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PLANET LAND - 彗星から惑星へ -

305,817 字

青春群像劇、家族の物語、成長譚

"彗星のように駆け抜けた日々から、自らの重力で輝く惑星へ。これは、出会いと別れを繰り返し、居場所を見つける若者たちの物語。"

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第44話 ここに在り続けるために

 公演前日。
 休館となった大塚国際美術館は、日頃の賑わいとは違う熱気に包まれていた。
 巨大な空間の中央に、次々と資材が運び込まれ、バルコニー下のパーテーションや、花道が伸び、センターステージへとつながってゆく。
 電動ドライバーの乾いた音が、天井画の下に反響し、指示の声が飛び交う。

「お父さん、忙しいのにごめんな」

 工具を手にしたまま、ユズが少しだけ申し訳なさそうに笑う。

「なあに、娘の晴れ舞台や」
「こんなん、お安いご用やで」

 ユズの父が、差し金を墨糸にあてがい、花道の角度と寸法を確認していた。
 その横で、秀然と健作も黙々と手を動かしている。

「ユズさんのおうちは、大工さんじゃったんか」

 健作が、床に広げた部材を押さえながら声をかけると、胸を張ったユズが答えた。

「ただの大工ちがいますよ」
「うちのお父さんは、天王寺の宮大工です」

 思わず手を止める秀然。

「なんと……あの有名な、日本最古の会社の!?」
 
 すると、ユズの父は、手元の作業を崩さないまま、淡々と答える。

「あそこの、お抱えの組のひとつです」

「それはすごい……」
「うちもそろそろ考えてましたよ」

「それはぜひ、お世話になりたいでんな」

 そのやり取りを見ながら、ユズが少しだけ声のトーンを落とした。

「あ! そんでな、お父さん」
「その……あとで会うて欲しい人がな、おんねんけど」

 それを聞いた健作と秀然が、同時に顔を見合わせる。

「ユズさん、今日はやめた方がええわ」

「ええ、いまのあの人は……完全に別人です」
「役の――ドクトル・ユーゴになりきってしまってますからね」

 バルコニー下のパーテーションの内側で、ミナと春川を中心にした衣装班、佐々木の小道具班が慌ただしく動いている。
 衣装を提供した久島も、そこにいた。
 ハンガーに掛けられた衣装が整然と並び、その足元には装飾具や小道具が丁寧に配置される。

「なんてこった……全部、すっかり別物になっちゃって」

 並べられた衣装を見渡しながら、久島が苦笑混じりに呟くと、春川が、軽く肩をすくめる。

「了さん、良いじゃないですか」
「この舞台で使った衣装の“オリジナル”ですよ」
 
 佐々木も楽しそうに言葉を重ねる。

「そうですよ」
「もしかしたらイベントで、他の人たちが作って着始めるかもしれませんよ」

 久島は、もう一度衣装を見渡した。

「そういう考え方もあるか……」

 その少し離れた場所で、ミナが立ち止まる。
 視線の先にあるのは――
 システム・ミケランジェロの、パッチワークのローブ。
 ミナは、ゆっくりと見上げて、目を細めた。

「ここから始まったのよね……うちら」

 メインステージでは、演劇部が持ち込んだ回転舞台の設営が進んでいる。
 組み上がった円盤の周囲で、数人が屈み込み、固定具の締まりや軋みの有無を一つずつ確認していく。
 実際に手で押し、止め、また動かす。
 そのたびに、床板の擦れる低い音がホールの奥へ流れていった。

