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讐牟D.C.滅亡都市

連載中(書きかけ)

天音ろっく

66,998 字

ディストピア・サバイバルSF群像劇

"滅びゆく都市の残響に、希望と絶望が交錯する群像劇。"

終末世界を描いた、ダークサバイバル・バトルファンタジー! シュメル歴六百七年八月九日。突如として現れた異形の生命体によって、一瞬のうちに荒廃と化してしまった都市ニゲラ。 保護された施設で無気力なまま過ごしていたエヴァは、ある日突然、施設を襲撃しにやって来た美青年と出会う。 「殺してやる」 そう告げた銀髪の美しい青年の言葉に導かれ、ただ死ぬことを目的として付いて行くことにする。 彼はただの破壊者か、救済者か。その先に得るものは一体なんなのか。 隠された政府の陰謀と、未知なる恐怖との戦い。そこに生きる人々が目にする真実とは──? 生きることに何の価値も見出せず、いっそのこと死んでしまいたいと願う者。恐怖に震えながらも絶望の中で必死に生き抜こうとする者。 大切なものを奪われ、ただ復讐に生きる者。 それぞれが複雑な心境を胸に抱えながらも、生き残った者達は新たな仲間達と出会い、別れ、そして明日を生きる為に戦い続ける。 人類存亡を懸けた壮絶なバトルが──今、始まる。

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◆センカ・ヤンテ◆

【二人一緒なら(一日目)】

『……セ……カ……っ! ……お……、……て!』

 遠くの方で僅かに聞こえてくるその声に、目眩に似た気怠い意識をゆっくりと覚醒させてゆく。生暖かいどろりとした不快感に額を拭ってみると、右手にベッタリとこびり付く赤黒い鮮血。

(一体……、何が……?)

 ぼんやりとしたまま右手を眺めると、徐々にクリアになってゆく視界。ズキズキと痛む全身には熱風が吹き付け、途端に鼻をつく焼け焦げた匂い。

「──センカ!」

 
 揺り起こされるようにして意識をハッキリと覚醒した私は、目の前に見える自分と瓜二つの顔を見つめ返した。

「キンカ……?」

「っ、……良かった!」

 のろりと起き上がると、そんな私をきつく抱きしめる双子の姉のキンカ。ズキリと痛む身体に小さな呻き声を上げると、それに気付いたキンカは焦ったように口を開いた。

「……ご、ごめん! 大丈夫!?」

「うん。頭が少しクラクラするけど……」

 そう答えながらも、一体何が起きたのかと辺りを見回してみる。瓦礫の山ばかりに見えたその場所は、よくよく見てみると見覚えのある建物の残骸らしきものがある。
 所々では轟々と炎が燃え上がり、いたるところから負傷者の悲痛に満ちた声が聞こえる。ピクリとも動かない下半身を失った男性は、おそらく既に亡くなっているのだろう。ごろりと転がる遺体を前にして、私は初めて目にする光景に恐怖した。

(誰かに攻撃された……? もしかして、戦争……っ?)

 確か私は──両親とキンカの四人で都市ニゲラにあるレストランへと向かっていたはずだ。その道中、突然上空に現れた眩い閃光。それを見上げた次の瞬間、私の身体はもの凄い爆風によって吹き飛ばされた。
 そんな記憶が蘇ってくる。

「っ……。センカの意識が戻らないから……私、凄く心配して……っ」

 そう告げながら涙を流すキンカを見て、そっと優しくその手に触れる。

「キンカは……? キンカは大丈夫? どこも怪我してない?」

「うん……私は大丈夫。ちょっと足が痛いけど」

 キンカの言葉を受けてホッと胸を撫で下ろすも、両親の姿がどこにも見当たらない。

「……ねぇ、お父さんとお母さんは?」

「わからない……。私もさっき目を覚ましたばかりで、近くにはセンカしかいなかったから……」

「…………。大丈夫、きっと二人は無事だから。一緒に探そう」

「……うん」

 悲しげに俯いてしまったキンカを立たせると、熱風の吹き付ける瓦礫の中を二人で一緒に彷徨い歩き始める。

「お母さん……! お父さん……っ!」

 激しい熱風に当てられた喉はゴホゴホと咳をあげ、それでもなんとか声を上げながらも進んで行く。煤すすが舞い散る中歩き続けるのは、ただ呼吸をするのですら息苦しさを感じる。そんな私の耳に届くのは、あちこちから飛び交ってくる悲痛な叫び声。隣にいるキンカの手をギュッと握りしめると、零れ落ちそうになった涙をグッと堪える。
 右を見ても左を見ても、その視線の先にあるのは数え切れない程の負傷者の数と転がる遺体ばかり。見回す限りを埋め尽くしている瓦礫の山は、残酷なまでに現実を突きつけてくる。

(もしかしたら、お母さん達は……っ、)

 そんな不吉な考えを払拭するかのようにして、キンカと二人で必死に声を絞り出す。

「……、お母さん!」

「お父さん……っ!」

「……っ、ゴホゴホ」

「───! センカ、あそこ!」

 そう言って前方を指し示したキンカの指先を辿って見てみると、見覚えのある後ろ姿が目に入る。

「っ、……お父さん!!」

「お父さん……!」

 キンカと二人で駆け寄ると、そんな私達に気付いた父はクルリと後ろを振り返った。

「……キンカ! センカ! ……っ、二人とも無事で良かった……!」

 そう告げながら力強く抱きしめてくれた父は、すぐにその身体を離すと切羽詰まった様子で口を開いた。

「っ、……お母さんが瓦礫に挟まって動けないんだ。お前たちも手伝ってくれ」

 
 その言葉に父の背後を見てみると、瓦礫の下敷きになって倒れている母がいる。すぐさま母の傍へと駆け寄ると、その場で膝を着いてキンカと二人で涙声を上げる。

「……お母さん!」

「お母さん、しっかりして!」

「だい……、丈夫よ……。二人とも、無事で……良かった、わ……」

 見るからに具合の悪そうな母は、私達の無事な姿を確認すると薄く微笑む。粗い呼吸と血の気のない顔から察するに、もしかしたら肺を圧迫されてしまっているのかもしれない。
 詳しいことは分からないにしても、今すぐ救出しなければ危険なことは誰の目から見ても明らかだった。

