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気持ちは嬉しいけど迷惑です!

22,990 字

オフィスラブコメディ

"冴えない天才と、迷惑な乙女心。大手ゼネコンで始まる、予測不能な恋の設計図!"

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 第3話 紙一重な人

「526枚……ですか」

 萌華は台車に積まれた紙の束を見て、硬直してしまった。
 表紙には、図面のタイトルの文字のみ。

「平面、立面、展開、意匠、構造計算表……ま、とにかく全部揃ってます」

 設計社員と萌華がやりとりしているそばでも、守原省伍の手は止まらない。

(これが、皆さんが絶望していた理由なんだ)

「と、言うことで、お渡ししますね」

 設計社員が微笑むと、省伍が背伸びをしながら、背中越しに声を上げた。

「はぁ〜あ、パースもできたよ」

 ふっと椅子を回して振り向くと、戦慄している萌華と目が合い、彼の時間が止まる。
 じっと目を見て、表情を変えない省伍。
 萌華も焦って目を逸らすに逸らせなくなってしまった。

「……あ、あの、私の顔に……なにか?」

 それでも省伍は、無言で見つめてくるだけだ。
 心なしか、口元が動いているようでもある。
 見かねた設計社員が話し出した。

「守原さん、こちら積算の方です」
「ミッドベースの図面、お渡ししますね」

 そこでやっと省伍の顔が、台車に乗った図面の束に移った。

「……図面」

 一言こぼすと、今度は図面から目を離さない。
 萌華が作り笑いをして、台車の持ち手を掴んだ。

「じゃ、じゃあ、お預かりして行きますね」

「待ちたまえ! いや、待ってください」 

 省伍が突然声を上げて、立ち上がる。
 萌華は肩を跳ね上げ、省伍の顔を覗き込むと、口元が震え、鼻息も荒かった。
 恐怖、萌華の心に浮かんだ感情だ。

「あ……あの、なんでしょう?」

 省伍は黙って台車の持ち手に手を伸ばす。
 すると、反射的に萌華はそこから手を離した。
 いつの間にか、オフィスの社員たちが集まり、その様子を眺めていた。
 建築意匠課、課長の岩坂の姿もあった。
 省伍は岩坂に向かって、言葉を投げかける。

「課長、私、積算に図面を届けてきます」

 岩坂は、省伍と萌華を交互に見ると、眼鏡を上げて表情を変えた。

「わかった、行ってくると良い」
「なんなら、安川さん達に、図面の説明をしてきなさい」
「ゆっくり、じっくりとね」

 今度は、萌華に向き直る。

「あなたは……見ない顔だけど」

 はっとした萌華は、岩坂に対して深々と頭を下げた。

「ご挨拶が遅れました」
「この度、『ITTEスタッフ』から、御社の建築積算課に派遣されました、永本萌華です」
「よろしくお願いします!」

 岩坂は無表情のまま、頷いた。

「そうですか、派遣の……」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「それじゃあ、守原くん」
「行ってきたまえ」

 無言で頷いた省伍が、ずんずんと台車を押し始めると、萌華が慌ててその後を追う。
 やがて、二人は揃って退室した。
 オフィスに沈黙が訪れる、集まっている社員たちは、どこか戸惑ったような、浮かれたような顔で、お互いの顔を覗き合っている。
 そこに、岩坂が眼鏡を外して、ハンカチで目元をゴシゴシと拭き、眼鏡を戻すと、今度は満面の笑顔になって周りを見渡した。

「あれ、いったよね、いっちゃってるよね」
「守原、心、あの子にいっちゃったよね?」

「間違い無いっすね」

「完璧、ハート掴まれましたね」

「守原さん、わかりやすいから」

 岩坂は何故かガッツポーズをして、テンション高く声を上げた。

「ヒャッハー!きたよきたよ、きましたよ」
「ここに、第13回、守原ダービーの開催を宣言いたします!」
「では、いつものように……」
「うまくいくと思う人!」

 嬉々として手を上げる岩坂と、盛り上がる社員たちを尻目に、オフィスの女性社員達が冷ややかな目を向けた。

「ま〜た始まったよ」

「まあ、普段から画面見ながら線引いてばっかだから、こもった感情が解放されるのかな?」

「でも、実際どうだろ? 守原さん、ポテンシャルはうちでも最強レベルだよ」

「問題は、あの派遣の子がフリーかどうか、だよね」

「だよね〜」

 最初は岩坂達を冷ややかに見ていたこちら側も、いつしか話が弾み始めた。

 エレベーターの中では、省伍と萌華が並んでいた。
 会話は無く、その気まずさが僅か数フロアの時間を果てしないもののように感じさせる。
 そんな時、省伍が口を開いた。

「……あの」

 萌華の肩が小さく跳ねる。

「な、なんですか?」

「あなた、見ない顔だけど、何年目?」

(さっき言ってたじゃん!聞いてなかったの?)
「あ……私、今月から派遣で」

「ふ〜ん」

 そして、静寂が訪れる。
 が、また思い出したかのように省伍が口を開いた。

「歳……いくつ、ですか?」

(いきなりストレートすぎじゃない?)
「26歳……です」

「そうなんですね」

 また沈黙。

(いやいや、話すなら続く話題しなさいよ)

 そうこうしているうちに、積算のフロアに到着し、扉が開く。
 二人が出ようとした、その時だった。

「……あ」

 省伍が台車を突き出すと、エレベーターの出口の隙間に車輪を挟まれつんのめり、図面がバラバラとエレベーターホールに撒き散らされ、広がった。
 萌華が慌てて回収しようと駆け出すも、省伍は、無表情でため息をつく。

「ありゃりゃ」

(ありゃりゃじゃないでしょ!拾いなさいよ)

 必死に図面を拾う萌華の横で、面倒そうに腰を折る省伍だった。

 一方その頃。
 建築積算課の空気は重い、頭を抱える安川を囲む社員たち。
 安嶋は依然として、しくしく泣きながら、うわごとのように子供たちの名を呟いていた。
 安川が口を開く。

「とにかく……図面を受け取って、割り振りの方向性を決めて段取りしないと」
「やつらに……やつらに知られる前に」

 その言葉に、オフィスの全員が、固唾を飲んで頷いた。

 別フロアの営業一課では、課長の甘城が背もたれに深々ともたれ、孫の手についたゴルフボールを、肩に押し付けながら足を組んで携帯を覗きこんでいる。
 肌は日焼けし、整髪料によって整えられたと言うより、もはや固められ、ダムのようになっている前髪は艶やかで、右手のオメガが銀色に輝く。
 口元は禁煙パイポを咥えながら、ニコレットのガムを噛んでいた。
 ひとりの社員が、そのデスクに歩み寄る。

「甘城課長、噂によるとミッドベースの学術棟、図面仕上がったみたいですよ」

「パースは?」

「そっちも、そろそろらしいです」

 甘城の携帯が閉じられ、ギラついた目が吊り上がった。

「そうか……それなら来週いけるな」
「……商談」
 
 気持ちは嬉しいけど迷惑です! 

── 第4章 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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