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姥捨会議

奥井晴弥

16,994 字

歴史フィクション、倫理的ドラマ

"「赤子を殺すくらいならば、老いた者を棄てよ」――為政者の冷徹な論理が導く、究極の選択と、その先に待つ静かなる破綻。"

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第四章 日常

棄老の触れから三度目の冬を越えた頃には、もう誰も声を上げなかった。

最初の年は泣き声が聞こえた。山に向かう道で、送る者が泣き、送られる者が泣いた。だが今、山に向かう者の足取りは、畑に向かう者の足取りと見分けがつかなくなった。いつの間にか山に向かう者が歌う節ができた。節の調子は不思議と軽やかで、どこか誇らしげでもあった。

頼賢は帳面を見ていた。

不自然な空白が消えていた。数字の辻褄が、以前より合うようになっていた。 赤子の数が増えた。そのことを、頼賢は静かに確かめた。代わりに、山に送られた者の数がある。帳面には記されている。頼賢はその数を見た。見て、次の頁をめくった。

秋の視察で頼賢は北の村を歩いた。三年前に通った道だった。草はあのときと同じように両脇から迫り、川の水は同じように澄んでいた。だがあの臭いはなかった。道の脇の草むらには何もなかった。頼賢はそのことに安堵を覚えた。

庄屋と話した。子供の数が増えている。若い夫婦が二人目、三人目を産むようになった。村には活気があるように見えた。活気がある、と庄屋も言った。頼賢は頷いた。

村の端に、空いた家があった。戸が開いたまま、中には何もなかった。庄屋は何も言わなかった。頼賢も何も訊かなかった。

帰路、頼賢は供の者に訊いた。

「あの村に、六十になる者は何人おる」
「二人と聞いております。いずれも来年には」

供の者は言いかけて、口を閉じた。

城に戻ると、堀江が待っていた。

「殿に、お耳に入れておきたいことがございます」

堀江は三年前と変わらぬ姿勢で座っていた。白髪は増えたが、背筋はまっすぐだった。

「北の郡の庄屋から訴えがありました。村の仕事の差配ができる年長者が足りない、と」

頼賢は眉を動かさなかった。

「やはりそうであったか。だが、老いた者がおれば、差配を務める者も育たぬのではないか」
「はい。しかし、長く年長者の知恵に頼って暮らしてきた民には、性急だったのではないかと」

頼賢は考えた。触れに例外を設けるか。いや、それでは村の秩序が失われる。恨みは私が引き受けると言ったはずだ。

「考えておく。ただ今は、私は民が自ら知恵をつけると信じる」

頼賢はそう答えた。答えながら、自分が今、何を考えたのかを反芻した。人を山に送る手続きの、細部を整える。三年前には想像もしなかったことだ。いや、想像しなかったのではない。想像する必要がなかったのだ。触れを出せば、民は従おうとする。従おうとすれば、次の不都合が出る。統治とはそういうものだ。

堀江から異論はなかった。三年前に長幼の序を説いたこの男は、おそらくこれが長幼の話でないことを、わかっている。だが堀江自身がそのこと自体をどう思っているのか、頼賢は訊くことができなかった。

冬の初め、成瀬が病んだ。重い風邪だと聞いた。年が年だ、と誰かが言った。頼賢はその言葉を聞き流した。成瀬は五十の半ばを過ぎている。三年前の会議で「六十はいささか若うはないか」と問うた。六十まで、あと数年。
見舞いに行った。成瀬は床に伏していたが、意識ははっきりしていた。頼賢が来たことに恐縮し、起き上がろうとした。頼賢はそれを手で制した。

「養生せよ。藩にはまだ成瀬が要る」

成瀬は藩の政に必要だ。必要な人間が病むことは困る。それだけのことだ。だがその言葉は、別の場所から聞けば別の意味を持つ。成瀬は冬を越した。春には、また広間に座っていた。

四年目の春、頼賢は帳面を開いた。出生は増え、口食の状態が改善されているのがわかった。赤子の不自然な死の存在は、帳面からは感じられない。触れは機能している。頼賢はそのことを確認し、帳面を閉じた。機能している。頭に浮かんだその言葉を、頼賢は善いこととして受け止めた。

赤子が殺められることが減った。それが触れの目的だった。目的は達せられている。山に送られた者の数は、帳面に記されていた。帳面を読む者は、数字を読む。数字の向こうに顔を見ることは、帳面の読み方ではない。頼賢はそのことを自ら言い聞かせた。

── 第4章 了 ──

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