「っ……今出してあげるから! お母さん、頑張って!」

 そう告げるなり、母の上に積み重なった瓦礫を持ち上げようとする。だけど、コンクリートの塊は見た目以上の重量で、三人がかりでもびくともしない瓦礫。

「もう一度いくぞ。……せーの!」

「くっ、……なんでこんなに重いの……」

「動いてよ……っ」

 一刻を争う状況だというのに、気持ちばかりが焦ってゆく。

 
「……これじゃダメだ。助けを呼んでくるから、お前たちはお母さんに付いててくれ」

「うん、分かった」

「……早く戻って来てね、お父さん」

「ああ、すぐに戻ってくるから待ってなさい」
 

 殺伐とした瓦礫の中を走り去ってゆく父の背中を見送ると、足元にいる母の手を握りしめてその顔を覗き込む。

「お母さん……今、お父さんが助けを呼びに行ってるからね」

「……お母さん、大丈夫だからね。頑張って」

「ありが、とう……」

 力なく微笑む母の姿を見て、じんわりと涙が込み上げてくる。

(……ううん。きっと大丈夫)

 後ろ向きな感情をすぐさま押し込めると、零れ落ちそうになった涙を掌てのひらで拭い去る。

「ねぇ、センカあれ見て! あれで動かせないかな!?」

 そう言ってキンカが指差したのは、折れ曲がった鉄パイプだった。
 おそらくどこかの建物にでも使われていたのであろうそれは、ちょうど手頃なサイズ感に見える。もしかしたら、あれを使えばテコの原理で瓦礫を持ち上げることができるかもしれない。

「うん、あれなら──」

「きゃああああ!!! 「うわあああーー!!」」

 キンカに向けて口を開いた瞬間。突如として四方八方から湧き上がった悲鳴によって、私の言葉はかき消された。尋常ではないその様子に、慌てて辺りを見回してみる。けれど、殺伐とした光景が広がるばかりでイマイチ状況が掴めない。
 一体何があったのだろうか? そんなことを思いながらも、ただ漠然とした恐怖に襲われる。

「センカ……っ」

 それはキンカも同じだったようで、ビクビクと怯えながら私に身を寄せるキンカ。そんなキンカと二人で辺りを警戒していると、右手前方から慌てた様子で突然目の前に現れた男性。

「助けてくれー!」

 恐怖に引きつった顔を浮かべながら、まるで何かから逃げているようだ。そう認識した──次の瞬間。もの凄い勢いで現れた巨大な生物は、その男性の腕を掴むと一気に引きちぎった。
 ビチャリと飛び散った“何か”で顔を濡らしながら、ただ目の前の光景を見て呆然とする。

「…………え?」

 ポツリと小さな声を溢しながら濡れた頬を拭うと、右手に付着した血を眺めてカタカタと震える。

『ボォアアアーー!』

「っ、……ぐあああ!!」

 凄まじい絶叫を上げた男性は、その場でのたうち回りながらも必死に後退りする。そんな男性めがけて勢いよく飛びついた異形のバケモノは、ぬるりとした白い鱗をくねらせてその肩に喰らいつく。
 そんな恐ろしい光景を前にしてへたりと腰を抜かした私は、その場から動くことすらできずに浅い呼吸を繰り返した。

(な、に……これ……? なん、なの……っ)

 容赦なく喰いちぎられてゆく男性を眺めながら、微かに聞こえてくる母の声。

「逃げ、なさい……」

(…………に、げる……?)

 その言葉の意味すら処理しきれないまま、ただ目の前にいる得体の知れない生物に恐怖する。

「センカ……っ」

 カタカタと震えながらも、私の身体を横に揺するキンカ。

「二人とも……早く、逃げ……て……っ、」

 そんな母とキンカの声は確かに耳に届いているのに、私の視線はバケモノから逸らすことができなかった。
 微動だにしなくなった男性をその場に投げ捨てると、やけにゆっくりとした動きでこちらを振り返ったバケモノ。血の滴る口元をニチャリと大きく裂け拡げると、鋭く尖った歯を剥き出しにする。

『ボォアアアー!!!』

 まるで次の獲物だと言わんばかりの咆哮は、私の身体を通して一気に脳天まで突き抜ける。そんなビリビリとした感覚に思わずのけ反ると、目の前の現実にガタガタと震える。

(殺される……っ)

 
 ──そう思った刹那。突然の衝撃で吹き飛ばされた私は、地面に倒れ込むと小さな呻き声を上げた。

「二人とも、逃げるんだ……っ!」

 そんな父の声を背後に、父に突き飛ばされたのだと理解する。すぐさま背後を振り返って見てみると、私の目に飛び込んできたのは父の頭がグシャリと喰い潰される瞬間だった。
 
 
「……っ、ぁ……あ……、うそ……っ」

 信じ難い光景を前にか細い声を上げると、クルリとこちらに顔を向けたバケモノ。白く濁った深海魚のような瞳に、まるで半魚人を彷彿とさせるヒレのようなもの。そんな未知なる異形のバケモノは、その口に父の頭部を含みながらゴリゴリと捕食する。

