第三章 十二個入りの瓶詰め
クレメンスが宰相の椅子に座ったのは、それから十五年の後だった。
その年の秋。ガリエンの瓶詰めが港町の市場に並び始めた。
果実の保存食。蓋を開ければ、季節を問わず果実が食べられる。
それは十二個入りの木箱に入っていた。港町の商人は、その梱包に首を傾げた。
十二。中途半端な数だ。キリが良いのは七か十四。感覚は欠落を覚える。
味も悪くはないが、格別でもない。ただ、保存が利き、価格が手頃なのは確かだった。
冬の訪れとともに、港湾都市の長官から報告が届いた。
あの、ガリエン製瓶詰めの流通量。
国境を超えて流通する食料品は従来、穀物や東方からの香辛料、乾燥させた香草といった、元から保存がきく類のものしかない。
果実の瓶詰めは奇異な商品だ。だから、数字自体は小さい。
だが、クレメンスの目は別の行に引きつけられた。
自国の商人の間で、十二個入りの梱包が広まり始めているという記述。
驚いたことに、自国の商人が、自国の商品を、十二で数え始めているというのだ。
十二は割りやすい。二でも三でも四でも六でも割り切れる。
十四は二と七でしか割れない。三人の得意先に分ければ、誰かが多く誰かが少なくなる。そのたびに話し合いが要る。
その話し合いは美徳であり、それこそが「仕事」だった。
だが帳簿の上では、その美徳は利を生まない。
クレメンスは思わず報告書を閉じた。
十五年前、ガリエンの老貴族が言った言葉。
「十二という数の味を、多くの民が知ることになった」
それが頭の中に、何度も響く。
指は切られていない。血は流れていない。
それでも、当たり前にそこにあった十四の世界は、侵されていく。
クレメンスは自分の右手を見た。四十歳。あの日よりも皺が増えた。指は七本のままだ。この手で、何ができる。この手で。
十二の「進軍」は速かった。十二個入りの梱包は、翌年には内陸の商人にも広がっていた。自国の商品を十二個入りで売る業者が現れ、十四個入りにこだわる業者の棚は、端に寄せられていった。
閣議が紛糾したのは、次の年の暮れだった。
「関税を上げるべきです」
商務大臣が立った。港湾都市の業者から陳情が相次いでいた。
「関税を上げて、ガリエンの瓶詰めを締め出すべきだ。そうしなければ、我が国の食料品産業が滅びる。あれが安すぎるせいで、食料品業者の廃業、農民の離農が相次いでいる」
内務大臣が続いた。
「ガリエンの瓶詰めは十二個入りだ。梱包の規格を定め、十四個入りを標準として、十二個入りの流通を制限するのはどうだ」
クレメンスは黙って聞いていた。二人の危機感は正しい。だが処方が違う。
「関税を上げれば、瓶詰めの値は上がり数は減るだろう。だが、それでどうなる。安い瓶詰めに慣れてしまった民は、飢えるだろう。梱包の規格を定めたところで、商人は中身を二個抜いて、十二個入りとして売るだろう。その分無駄は増える。値は上がり、やはり民は飢える」
「では宰相は、どうすれば良いとお思いか」
クレメンスはわずかな沈黙の後、言った。
「交渉を、続ける。それだけだ」
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