「はい、そう」
「その動きに合わせて回して」
「うん、上出来」

 瀬良が少し身を乗り出しながら、動作を見守る。

「先輩方も、すごいもん残しましたね」

 田﨑が、ゆっくりと回る舞台を見つめたまま言うと、瀬良も弾んだ声で返した。

「そうだね」
「私らもそろそろ、ミュージカルや史劇ばっかじゃなくてさ」
「新しいもの、はじめよっか」

 瀬良の軽い言葉に、田﨑が笑って顔を向けた。
 
「そうですね、今回の仕掛け、彼女の作家デビューでもあるし、これからは我々も面白くなりそうです」

 二人が振り返ると、壁際で母親に手を握られながら作業を見上げる歩美の姿があった。
 
「……強い子だよ」
 
 田﨑は、視線を落として頭を掻いた。
 
「……でも、あれ、本当にやるんですか?」
「久しぶりに、高校の時の制服を引っ張り出してきたけど」
「無性に恥ずかしいです」
 
 瀬良がにやりと白い歯を見せた。
 
「マサネ〜観念しな」
「アタイだって、恥ずかしいよ」
「もう映像も撮ったんだし」
 
 歩美が小脇に挟んだクリアファイルの中の、DVDが照明に反射した。
 
「それまでは、例のキャラでね」
「来年の六友祭の予行演習ってことでさ」
 
「六友祭のですか?」
「どんな話の?」

「あんたの暴走族の話」
 
「……黒歴史です」

 間髪入れずに返されて、瀬良が吹き出す。
 
「それか、学園ラブコメ?」
 
「……」
 
 田﨑はまんざらでもない顔をして、ため息をこぼした。
 そんな二人を、歩美は微笑みながら見ている。
 その時。
 ホール舞台中枢の宮坂が、ゆっくりと視線を上げる。

「よし、演者のみんな」
「照明合わせるから、立ってください」

 花道の奥に、杏奈の姿が現れる。
 正面舞台には、聡志。
 センターステージの縁に、峯岸が立ち、
 少し遅れて、雄吾が歩み出る。

 次の瞬間、光が動いた。
 ひとつ、またひとつと、照明が切り替わり、杏奈を捉える。
 そのまま滑るように花道をなぞり、正面の聡志へ。
 さらに角度を変え、峯岸を浮かび上がらせて最後に、雄吾へと繋がる。
 宮坂が顔を見上げて短い口笛を吹くと、手を叩いて笑った。
 
「うまいじゃない、河瀬くん」
「飲み込みも早いし」
 
 2階のホール入り口の真上のバルコニーでは、メインの照明を河瀬が操作していた。
 下から声をかけた宮坂に、河瀬が頭をかきながら笑う。

「初めてなんじゃけど、遠くのものを狙うんは得意なんかな?」

 その答えに、宮坂も思わず口元を緩めた。

「人手が欲しかったから、助かるよ」
「本番では演者の動きに合わせて頼むね」

「はい、お役に立てるなら嬉しいです」
 
 杏奈は微笑み、聡志が親指を突き立てると、河瀬も同じように返した。

 舞台の設営は着実に進んでゆく。
 やがて、作業を終えた面々は、疲れた様子を見せることもなく、宿舎のホールに集まっていた。
 それぞれが台本を手に取り、セリフをなぞりながら、小さく声を出して確認している。

 その中で、田﨑が、ゆっくりと周囲を見渡すと、次の瞬間、眼光が鋭くなった。

「おどれら、懲りもせんと、きったない雁首揃えよって」
「ガタガタにしたる! 覚悟はええか」

 すると、瀬良が腕組みをしながら一歩前に出る。
 
「マサネ、待ちな」
「まだ騒ぎを起こすのは早いよ」

「けど、お頭(かしら)」

「アタイの言うこと、聞けないのかい?」

「す、すんません」

 田﨑が、わずかに肩を落とした。
 その様子を、少し離れた場所から見ていた聡志が、小さく息を吐く。

「結局、山賊じゃん」

 くすっと吹き出す杏奈。

「田﨑さん、あのキャラやると、どうしても素になってしまうみたいで」
 
 笑顔で顔を見合わせた二人だったが、すっと真顔に戻り、言葉を交わす。

「いよいよ明日か」
「なんだか、ここまで来ると、もう奇跡だな」

「本当に……サークルに誘ってもらったおかげです」

「何言ってんだよ」
「杏奈が来てくれたおかげだよ」

「聡志くん……?」

「お前が、みんなを連れてきたんだよ」

 その言葉が落ちた瞬間、大部屋の隅で、幸弘がぱん、と手を叩いた。

「はい、注目!」

 その隣に座っていた久保崎が、ゆっくり口を開く。

「じゃあ、集まって」
「そろそろリハーサルを始めよう」
「準備はいいかな?」

 一同の返事が重なり、それぞれが持ち場へ散っていく。
 久保崎の表情が、さっきまで浮かべていた穏やかな笑みが消え、真剣な眼差しになる。
 幸弘の合図で、リハーサルが始まり、稽古場となったホールが、熱を帯びていった。
 演者たちのセリフが重なり、表情が引き締まってゆく。
 久保崎の目は険しいまま、役を演じる彼らから離れないまま、その夜は更けていった。

 そして、いよいよ当日の早朝。
 ホール外の仕切られたスペースでは、出演者たちが衣装合わせやメイクに追われていた。
 鏡と照明が並び、安積が秀然の前に立っている。

「これは良い、これは凄いですよ、安積さん」

 大袈裟なローブを身にまとい、顔には歌舞伎のようなくまどりが施された秀然が、鏡の前ではしゃいだ声を上げる。
 そのそばには安積の姿。
 弓道着の凜とした佇まいは影を潜め、束ねられていた黒髪は、栗色で毛先がふわりと巻かれたロングヘアに変わっている。
 鏡越しに秀然を見ながら、顔をほころばせて腕を組んでいた。