「……っ、逃げてーー!!!」

 涙ながらに絶叫する母。そんな母の声に反応するかのようにして、一際大きな咆哮を上げたバケモノ。地面に横たわっている母の身体を掴み上げると、そのまま一気に瓦礫の下から引き抜く。ブチリと音を立てて引き裂かれた母の身体は、垂れ下がった内臓から貪り喰われてゆく。
 一体、私は今何を見ているのだろうか……? あまりに衝撃的な光景を前に、次第に遠のいてゆく意識。キンカに手を取られてその場から走り出したものの、何一つ考えることができない。そんな朦朧もうろうとした状態のまま瓦礫に躓つまずくと、転倒した衝撃でズキリと痛んだ左膝。途端に込み上げてきた抗えない程の悲しみに、堰せきを切ったように号泣する。

「お父、さん……お母さん……っ」

「っ、……センカ、しっかりして!」

 そう告げながらも涙を流したキンカは、私を立たせると再び走り出す。そんなキンカに手を引かれるようにして、涙ながらに逃げ惑う。どこへ行っても混沌とした光景が広がるばかりで、この地獄のような世界はゆっくりと悲しむ余裕すら与えてはくれない。
 なす術なく蹂躙じゅうりんされてゆく人々で溢れ返る中、キンカと二人で必死になって身を隠せそうな場所を探し続ける。

「──! ……キンカ、あそこ!」

 そう告げながら陸橋を指差すと、コクリと頷いたキンカと一緒に陸橋の下へと逃げ込む。すぐさま柱の影に身を潜めると、ガタガタと震える身体を寄せ合う。
 左右の視界は太い柱で遮られているとはいえ、正面はガラ空き状態。これでは当然気が休まるはずもない。そんなことはキンカも私も分かってはいたけど、これ以上最適な方法も場所も見つけることができなかった。

「っ、センカ……」

「大丈夫……、きっと大丈夫だから……っ」

 まるで自分自身に言い聞かせるようにして呟くと、隣にいるキンカの手をギュッと握りしめる。
 幸いなことに、耳に届く悍おぞましい咆哮と飛び交う悲鳴とは対照的に、目の前に見える景色はただ静かに流れている川だけ。このままここで息を潜めていれば、助かる可能性だってあるかもしれない。そんな小さな希望に縋り付くようにして、心の中で必死に祈り続ける。

「……っ、……」

 ゆらゆらと揺れる水面を眺めながら、無意識に思い浮かべた父と母の姿。幸せだったあの頃にはもう戻れないのだと、失ったものの大きさに涙が溢れる。

(っ…………大丈夫。私にはまだ、キンカがいる……)

 繋いだ手をギュッと固く握り直すと、次々と流れ出る涙を静かに拭ってゆく。それはキンカも同じだったようで、小さく啜り泣く二人の声だけが橋の下でこだまする。
 そんな私達の視界の先にある、静かに流れ続ける横幅五メートル程の少し濁った川。その流れに逆らうようにして、奥の方でキラリと光った水面。その違和感にピタリと動きを止めた私は、隣にいるキンカの身体抱きしめた──次の瞬間。

「きゃあああーー!!」

 陸橋下に逃げ込むようにして現れた二十代らしき女性。その女性の悲鳴に反応するかのようにして、突然川の中から姿を現したバケモノ。そのスピードは驚異的な速さで、川の向こう側からこちら側に移動するまで瞬き一つできない程だった。
 

「あ゛……ぅ、っ」

 顔の片側から肩にかけて噛み付かれた女性は、グニャリと顔を歪ませると白目を剥く。その恐ろしい光景に思わず目を背けた私は、キンカを抱きしめている両腕に力を込めるとギュッと固く瞼を閉じた。そんな私を力強く抱きしめ返すキンカ。いくら視界を閉じていようとも、耳に届く音から悍おぞましい光景が否応なしに浮かび上がってくる。──それが数秒後の私達の未来なのだと。
 互いが互いの身体に縋り付くようにして、なす術なくただその場でガタガタと震える。耐え難い恐怖心と悍おぞましい咀嚼音が響く中、唯一の救いはお互いの存在だけだった。

 ──例えこの後殺される運命だったとしても、私は一人じゃない。

 そんなことを考えながらも、昨日までの幸せだった頃の思い出が走馬灯のように蘇る。

(お父さん……、お母さん……キンカ……っ)

 キンカの身体を抱きしめながら静かに涙を流すと、私はこの後訪れる死を覚悟した。
 だけど、いつまで経ってもバケモノが襲ってくる気配がない。恐る恐る瞳を開けてみると、バケモノのいる方へと視線を向けてみる。

「…………」

 いつの間に消えたのか、女性の姿もバケモノの姿も見当たらない。ただそこにあるのは襲われた女性の生々しい血痕だけ。あの恐ろしいバケモノはどこへ行ったのか、どうしてこの場を離れたのか……その理由は分からない。

「キンカ……、もう大丈夫だよ」

 そう小さく囁くと、ゆっくりと瞼を開いたキンカと視線を合わせる。

「あの生き物は……?」

「……分からない」

 そんな言葉を交わしながら二人で辺りを見渡してみる。だけど、いくら探しても見当たらないバケモノの姿。
 だからといって決して安心できるわけもなく、二人で息を潜めながら身を隠し続ける。一体どれだけの時間そうしていたのか──気付けばあれだけ飛び交っていた悲鳴の数はだいぶ減り、それが意味する事実に恐怖する。
 おそらく、このままここにいたら私達も同じ運命を辿るのだろう。とはいえ、どうしたらいいのか分からない。

