号は飛ばされているようだ。
「おーい、水銀ー」
鉄は中に呼びかける。格子越しに中の様子が見えるようになっているものの、薄暗いせいで見えづらい。
「いないなぁ」
「どこにいるんだろう?」
「うーん、まだMにいるのか、それとも母胎の方にいるのか……母胎の方にいるなら近付けねえな」
水銀の母胎と言えば、辰砂だろうか。辰砂が眠る鉱山がこの星にあるのか。
「しゃーない。別のとこ探すか」
鉄が元気良く導師に向き直って言う、それと同時に「おっ」と何かを見つけたように声を出した。
振り返ると流れるような銀色の長髪とスリットが入った長いタイトスカートが特徴的な元素体がいた。彼が水銀か。
水銀は明らかに警戒しているようで、咄嗟に後方に跳ね退いた。
「おー来たなぁ? 水銀のこと探してたんだ」
軽い調子で水銀の横に歩き寄ると肩を組んでがははと笑った。水銀の影響を受けないとはいえ大胆だな、と感心してしまう。実際、水銀を保存する容器としては鉄が主に用いられる。だからだろうか、この二人は距離が物理的にも近い。やはりこのものたちは興味深い。
「……何の用?」
水銀は身を縮め、鉄の手を振り払って聞くが、鉄は再び肩を組んだ。
「ドクターのこと何も聞いてないだろ? まーあれだ、シンボクを深めようってな!」
「必要無いし、大体噂で聞いてるから」
再び手を振り払うが鉄は負けじと肩を組む。
「ホンモノがここにいるのに、それでいいのか?」
「だって、僕は……」
「ほら、ドクターなんて完全防備だぜ? 平気だって!」
肩を叩きながらかなり強引に進めようとしている為か、水銀は大分引いている様子。
「えっと、無理にしなくても……」
導師が言うと、水銀はじっと導師を見た。
「……君、喋れたんだ」
「え?」
「お? そう言えば通信で返ってこないと思った」
「気づかないなんてアホでしょ」と水銀は呆れた様子だが、鉄はそれを笑い飛ばした。
「だっははは! それなぁ!」
豪快な鉄のおかげなのか、気が付けばきちんと自分の声で話せていた。
「まぁ……僕は水銀。トランジのひとつ、よろしく」
少し照れ臭そうに簡単に自己紹介をしてくれ、「こちらこそ、よろしく」と返した。
「そうだ、先生のとこ行ってやれよ。探してたぞ」
「……うん」
気が乗らない様子の水銀は俯きがちに返事をするとそのまま踵を返して戻って行った。
「んじゃーどうしよっか」
鉄の言葉を聞き流し、導師はじっと廊下を眺めていた。
原子番号順の寮はかなり興味深い。もしかしたら周期表のようになっていたりするのかもしれないとさえ思う。まだ会っていない元素たちは今どこにいて、何をしているのだろう。
「……暇な時は、スクールという名の謂わば講習会のようなものが開かれる、じゃあそうでは無い時は何をしてる……?」
「気になるか?」
考えていたことが口から漏れていたようで、鉄がにやっと口角を上げた。
「当番は広間の壁のモニターにうつされてるから、広間で説明しよっか」
行こうぜ、と言って鉄はまた歩き出した。
広間に戻ると天井近くの壁に大きなモニターがあるのに気が付いた。鉄はその方へ向かうと、「そう言えば、連絡先教えてなかったな」と導師を振り向いて言った。
「連絡先?」
「ある程度の距離なら簡単な通信で届くが、たとえばエリアPの奥とかに行くとさすがに届かないからな。だから機器を使って補助するんだけど、あんたはそれがあるから機器の必要はねえな」
それ、とはヘルメットの事だろう。これを活用するとトランシーバーのようなことが出来るようで、鉄は「こうだっけ、えーっと」と言いながら自分の機器を操作し、導師のヘルメットと同期させるとまた操作し、「これでいいと思う」と手を止めた。
「先生たちと俺と、まあ持っといた方が良さそうなやつのは入れといたぜ。まだ会ってないやつらのは、本人に聞くといい」
「ありがとう」
「で、まあ当番なんだが、その前に俺たちのことを少しだけ教えるな。俺たちってのは完全体じゃないんだ。ていうのは、日々能力を使う毎に俺たちは体内の元素を摩耗してるらしいんだ。だからそれを補うために補給が必要ってわけ」
要するに自分の構成元素をすり減らしながら生きているが、それを体内で循環させることが出来ないということだ。人間とは違う、奇跡とも言えるが本当に不完全な人型の何かなのだろう。
それで消耗してしまった分を補うために食事をする。その辺りは人間と似ている。
「で、その補給する為のそれぞれの元素を母胎ってとこから持ってくる。それが当番の一つだ」
「要は食料調達か」
「多分そんな感じ! でー次は、能力補助の為のアイテムをランタノイドが作ってるんだが、やつらのおつかいが当番のひとつでもあるな」
「材料を別のチームで集めてくる感じかな」
「そう! あとはそうだな、先生から勅命で任務にあたる以外の調査任務もある。調査っつっても、細々としたものが多いけどな。簡単に言えば個人依頼みたいなもんだ」
「元素たちそれぞれの悩みを解決する、みたいな?」
「そうだな! ここにボードがあるだろ? この画面に当番以外の元素体が任務内容を書くんだ」
モニターの下部にはタブレットのような機器が壁に貼り付けられており、画面内には付箋アプリのような構図で様々な形の付箋の中にそれぞれらしい内容が書き込まれていた。その中で任務が達成されたのだろうものには判子のような模様が描かれてある。
文字を見てみると、古いラテン文字があった。中には英語、ドイツ語などとばらつきがあるものの、彼らが文字を理解しているということに心底驚いた。
研究所跡地があると言っていたが、そこにもし、人間が残した物が保存されていて元素体たちがそれを利用しているのだとしたら文字を解読して使用していても不思議ではない。
本当に驚くことばかりだ。
「興味津々だなー面白いかー?」と導師が画面を凝視してるのを心底不思議そうに鉄は見ていた。
「あ。あとな、基本的に当番は少数チームで、補給チームは4体、材料探しチームは4体、調査チームは3体って感じでな。メンバーはごっちゃごちゃで通常の部隊とは関係なく組むんだ。まあ、毒素があるタイプは単独か、毒素があるやつ同士で組むか留守番って感じだな」
「ごちゃ混ぜなのは何か意味があるの?」
「んーどうだろうな。でも楽しいぜ、普段あんま関わらないヤツと組めるしな!」
「少数なのは意味があるの?」
「そんないっぺんに行ったって動きづらいし、もしもの時の為だってさ。だからまあ、基本的に連携しやすい奴らで組んでるな。あと反応がしやすい同士だとかなり危ないから別のチームに入れたり……俺は決める側じゃねえから分かんないけど、拠点にはある程度数揃ってないとだしな」
これは白金が考えたのだろうか。かなり理屈的で合理的だと思った。
モニター画面を見てみると鉄が話していたそれぞれのチームの割り振りが顔写真と名前が揃って書いてあった。
全く見慣れない顔だが、名前だけは何故か妙に見慣れているのが不思議な感覚だ。
「そうだ。明日俺が補給チーム入ってるし、来てみるか? 先生には話しとくよ」
「行ってもいいの?」
「興味あるだろ?」
お見通しだぞと言わんばかりの自信に満ち溢れた鉄の言葉に胸を高鳴らせて頷いた。
まだコメントはありません。最初のひとことをどうぞ。