第三章
「良い?あなたは生まれてきてはいけなかったのよ」
それが私が母から受けた、唯一の教えだった。
「責任とってよ!」
「いや〜、デキると思わねーだろwてかこんな所で働いてる奴が悪いってw」
「逃げないでよ!」
「いやダルいダルい、んじゃ頑張ってね、シングルマザーさん」
家にはいつも誰も居なくて、でもそれは不思議なことではなかった。お母さんは時々机に人が書いてある紙を置いていって、私はお店に行ってそれと食べ物を交換して暮らす。お父さんのことは見たことがない。特に不自由のない生活だったが、時々不思議に思うことはあった。なんで私と同じぐらいの年の子はみんな家族で揃って歩いているんだろう。なんで学校に行っているんだろう。
なんで笑っているんだろう。
「芽衣、ついて来て。」
久しぶりにお母さんに外に連れ出された。荷物をたくさん持っているけど、どうしたのかな。
「着いたよ。」
と言われたのは、すごく高い建物の側だった。
「今日からここが私達の家だよ。で、この人が今日からお父さん。」
こんなにキレイな建物が家…?
「あとこれ、お父さんからのプレゼント。」
渡されたのは荷物を入れるカバンだった。これ知ってる。学校に行く子が背負ってるカバンだ。てことは…
「私も学校へ行けるの…?」
「ああ、行っておいで。」
舞い上がっていた私は、気付かなかった。新しいお父さんの下卑た笑いにも、
「やったぁ!ありがとうお父さん!」
お母さんの微妙な笑顔にも。
それから数ヶ月後、今日は待ちに待った学校だ。
「芽衣良かったね、楽しんで来なね」
「おい、あの男の子居るだろ、あいつとは絶対仲良くしとけよ」
「うん、分かった!」
仲良く…ってどうやるんだろう。皆学校初めてじゃないんだよね、取り敢えず慣れているように見せないと。
「魁星…くん?こんにちは。」
「お前さぁ、なんで俺の邪魔ばっかりする訳?黙ってろって言っただろ!」
「ごめん、なさっ」
「もっとはっきり喋れや!」
「いたっ痛い!」
「あ?俺が悪いのかよ」
「いや、ごめんなさっ」
「芽衣は悪くないから、当たるなら私に当たって」
「はぁ〜、もういいわ、お前ら2人まとめて出てけ。」
「そんな急な!」
「なんか文句ある訳?」
「婚姻届出したばっかりじゃない、ねえお願い」
「あんなもん出してる訳ねぇだろ?適当に捨てといたわ。お前はただの手軽に抱けるスペアだって」
「…っ!———————!!」
側で聞いていた私には詳しくは分からなかったし、途中から何を言っているか聞こえなかった。けれどなんとなく、前の生活に戻るんだろうな、ということだけは分かった。
「ごめん、ごめんね芽衣、お母さん捨てられちゃったみたい。」
「大丈夫だよ。」
何が大丈夫なのかは分からないが、そう言うしかなかった。不思議と将来への不安を感じなかったのは、不安とは希望との表裏一体だからかもしれない。
「ねえ、お母さん。お母さんが働いてるところで、私も働くよ。同じクラスの子のお父さんが偉い人で、その子もお手伝いしてるらしいんだ!だから、私も手伝うよ。」
当時の私の拙い嘘が、どこまで伝わっていたのかは分からない。が、お母さんは何かを受け入れたような、諦めたような。そんな顔をして言った。
「ありがとう、2人で頑張ろうね」
「ねえ母さん、お酒はやめてって言ったよね?」
「うるっさいなぁ、これなきゃやってらんないっての」
「お店に母さんのこと探してるって人来てたよ?またお金借りたんじゃないの?」
「いや税金払うのにちょっと足りなかった分だけだって」
「ギャンブルやめれば足りるぐらいは稼いでるはずだよ?」
「うるさい!そんなに言うならあんたがもっと稼いでくれば良いじゃない!もう幼気な処女でもあるまいし、一発や二発変わんないでしょ」
「…っ!母さん目を覚ましてよ、一緒に頑張るって言ったじゃん!」
「ごめん芽衣、あと1回だから…次で当たるはずなんだよ!」
「前回も最後って言ってたよね?」
「良いじゃんこのぐらい!毎日弄ばれてさ、私にはこれしかないんだよ?もうこれ以上私から奪わないでよ!産んでくれてありがとうって思ってないの?感謝してるならちょっとぐらい我慢してよ!」
玩具として扱われるのにどれだけ我慢しても、どれだけ空腹に耐えても、どれだけ明日が来ませんようにって願っても。どれだけ朝が来て日が上ることに絶望する毎日が続いても。本当は産んでくれた親への感謝だけは忘れてはいけないのかもしれない。それが正しいのだとしたら、私、悪い子だね。
「そんな時に魁星に教えてもらったのが、このパラドクス研究所だったんだ。この再現さえ成功できれば、散々周りに迷惑をかけた親も、私諸共居なかったことにできる。その為に必死で勉強して、今までずっとこれに懸けてきたんだよ。それを水泡に帰してまで、魁星は私を止める?」
魁星は愕然としていた。助ける助けないとかいう話じゃなかったんだ。今まで感づいては目を逸らしてきた芽衣の過去を聞いてしまった今、自分が身勝手にも投げかけてきた言葉の数々を思い出すと、恐らく自分に芽衣を止める権利はないのだろう。
けれど、誓ったから。対等でなくても良い。手が届くところには手を差し伸べる。施す側になるだけが台頭の崩れ方じゃない、例えただの自分の我儘になるような崩れ方であるとしても。
「俺は—」
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