「キンカ……」

 縋るようにしてキンカに身を寄せた──その時。何かの気配に気付いてビクリと身体を縮こませると、キンカと二人で息を呑む。

「──ここに生存者がいるぞ」

 軍服を着た三十代らしき男性は、後方に向けてそう告げると私達の方へと向き直る。

「政府で保護します。さあ、こっちへ」

 そう言いながら差し出された右手は、まるでこの地獄から救い出してくれる唯一の光のようだった。
 

【疑念】

 三人の軍人によって保護された私達は、かれこれ二十分程かけて徒歩で移動すると、目の前にそびえ立つ重厚な扉を見上げた。

「…………」

 岩場の間に隠れるようにして設置された扉は、寂れたこの場所に随分とそぐわないほどに厳重な造りをしている。こんな施設が存在していただなんて、おそらく一般人は知る由もないだろう。それほど徹底して存在が隠されている──そんな印象を受ける。
 繋いだ左手にギュッと力を込めると、それに気付いたキンカと顔を見合わせてコクリと頷く。

 ゴゴゴと重低音を響かせながら開いた扉。その先に控えていた警備兵らしき軍人と挨拶を交わすと、そのまま私とキンカを連れてその先にあるエレベーター前へと移動する。
 先導して歩いていたリーダーらしき三十代の軍人は、こちらを振り返ると静かに口を開いた。

「今からこのエレベーターに乗って地下へ行きます。もともとはただの研究施設ですが、現在は緊急措置として生存者の保護施設となっています。安全は保証されているので安心して下さい」

 淡々とした口調でそう告げた軍人は、私達が返事をしたのを確認するとエレベーター内へと足を進める。それに倣ならうようにして全員で乗り込むと、地下へと向かって動き出したエレベーター。ようやく安全な場所に辿り着いた実感に、ホッと小さく安堵の息を漏らす。
 ほどなくして地下へと到着すると、静かに開いてゆくエレベーターの扉。その先に立っていたのは、赤縁眼鏡を掛けた利発そうな白衣姿の女性だった。年齢は、おそらく三十代は超えているだろう。だけど、綺麗な容姿も相まって実際のところはよく分からない。

「生存者二名を保護しました」

「ご苦労様。後はこちらに任せてあなた達は任務に戻りなさい」

「はい」

 そんなやり取りを黙って静観していると、その視線に気付いた女性は私達の方へと視線を向ける。

「ようこそ。地上は大変だったでしょう? ここには充分な食料もあるし、安全だから安心してちょうだい」

「……はい」

「……ありがとうございます」

 口々にそう答えると、優しく微笑んだ目の前の女性。

「私はこの施設の責任者のロベリア・リンドウよ。施設はここ以外にも複数あって、その全ての統括責任者でもあるわ。よろしく」

「……センカ・ヤンテです。よろしくお願いします」

「キンカ・ヤンテです……」

「二人は姉妹なのね」

「はい、双子です」

「そう……。疲れているところ申し訳ないんだけど、二人にはまず検査をしてもらわなければならないの」

「検査、ですか……?」
 

 検査という言葉に不安げな表情を浮かべると、それに気付いたリンドウは柔和な笑みを浮かべる。

「大丈夫よ。予防接種を受ければ心配ないわ」

「予防接種……?」

「聞いてなかったかしら? 地上は今や空気汚染が蔓延しているのよ。今からでも予防接種は間に合うから、その点は安心してちょうだい」

「「……はい」」

 キンカと顔を見合わせてからそう答えると、「それじゃ、行きましょうか」と告げて歩き始めたリンドウ。その背中を追いかけるようにして歩き始めるも、初めて目にする物珍しさからキョロキョロと辺りに視線を送る。
 見渡す限りが白で統一された施設内は、地上の有り様と比べるとまるで別世界のようだ。一見するととても清潔感のある白も、こうして見てみると随分と無機質に感じる。それもきっと、この施設が元々は研究施設だからなのだろう。
 その後に案内された一室で検査と予防接種を終えると、二人同室の寝室を与えられた私達は、そこに置かれていたベッドに腰を下ろした。

「頭の怪我は大丈夫?」

「うん。キンカは?」

「私も大丈夫だよ」

「…………」

「…………」

 手当てされたばかりの身体を互いに気遣うと、自然と訪れる長い沈黙。いざ安全な場所に保護されてみると、考えてしまうのは父と母のことばかり。きっと、それはキンカも同じなのだろう。悲し気な表情を浮かべている様子からも、それは一目瞭然のことだ。
 それでも、こうして助かったのが自分一人だけではなかったことには少しだけ救われる。おそらく、私一人ではこの状況に耐えられはしなかっただろう。隣にいるキンカの手をそっと優しく手に取ると、それに気付いたキンカが視線を合わせる。

「なにがあっても、私達は絶対に一緒だからね」

「……うん」

 涙ながらにそう答えたキンカは、静かに微笑むと私を抱きしめた。

 それからの私達は、互いの存在だけを頼りに施設での単調な毎日を過ごしていた。施設に保護されてからの四日間、一日に複数回決まった時刻に検査を受ける以外は、特にこれといって何もすることのない日々。だからといって別に不満があるわけでもなく、こうして無事でいられるだけで充分に有難い。
 唯一気になることといえば、昨夜から続いているこの発熱だ。今朝は昨日よりも気怠さを感じる。