「秀然さん、お顔が平坦でつるってしてるから、これくらいしなきゃって♪」
「まじ、めっちゃキレキレですよ♪」

「つるっとしてるのは、頭だけで良いんですがね」

 秀然はそう返しながら、もう一度自分の顔を鏡で確かめる。

「しかし、なんという胡散臭さなんでしょう」
「こんな教祖の言うこと、誰が聞くんでしょうね」

 安積が声を上げて笑った。

「やっだー、メチャうけるんですけどw」

 ユズが、不思議そうに鏡台の向こうを覗き込むと、ミナが衣装を広げて机に並べながら答える。

「今日のメイクの皆さん、どちらさん?」

「安積さん、弓道部引退してすぐ、コスメサークルに入ったんだって」

「もう卒業やないの?」

「前から出入りしてたみたいよ」

「どっちがメインかわからんなるな」

 ユズが呆れ半分に言うと、ミナも小さく吹き出した。

 衣装スペースでは、女性陣を春川が、男性陣を久島が手際よく捌いていた。
 田﨑が、衣装の一部を手に取りながら振り返ると、久島は、次の衣装に手を伸ばしながら、苦い顔になる。

「これ、久島さんが作ったんですか?」

「ほとんど原型とどめてないけどな」

「これはそのままですよね」

 田﨑が取り上げたのは、片目だけを覆うゴーグルだった。

「まあな」

「付けてみたかったんですよ、これ」

 そう言って田﨑は、片目だけのゴーグルを装着する。

 鏡に映った自分の顔を見て、口元がわずかに上がった。

「戦闘力、三万」

 そんな時、ミナのスマホに一斉にメッセージが届く。

 フタバ
【おはよう、見てちや】
【凄い上手な看護師さんにやってもろうたで】
【凄いやろ?】

 続いて送られてきたのは、衣装をまとい、メイクを施したフタバの自撮り写真。

 ミナ
【なかなか綺麗じゃん。もうちょっとしたら、ゆうまが映像繋ぐから待機ね】

 フタバ
【海斗はどう?】

 ミナ
【今日はいつものアタフタはないかな?】
【むしろ、もう入ってるわ】

 フタバ
【どんな顔するろうね、楽しみや】

 ミナ
【今、悪い顔してんだろうね、あんた】

 その少し離れた場所では、ローブをまとった峯岸が、長椅子に腰掛け、仮面を見つめていた。
 目に仕込まれたLED照明のスイッチを、押したり、消したりする。
 その隣に、白衣姿の雄吾が腰を下ろした。

「いよいよだね」

「そうですね」

 短いやり取りのあと、雄吾がふっと笑う。

「落ち着いてるようだね」
「俺は人類に絶望したマッドサイエンティスト」
「悲嘆にくれ、絶望し、君を開発するんだ」

 峯岸は、仮面から目を離さないまま口を開いた。

「この世界に、ホンマに相性を測って、適正な組み合わせだけで決めれたら」
「どんな世界なんかな?」

「平和で、幸福に包まれた世の中に決まっている」

 雄吾の声には、一切の迷いがなかった。

「そのために、君は開発されるんだよ」

 峯岸が、はっとしたように顔を上げる。

「言っただろ?」
「俺は完全に別人にならなきゃ、役になれないって」

「高梨さん、どれが本当の、あなたなんですか?」

 雄吾は一度だけ目を伏せ、それから小さく笑った。

「さあ? もう自分でも、よくわからないよ」

 日が高くなり始めた頃、美術館には一般客が訪れ始めていた。
 長いエスカレーターには、すでに人の列ができている。
 その中に、由美加と梨夏の姿もあった。
 ホールの入口前には、出演者一人ひとりのタペストリーが並んでいる。
 そこへ、志織が声をかけた。

