← 作品ページへ戻る

○○がない

奥井晴弥

30,923 字

企業成長物語、群像劇、ヒューマンドラマ

"言葉にできない「らしさ」を求めて、中小企業が辿り着いた答えとは。"

← 右から左へスクロール

第四話 当事者意識がない

誰が何の当事者で、誰が何の当事者でないか。
私の仕事は、それを記録することだ。

一週間前に、社長から会議の招集メールが来た。
宛先は、私と、企画部の佐藤さん、営業部の田所さん、製造部の黒木さん。
具体的な用件は書かれておらず、二時間程度の予定、ということだけがわかった。

会長が社長を務めていた頃に、中途採用でこのムライ化工に入社した。
私は新卒で地元の信金に入った。娘が小学校に上がる年に、会長に誘われた。
それが、私が今ここにいる経緯だ。
会長と知り合ったのは信金時代の三年目、新製品の金型製作にあたっての融資を担当した縁だ。
だから、会長とはもう、二十年ほどの付き合いになる。
ムライ化工に移って十年。
私ももう立派な中堅社員で、当時常務だった会長の息子が、社長になっている。

中小企業の管理部門の仕事は、専門領域に分かれていない。
会長が私を誘ったのは、お金周りを見れる社員が退職するから、という理由だった。
だが、実際の仕事はそれだけに留まらない。
経理、労務、法務、その他無限に発生する総務一般の仕事全てを、私と、古参の部長、パートスタッフ一人という体制で回している。
部長はよく「何が起きても当事者だと思わんとな」と言っている。
たしかに、仕事の中の専門的なところは士業の先生方に見てもらっているが、ムライ化工の管理部の当事者としてそれらの仕事に向き合うのは、私たちだ。
だから、部長の言うことは正しいと思う。

そして時として社内から恨みを買う、とまでは言わないが、煙たがられる。そういう存在になることもある。
以前、うちの営業があるディスカウントチェーンからの新規受注を受けようとしたことがあった。
その時私は書類の不備に気付き、ルールに沿ってストップをかけた。
ただ、その案件は大口の取引になる見込みがある一方、先方の希望納期があまりに近かった。
結果、私の指摘のせいで、その取引は流れてしまった。
私は私の仕事の当事者として、ストップをかけた。
だがその時の営業担当から見れば私の指摘は、
大きなチャンスを前にしながらの当事者意識に欠けた、そういう行為に映っていたに違いない。

さて、今日は社長から招集のあった、例の会議の日だ。
何のためかはわからなくても、時間になれば行かなくてはならない。私は会議室へ向かった。
そこには、香田さんという、経営コンサルタントの先生がいた。
香田さんという名前には会食の領収書で見覚えがある。
たぶん、社長が知り合ったのは最近。今年に入った頃だ。
名刺交換を終え、席についた。

香田さんはホワイトボードにパーパス策定プロジェクト会議と書き、資料を配った。
私は、各部署から一人ずつ選ばれた「プロジェクトリーダー」の一人ということだった。
リーダーが、四人。
違和感を覚えたのは私だけではないようだ。
私以外の三人の「PL」とそれぞれ一瞬、目が合う。

会議の中で、メンバーに役割が割り当てられた。
私は社史に関わる資料や社内外の声を集めてまとめる、リサーチ担当ということだ。
香田さんのよく通る声が響き、会議は進行していく。

ふと、香田さんのコンサルティング費用の勘定科目のことが気になった。
コンサルティングだから、外注費ということになるのだと思う。
パーパスの策定を外注する。その響きだけでもう違和感がある。
香田さんは「御社の中に答えはある」と言う。それはそうだろう。
このプロジェクトは、誰が当事者なのか。
この中の誰か一人でも、パーパス策定の当事者意識を持っている人間が、いるのだろうか──

「こういうの、うちで前例がないんですよね」
──疑問が、だいぶ変形して、口から出た。

私の言葉を受けて社長が言った。
「いや、もう時代がね。同業さんも、うちと同じくらいの規模のところでも、パーパスを掲げてるところが増えている。やらないと、取り残される」
香田さんが大きくうなずいて、ノートパソコンにプロジェクターを繋ぎ、ホワイトボードの上に他社の事例を映した。きれいに整ったスライドが何枚も続いた。
──しまった。別に、本当に前例が知りたいわけじゃないんだよ……

「ほら、前例なら、いくらでもありますよね──」
社長がそう言いかけた時、田所さんの携帯が鳴った。
田所さんは「すんません」と言い廊下に出て、しばらく電話で話していた。
得意先からのクレームか、何か無理を言われているのか。
何度も繰り返された「えらいすんません」と「すぐ持って行きます」という声のトーンで、どうも悪い話ではなさそうだということはわかった。
おそらく、得意先への提案が通って、すぐにでも販売を始めたいという「無理」を、喜んで受けた。
そんなところだろう。

田所さんは頭を下げながら席に戻ると開口一番、
「なんや、難しいこと言うてはりますけど、『ええもん作って届ける』でええんちゃいますか。会長も、よう言うてますし」
と言った。
早くこの会議を終わらせたい、田所さんのその気持ちが出すぎていて、私は笑いそうになるのを必死でこらえる。
その態度だと、下手したら余計長くなりますよ、と言いたくなる。

田所さんはたぶんこの後すぐ「愛車」に商品を積み込んで、得意先へ納品しに行くはずだ。
そのコストは、客観的には発送配達費だ。
だが実際は、車両費、燃料費、そして田所さんの人件費に織り込まれて計上される。
発送配達費として冷静に考えるなら、だいぶ割高だ。
管理部の当事者としては、一言言いたくなる。
納品が一日遅くなって得意先が困らないのであれば、通常の便で配送すべきだと。
だけど、営業担当者が自ら商品を運ぶことは、得意先窓口の当事者としての営業活動の一環でもある。
そう考えれば良い。

──二時間の会議が終わった。
次回までに各自「うちらしさを表す言葉」を三つ考えてくる、という宿題が出た。
たぶん、それぞれがそれぞれの当事者意識と人件費で紡いだ言葉を、持ってくるだろう。

── 第4章 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

作品ページへ戻る

コメント

まだコメントはありません。最初のひとことをどうぞ。

しおりを挟みました