「センカ……大丈夫?」

 中々ベッドから起き上がらない私を見て、心配そうに顔を覗き込むキンカ。

「うん……」

 のろりと起き上がると、そんな私の額に手を当てたキンカは不安げな表情を浮かべる。

「昨日より熱が上がってる……。ねぇ、本当に平気?」

「うん……正直、ちょっとしんどいかも」

「水飲む?」

「……ありがとう」

 差し出されたグラスを手に取ると、熱く火照った身体を冷ますために水分補給する。

「ごめん……これじゃキンカにも風邪移しちゃうね」

「ううん、そんなこと気にしないで」

 甲斐甲斐しく世話してくれるキンカに謝罪をすると、なんでもないことのようにそう答えたキンカ。

「薬もらってくるから、センカはゆっくり休んでて」

「……うん、ありがとう」

 その言葉に促されるようにして再びベッドに横になると、部屋を後にするキンカの背中をぼんやりと眺める。視点が定まっていないせいか、なんだか全てのものが二重に歪んで見える。

(ああ……、ほんとにヤバイかも……っ)
 

 朦朧もうろうとする意識の中でそんなことを思ったのを最後に、私の意識はそこでプツリと途絶えた。

──────

────

『呼……、拍正常』

『……化……手のみ……』

 ぼんやりとした意識のままゆっくりと瞼を開くと、突然降り注いできた強烈な眩しさに思わず右手で視界を遮る。その右手に繋がれている沢山の管と感覚の違和感に、覚醒しきれていない頭のまま困惑する。

(何が……どうなってるの……?)
 

「…………」

「八番意識回復。脈拍、呼吸ともに安定。両目にも変化の兆候あり」

 無機質な言葉が響く中、その言葉の意味すら理解できないまま呆然とする。

 確か、最後の記憶では高熱でかなり身体が辛かったことだけは覚えている。薬をもらってくると言って出て行ったキンカを見送って──おそらく、その後私は意識を失ったのだろう。
 

「眼球の状態を確認しろ」

「はい」

 そんな言葉とともに視界を遮っていた右手をどかされると、再び強烈な眩しさに晒される。

「……っ、やめて!」

 思わず拒絶の言葉を発して暴れると、その場にいた複数人の職員達によって身体を押さえつけられる。

「暴れないでください。あなたは空気感染による副作用で倒れたんです。これはそのための検査です」

(…………空気感染……?)

 それなら初日に予防接種を受けたはずだ。あれでは万全ではなかったということなのだろうか……? だとしたら、あの高熱も風邪のせいではなかったのだろう。どうりで尋常じゃないほどの怠さだったわけだ。
 そんなことを思いながらも、おとなしく職員の指示に従う。

「少しの間我慢してください」

 そう告げながら小さなペンライトのようなものを当てられ、あまりの眩しさにズキズキとした痛みが走る。

「虹彩欠如がみられる。瞳孔、網膜に異常はなし」

 淡々とそう告げる職員の言葉を受けて、何やら入力しているのかカタカタとタイプを打つ音が聞こえる。

「視力は特に問題ないとは思いますが、そのままでは不便でしょうから遮光ゴーグルを用意します」

「……はい」

 わけも分からないままそう答えるも、先程から右手の違和感が拭えない。

「あの、右手がなんか変なんですけど……」

 恐る恐るそう尋ねてみると、表情一つ変えない職員は再び口を開いた。

「それはきっと右肘から下が変化したからでしょう。副作用です」

「…………」

(変化……? 副作用……?)

 先程から、この職員の言っている意味がさっぱり分からない。
 確かに私は空気感染による高熱で倒れた。その副作用として、後遺症があると説明されるならまだ理解ができる。だけど、変化とは一体なんのことなのだろうか……? 

「あの……変化って、何ですか……?」

「…………。ご自身の目で確認された方が早いでしょう」

 そう告げると、私の身体を押さえていた職員達の手がスッと離れる。相変わらず機械に繋がった管が取り付けられてはいるものの、これでやっと自由に身体を動かせる。
 解放された右手をゆっくりと動かすと、目前に掲げてその手を確認してみる。だけど、天井から降り注ぐ照明が眩しくてぼんやりとしか認識できない。

「……起き上がってもいいですか?」

「少し待ってください」

 淡々とした口調でそう答えた職員は、私の身体に取り付けられている管を一つずつ取り除いてゆく。そのまま全ての管を取り終えると、眼鏡を掛けた四十代らしき男性は無表情のまま口を開いた。

「どうぞ」

(…………。こんな顔をしてたのね)

 どうやら少しだけ眩しさにも慣れてきたようで、初めて目にする職員の顔を見てそんなことを思う。

「……ありがとうございます」

 なんとなくそう答えながら起き上がると、今度こそ自分の右手を確認してみる。

「──! な、に……? これ……っ、」

 思わず絶句した私は、自分の右手を見つめながらカタカタと震えた。
 目の前にある右手は確かに自分の一部だというのに、感覚から見た目までもが以前とはまるで違っている。右肘から指先までの皮膚は硬い鱗で覆われ、そのビジュアルはまるで魚の鱗のようだ。その既視感ある見た目に、思わずゾッとする。

(これじゃ……、まるであのバケモノじゃない……っ)

 地上で見たバケモノの姿を思い浮かべると、カタカタと震える口元から小さな声を上げる。

「これ……っ、何なんですか……? どうしてこんなことに……?」

「空気感染によるものです」

(空気感染……? これが……?)