「梨夏ちゃん、ゆみかん」

「志織さん、早かったんじゃね」

「こんにちは、志織ママ」

「このタペストリー並べるの、うちの会社の仕事だったから」
「じゃあ、中に入ろうか」

 梨夏が目を輝かせて、姉のタペストリーを眺めて口を開いた。

「なんか、うちが作った画像が、こんなに立派になるなんて......」

 三人がホールへ足を踏み入れた瞬間、その場の空気に思わず息を呑んだ。

「すごい……」

「紅白で見たけど、実物は圧倒されるねえ」

「ここで、あの子たちが、どんなお芝居見せてくれるんだろうね」

 開演時間が近づいていく。
 控えスペースには、出演者もスタッフも、総出で集まっていた。
 自然と輪ができ、その中心で、聡志が皆を見渡す。

「いよいよだな。みんなしっかりやろうな」

 そこへ、久保崎が穏やかに口を挟んだ。

「昨日のリハも素晴らしかったよ」
「あれを出せば大丈夫だよ」
「それじゃあ、座長」
「田澤杏奈君、ひとことどうぞ」

「え? 座長って、聡志くんじゃ……」

「何言ってんだよ」
「語りとトリ、杏奈がいないと成立しねえよ」
 
 峯岸も言葉を繋げる。

「せやで、何遍も言うけど、俺らをここまで連れてきてくれたんは、君や」

 杏奈は思わず幸弘を見ると、父はただ笑って頷いた。

「えっと、じゃ、じゃあ……今日は皆さん、頑張りましょう」

 言いかけて、杏奈は少しだけ息を詰まらせた。

「あと、それから……それから……」
「私は、皆さんに出会うまで、ただその場を駆け足で通り過ぎる、彗星みたいに生きてきました」
「学校も、家庭でも」
「でもこの大学に入って、プラネットランドに入れてもらって……峯岸さん、宮坂さん、ユズさん、ミナさん、フタバさん、それから……」

 病室では、映像を見つめていたフタバが、鼻をすすった。

「声をかけてくれた、聡志くん」
「皆さんという惑星の重力に引き寄せられて、私は……ここにいます」

 その言葉を受けて、ミナが小さく首を振る。

「それは違うよ」

「え?」

「引き寄せられたんは、うちらや」

 ユズがまっすぐに言い、宮坂も続けた。 

「そうだよ」
「君の重力が、僕らを引き寄せたんだ」

「そんな……」

 病室のフタバが、そっと目を閉じる。

「ほんまに、そうちや」

 画面越しに、その思いが重なっていた。
 瀬良と田﨑も、一歩前に出る。

「アタイらだってそうだよ」
「アンタのあの舞台を見なかったら、ここにはいなかったんだ」
 
「言ったろ、我々は君の台本のファンなんだよ」
 
 はっとして歩美を見ると、笑顔で手を振っていた。
 安積と久島が河瀬を小突く。
 
「アンタもなんか言いなよ♪」
 
「そうだぞ、忙しいのに伊勢まで呼んだり、世話をかけたんだから」
 
 二人を交互に見た河瀬が、押し出されるように、前に出た。
 杏奈の胸が高鳴る。
 
「あ……あの、俺は、ちゃんとしたことは言えんけど」
 
 あの日、二人でたこ焼きを食べた、夜の公園の景色が思い浮かんだ。
 
「自分の好きなことを、好きなだけやれれば、それでええと思う」
「田澤さんも、皆さんも」
 
 ユズとミナが、感心したように顔を見合わせ、雄吾は口元を緩ませて目を伏せた。
 
「好きなことを好きなだけ、彼の言う通りだね」
「君も、ここにいるみんなも、その為に集まったんだ」
 
 秀然と健作も、声を弾ませた。
 
「私は、好き放題やらせてもらいますね」
 
「わしも、楽しませてもらうけぇの」

 最後に聡志が、杏奈の両肩に手を置いて向き合った。

「俺らが、この舞台を最高のものにして、トリに廻してやるからな」
「がんばれよ」

「はい!」

 杏奈の返事が、その空間に響く。
 佐藤と日崎が拍手をすると、春川と佐々木、宮西が、森山が、そこにいる全員に広がっていった。
 最後に瀬良が口元を上げる。

「じゃあ、野郎ども」
「派手にやろうじゃないか!」

 次の瞬間、全員の声が重なった。
 全員が、それぞれの持ち場につく。
 ホールの照明が落とされた。

 峯岸は回転舞台の裏側に、左右の花道には、雄吾と秀然が待機している。

 スクリーンに、5の数字が現れた。

「フタバ、行ってくるわ」

 峯岸が仮面を装着し、顔を上げる。

「ヒトよ」
「脆弱な精神しか持たぬ、憐れで矮小な個体種よ」

 仮面の赤いLEDランプが灯ると、カウントダウンが終わり、開演のブザーが鳴り響いた。

「我の導きを、受けるがいい!」

 スクリーンに文字が浮かびあがった。

 四国国際芸術祭
 特別公演
 大塚国際美術館システィーナホール

 演目
 『PLANET LAND』

 開演。

── 第42章 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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