 顔色一つ変えずにそう説明する職員を前に、信じがたい思いを胸に抱えながら静かに見つめ返す。
 専門的な知識などないにしても、空気感染が原因で身体が変異するだなんて症状は聞いたことがない。それとも、私の知識では及ばない“何か新種”のものなのだろうか?

「……っ……」

 いずれにせよ、私の右手があのバケモノのように変異してしまった事実は変わらない。
 その受け入れ難い現実にショックを受けると、私はカタカタと震える右手をそっと胸に抱きしめた。

【大切なもの(五日目)】

「……っ」

 鏡越しに見る変異した自分の姿を前に、思わず言葉を詰まらせた私はそっと優しく右手を撫でた。
 青白く不気味な鱗で覆われた皮膚は鋼のような固さで、以前までの自分の右手とは明らかに違う。父譲りだった温かみのある茶色い瞳も、今では見る影もなく赤く変色してしまっている。鏡越しに映った自分の瞳をそっと撫でると、あまりの悲しさから顔を歪める。
 

(これじゃまるで、悪魔かヴァンパイヤみたい……)

 変わり果てた自分の姿にショックを受けながらも、先程職員が持ってきた遮光ゴーグルを頭から装着する。途端に先程まで感じていた眼孔の眩しさが消え、ズキズキと痛んでいた感覚も薄れてゆく。
 

「…………」

 私が意識を失ってから約一日。薬をもらってくると言って出て行ったきり、キンカとは顔を合わせていない。
 きっと、今頃一人で不安な思いを抱えているはずだ。

「キンカ……」

 変わり果ててしまった今の私を見て、キンカは一体どんな反応を見せるだろうか……? そんなことを考えて一瞬眉間に皺を寄せるも、今考えるべきことはそんなことじゃない。
 私は捲られていた袖を下ろして腕を覆うと、手袋を装着して後ろを振り返った。その先に見えたガラス越しの職員達は、そんな私を観察するかのような視線を向けてくる。
 治療を目的として隔離されているこの部屋は、一面がガラス張りになっていてなんだか落ち着かない。まるで実験動物にでもなったかのような気分だ。とはいえ、空気感染すると言われたら隔離措置も黙って従うしかない。
 ゆっくりとガラス扉へと近付くと、壁に取り付けられたマイクに向かって口を開く。

「あの……キンカは今、どうしてますか?」

 そんな私の声に反応した二十代らしき女性職員は、テーブルに置かれたマイクのスイッチを入れると口を開いた。

《……あなたのお姉さんですか?》

「はい、双子の姉です。今どうしてるか知りませんか?」

 隣にいる職員から何やら資料らしきものを受け取ったその人は、その紙に目を通すと再びマイクのスイッチを入れる。

《あなたが目覚める数時間前に意識を失ったようで、現在別室で治療中です》

「──! 意識を失ったってどういうことですか!?」

《あなたと同じく、お姉さんも空気感染したようです》

「……っ、そんな! キンカは……、キンカは大丈夫なんですか……!?」

《全力を尽くしてますので》

「会わせてください! ……っ、今すぐキンカに会わせて!」

 淡々と告げられる事実に動揺を隠せなかった私は、分厚いガラス扉を叩きながら懇願する。だけど、そんな私に返ってきたのはあまりに無情な言葉だった。

《──それはできません》

「どうして……っ!」

《空気感染するからです。他の人に被害が及ぶ可能性があります。あなたはその責任が取れますか?》

「っ、……」

 もっともらしい正論を述べられるも、それで納得できるわけもなく、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべながらその場で項垂れる。

《今はご自身のことだけを考えて、治療に専念してください》

 抑揚のない淡々とした職員の言葉は、そんな私の頭上からやけに冷たく降り注ぐ。そう宣言されてしまった以上、ここから出るのは不可能だろう。だとしたら、今は治療に専念すべきなのかもしれない。
 キンカのことは心配だけど、私の治療が無事に終わればキンカとも再会できるはずだ。そう思った私は、顔を上げるとマイクのスイッチを押した。

「……治療が終わればキンカと会えますか?」

《──はい。治療が終われば問題ありません》

 とはいえ、何をもって治療の終了と言えるのだろうか……? そんなことを考えながら、自分の右手にそっと左手を添える。

「治療って、何ですか? この右手と目は……治るんですか?」

《その腕と目は副作用なので治りません》

「っ……。じゃあ、今やってる治療はなんなんですか?」

《空気感染の媒体となっているウイルスの除去です》

「じゃあ、そのウイルスがなくなれば治療は終わりですか? キンカにも会いに行けますか?」

《──はい》

「……分かりました」
 

 そう納得せざるを得なかった私は、マイクのスイッチから手を離すとトボトボと歩き始める。大して広くもない室内に置かれたベッドまでやって来ると、そのまま毛布を頭から被って横になる。

(泣き顔なんて絶対に見せない……っ)

 自分の置かれた状況を考えると、どうにもモルモットになった気分が拭えない。そんなことを思いながら、毛布に包まった私は小さく啜り泣いた。
 

◇

「──診察の時間です」

 そう告げながら二人の職員を伴って入室してきた四十代らしき男性職員は、手慣れた様子でモニターや点滴などといった医療機器の指示を出す。そんな様子を眺めながらベッドから立ち上がった私は、おとなしく診察台へと移動する。

「発熱や不調など、何か体調変化はありますか?」

「……特にありません」

 軽い問診を受けながらも、次々と身体に取り付けられてゆく脳波計や医療機器。

「夕食を半分以上も残したそうですね。午後にも言いましたが、体力を維持するためにも残さず食べてください」

「はい……、すいません」

 そんな事務的な注意をされたって、食欲が湧かないんだからどうしようもない。
 第一、目覚めてからまだ一日も経っていないというのに、この状況や身体の変化についていけるわけがない。そんな私の心情さえ、この人達は汲み取ってくれる気はないようだ。

「…………」

 黙々と治療が続く中、頭に浮かぶのはキンカのことばかり。
 容態はどれほど悪いのだろうか? キンカも私と同じような状況なんだろうか? そんな不安が次々と脳内を駆け巡る。

「あの……キンカはまだ目覚めてないんですか?」

 四十代らしき男性職員にチラリと視線を向けると、私の左腕に点滴の針を刺しながら口を開いた男性。

「まだ昏睡状態ですが、容態は安定しています」

「そうですか……」

 無機質な返答ながらも、安定していると聞けてホッと胸を撫で下ろす。

「…………。あの、もしかして……キンカにも何か副作用が……?」

 その言葉に一瞬チラリとこちらに視線を向けた職員は、すぐにその視線を戻すと淡々と作業を続ける。

「──はい。副作用の兆候が見られます」

「っ、……それって、私の右腕みたいな……?」

「まだなんとも言えませんが、おそらくは同じ種類のものです」

「そんな……っ」

 副作用の症状があると聞いて、途端にキンカに会いたい気持ちが増してゆく。
 

「ほんの一瞬でもいいので、キンカに会えませんか?」

「それはできないと言ったはずです」

「でも……っ!」

「空気感染を広めるつもりですか?」

「…………」

 よくよく考えてみれば、この人達の言っていることは矛盾している。

「じゃあ、なんであなた達はマスクしかしてないんですか?」

 そんなもので空気感染が防げるとは到底思えない。

「…………。私達には免疫があります」

「…………」

 数日前に空気汚染が蔓延したばかりなのに、そんなに早く免疫がつくものなんだろうか?

「だったら、私がキンカに会いに行っても問題ないですよね?」

「この施設には他にも保護されている人達がいます。その人達は感染しても構わないということですか?」

「そんなつもりじゃ……」

 だけど、この施設に保護されてからの五日間、私は一度も他の民間人の姿を見ていない。それも当然だ。緊急時以外、与えられた部屋からは出ないようにと言われていたから。
 当初は何の疑いもなく飲み込んでいたその言葉も、今考えてみたらおかしな話だ。保護してもらった手前、なんの不満も抱くことはなかったけど……。今思うと、私達は最初から軟禁状態だった。

「……そんな人、本当にいるんですか?」

「私達が嘘をついているとでも?」

 その言葉とともに向けられた視線がやけに冷たくて、思わず萎縮した私は声を震わせた。

「……っ、リンドウさんと話をさせてください」

「今は別の施設にいます。先程から何かお疑いのようですが、私達は善意で民間人を保護し、こうして治療までしているんです」

 取り付く島もなくそう宣言され、不信感ばかりが募ってゆく。

「……っ、……」

 どうしたものかと思案していると、ちょうどその時、慌てた様子で室内へと入ってきた若い男性職員。そのまま四十代らしき男性職員に近付くと、少し焦ったように口を開く。

「七番が意識を回復しそうです。おそらく不適合かと思われますが、確認をお願いします」

「分かった。……後は手順通りに」

 一瞬私に目を向けた四十代らしき男性職員は、手短かにそう指示を告げるとクルリと背を向ける。

(七番……?)

 まるで何かの暗号かのようなその数字。意識は朦朧もうろうとしていたけど、私が目覚めた時には確か八番と言っていた気がする。そんなおぼろげな記憶が蘇ってくる。
 だとしたら、連番の七番は──。

(もしかして……っ、キンカのこと……?)

 嫌な予感に一気に粟立あわだつ身体。
 先程入室してきた若い男性を伴って、扉に向かって歩き始める四十代らしき男性職員。その背中を見つめながらドクドクと早鐘を打ち始める心音。扉が開いた──次の瞬間。診察台から勢いよく飛び降りた私は、その扉に向けて一目散に走り出す。そのまま目の前にいる職員を突き飛ばして部屋から脱出すると、ガラスを隔てた外側にいた職員達の合間をぬって走り抜ける。

「っ……、八番を捕まえろ!」

 そんな怒号が響く中、女性職員の胸元から認識カードを剥ぎ取った私は、そのカードを使って入り口の扉を開く。そのまま勢いよく廊下に飛び出ると、ただ真っ白い廊下をひたすらに走って行く。

(キンカ……っ、キンカ……!)

 先程、職員は逃げ出した私のことを八番と言っていた。その事実に、嫌な予感が確信へと変わってゆく。
 この施設は、私のことを保護すべき対象として扱っていない。いくらこんな見た目になってしまったからといって、そんなのあんまりだ。おそらく、昏睡中のキンカも同じ目に遭っているはず。

(こんなとこ、今すぐ出て行かなきゃ……っ)
 

 そんな思いを胸にひた走り続けながら、追手から逃れるために右へ左へと曲がって行く。だけど、どこへ行っても同じような白い廊下があるだけで、一体どこへ向かえばいいのかも分からない。
 職員達の焦ったような声が響く中、適当な部屋の扉を開いて中に入った私は、ざっと室内を見渡すと物陰に身を隠す。どうやらゴミ捨て場らしきこの部屋は、衣類が詰まった袋や細々とした廃品などで溢れている。

『どっちへ行った!?』

『……あっちじゃないか!?』

 そんな声とともに走り去ってゆく足音を聞きながら、息を潜めていた私は安堵の息を漏らす。とはいえ、ここからどう行動すべきだろうか? キンカが隔離されている場所さえ見当がつかない。
 そんなことを考えていた──その時。ガチャリと開かれた扉にビクリと身体を硬直させると、ドクドクと高鳴る胸元を押さえて冷や汗を垂らす。

(どうしよう……っ、どうしよう……!)

 思わず後ずさった先で手に触れた“何か”に目を向けると、使い古されたサバイバルナイフが転がっている。咄嗟にそれを手に取った私は、カタカタと小さく震えながら身構える。
 ──と、その時。再びガチャリと開かれた扉。

「お疲れ様」

「ああ、お疲れ。……それは五番のか?」

「ああ。また不適合だったよ」

 そう告げながら衣類の詰まった袋を床に置く男性職員。

「……らしいな。今のところ適合したのは八番だけだな」

「七番は?」

「“アレ”もダメだろうな。もうすぐ目覚めそうなんだが、きっと処分だ」

「そうか……双子でも結果は違うもんなんだな。残念だったな」

「まあ、仕方ないさ。そうそう上手くいく実験じゃないからな」

 そんな職員達のやり取りが続く中、私の心拍数はどんどん跳ね上がってゆく。

(……っ、実験……? 処分……?)

 初日に打たれた注射の記憶が蘇ってくる。

(あれは……、予防接種じゃなかったの……?)

「そういえば、八番が逃げ出したらしいぞ」

「だからこんなに騒がしいのか……」

「お前はこんなとこで何してるんだ? もうすぐ七番が目覚めるんだろ?」

「これを捨てに来ただけだ。すぐに戻るよ」

 そう言って小さな紙袋をゴミ箱に投げ捨てた職員は、後からやって来た職員とともにこの部屋を出て行こうとする。

「じゃ、またな」

「ああ、また後で」

 そんな言葉を残してパタリと閉じられた扉。その一部始終を静かに見送った私は、ふらりと立ち上がるとサバイバルナイフ片手に歩き出す。
 無理矢理引きちぎった点滴のせいで左腕からは少量の血が流れ出ているものの、そんなこと気にせずに両腕の袖を下ろすと、ポケットから取り出した手袋とゴーグルを装着する。

「キンカ……っ」

 裏切られた悲しみと憎悪の感情を抱きながら、目の前の扉を開くと左右を確認する。

「…………」

 先程話していた職員の後ろ姿を見つけると、気付かれないように注意しながら後を追う。この職員は確かに七番の元へ戻ると言っていた。つまり、この先には必ずキンカがいるはずだ。
 どこも似たような廊下を右へ左へと数百メートル進むと、ある一室の扉の前で足を止めた男性職員。胸元の認識カードをかざして扉を開いた──その時。男性職員を押し退けるようにして室内へと入った私は、その先に見えたガラス張りの室内へと目を向けた。

「──!」

 診察台に拘束されるようにして横たわっているのは、全身が青白い鱗で覆われたキンカらしき人。一目見ただけでは誰だか判別ができないほどに変わり果ててしまったその姿は、今やその体型と髪型くらいしか面影がない。

「っ……キン……、カ……?」

 私にとって、魂の片割れ的存在の愛すべきキンカ。なんの同意もなく行われた実験で、こんな姿に変えられてしまった事実に涙する。

「キンカ……っ! キンカ!!」

 泣き叫ぶ私を取り押さえた職員達は、そのまま私を引きずるようにして部屋から退出させようとする。そんな職員達に必死に抵抗しながらも、分厚いガラスの先にいるキンカに向かって呼びかける。
 そんな私の声に反応するかのようにして、青白い鱗に覆われた瞼をゆっくりと開いてゆくキンカ。

「キンカ……っ!!」

 ガタガタと拘束具を揺らしながらもがき始めたキンカは、その口を大きく開きながら暴れ始める。分厚いガラスで隔たれているせいか、何を言っているのかまでは分からない。だけど、それが言葉ではないことだけは見て分かった。
 大きく避け広がった口元は、まるで地上で見たあのバケモノそのものだ。どうしてこんなことになってしまったのかと、深い悲しみが一気に押し寄せる。
 ただ泣き叫びながら職員達に抗い続ける私は、ガラスの先に見える変わり果てたキンカに向けて手を伸ばす。そんな私の存在などまるで意に介さないかのように、キンカにゆっくりと近付いてゆく男性職員。その手に持った銃のようなものをこめかみに当てると、途端にピクリとも動かなくなったキンカ。
 

「……っ、ぁ゛あ゛あ゛ああああーー!!!」

 自分の喉から出ているとは思えないほどの大絶叫を上げた私は、その場にいた職員達を投げ飛ばすとサバイバルナイフで切り刻んでゆく。

(どうして……っ、……どうして……!!)

 強い怒りと深い悲しみを胸に、自分でも何がなんだか分からない内に職員達を一掃してゆく。血飛沫とともにあっという間に血の海となった室内で、たった一人きりになった私はゆっくりと診察台へと近付いた。
 まるで眠っているかのように静かに横たわっているキンカ。そんなキンカの頬をそっと優しく撫でると、すっかりと変わり果ててしまった感触に涙する。

「キンカ……っ、ずっと一緒だって約束したじゃん……っ」

 血と涙に濡れた頬を拭いながら拘束具を外すと、自由になったキンカの亡骸を抱きしめる。この施設の無情な仕打ちを心底恨みながら、私は一人、誰もいなくなった室内で咽むせび泣いた。
 

── 第4章 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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