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PLANET LAND - 彗星から惑星へ -

305,817 字

青春群像劇、家族の物語、成長譚

"彗星のように駆け抜けた日々から、自らの重力で輝く惑星へ。これは、出会いと別れを繰り返し、居場所を見つける若者たちの物語。"

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第46話 適性相性

 暗転の間、回転舞台の裏側では、忙しない作業が始まっていた。

 丸い壁面には、夕刻のビル群を映した背景が手早く貼られていく。
 さらに、街路沿いを思わせる消火栓やゴミ箱が次々と運び込まれ、所定の位置に置かれていった。

 限られた転換時間の中、頼りになるのは投光器の灯だけだった。
 半円の壁面の向こうから漏れる光が、その輪郭を淡く縁取っている。

「なんか、日食みたい……」

 客席で、梨夏が小さく呟いた。

 その頃、控えでは秀然が鏡の前に座り、化粧直しを受けていた。
 安積が楽しそうにはしゃぐと、秀然が苦笑する。

「すごい良かったですよ♪」
「めちゃ胡散臭かったです♪」

「そうでしょう?」
「かなり意識しましたから」
「けど、汗を拭けないのは辛いですね」

「大丈夫、何回でも直しちゃいますから♪」

 舞台裏の準備が完了し、そこに聡志が上がり、森山の声が飛ぶ。

「聡志くん、スタンバイOK」
 
 宮坂が続ける。

「よし、舞台回転始めて」
「回転完了したら照明点灯」

 聡志はが深く息を吐いて顔を上げると、その先に、杏奈の姿がある。

「いい顔してんな」

「聡志くんも」

 その返しに、聡志の表情がふっと崩れた。

「行ってくる」
「見ててくれよ」

「頑張ってください!」

 舞台が音を立て、ゆっくりと回り始めた。
 回転が完了すると、壁画に照明の光が当たる。
 そして、スクリーンには宇宙に浮かぶ地球の映像が映し出され、杏奈の声が、静かに響いた。

「この世界は、完成されています」

 スクリーンの景色が、緑豊かな原野、澄み切った青空、整然と並ぶ街区へと、次々に切り替わる。
 
「空は澄み、街は清潔で、無駄がありません」
「しかし、人間たちは、常に計測されています」

 再びスクリーンが切り替わる。
 手首の端末では、心拍、体温、脳波、会話の抑揚までもが波形となり、数値へ変換されていく。

「感情は数値化されます」
「悲しみは、レベル3」
「喜びは、72%」
「共感性、41」
「対人適正、58」

 数字が、整然と並ぶ。

「恋や友情は、“適正相性”によって許可されます」

 映像の中で、人と人が、ぶつからない距離を保ってすれ違う。
 まるで、傷つかない関係を維持するかのような、誤差のない笑顔を繰り返していた。

「徹底的な計測により、基準値を超えた者だけが繋がれる一方で、その裏で排除される者がいる」
「管理によって支配される人生」
「それはもはや人間を、“ヒト”という単なる一つの『種』へと位置づけてしまいました」

 その声が落ちると、聡志がふらつくような足取りで、街並みの舞台を歩く。

「こんなはずは、ない」
「こんなはずじゃ、ないはずだ!」

 震える指で手首の端末を操作すると、次の瞬間、脈動のような低い音が響き、スクリーンに計測結果が表示された。

 悲しみ レベル5
 喜び 67%
 共感性 38
 対人適正 43

「何故だよ、なんでだよ」

 中央舞台にスポットが当たり、そこにミケランジェロの姿が浮かび上がった。
 スクリーンには、"ERROR”の文字が浮かび、ブザー音が鳴り響く。
 その音を合図に、淡々と冷酷に話すミケランジェロと、感情を表に出して捲し立てる聡志のやり取りが始まった。

「ヒトよ……基準値を満たさざる存在は、この世界には不要だ」
 
「ふざけるなよ! こんな数字で、何がわかるんだよ」

「ヒトは、幼少期、少年期を経て、成人という成熟期を迎える」
「世界を創っていくのは、成熟したヒトである」
「そのためには、より良い組み合わせによる繋がりが必要となる」
「それが、適正相性だ」
 
 ミケランジェロの仮面の赤い目が、光を放つ。

「より良い組み合わせにより生まれた者同士が、新たな関係を構築し、また新たな関係を生み出す」
「後悔も、苦悩も、絶望もない」
「あるのは、幸福だけだ」

「それではなぜ! その適正相性に従って生まれた俺が、基準値を下回るんだ」

「その計測器は、青年期を迎えたヒトに与えられる」
「持って生まれた性質だけではない」
「幼少期、少年期に培われる思考パターンや感情が、世界を創るうえで重要なものだからだ」
「そして、何事にも“誤差”は生じる」
「適正に管理していても、エラーは想定の範囲内だ」
「エラーは排除対象として処理される」

「処理……だと? 人間を何だと思っているんだ!」

「“ヒト”という、単なる固有種に過ぎない生命体だ」

 控えでは、モニター越しにミナとユズが舞台の様子を見つめていた。

「聡志、いつもと違うね」

「うん、なんや、作ってないな」
「自然でリアルや、芝居の感じがあらへん」

 ミナが、画面から目を離さずに言う。

「一周回って自然体の演技か」
「あいつも、レベルアップしてんだね」

 ユズがふっと鏡台に目を向ける。
 そこには、長い白髪のかつらと白髭を装着し、安積の手によって白眉に仕上げられている雄吾の姿があった。

「雄吾さん……」

 ユズは思わず声を漏らし、その隣で、ミナは舞台中枢の本部席に目をやる。
 そこでは宮坂がマイクを握ったまま、忙しなく指示を飛ばし続けていた。

「ゆうま、今日のあんたが一番カッコいいよ」

 舞台に戻ると、仮面の目の光が一段と輝きを増していた。

「誤差によるエラーがあるからこそ、心が荒み、争いを呼ぶ」
「ヒトの幸福を損なう不純物だ」

 聡志は、両膝をつき、力なく項垂れた。

「ふざけるな! シューゼン大司教も言っていたじゃないか」
「人類は、誰しもが幸福になるために生まれて来たと」
「幸福な人生が約束されていると」

 すると、伴奏とともにシューゼンが現れる。

「仰る通りです」
「ヒトは、生まれながらに幸福が約束されています」

「だったら何故!」

「基準以下の誤差を排除すればこそ、んふふふふ」

 客席で、由美加が口元をぎゅっと結ぶと、隣で志織が小さく吹き出した。

「方丈(ほうじょう)さん、なかなか腹が立ってくるねえ」

「それだけ、上手なんだよ」

 シューゼンが聡志に近づき、手首の端末を取り外す。

「誤差のあなたに、これはもう必要ないものです」
「それが、我らが神たるミケランジェロの御心なのですから」

 聡志は両手を床につき、拳を握りしめたまま肩を震わせる。

「御心……心、だと? システムにそんなもの、あるはずがない」

 シューゼンは、不敵な笑みを崩さない。

「ありますよ」
「ミケランジェロの中には、世界中すべてのヒトの感情が記録されています」
「みんな幸福になり、幸福にできる」
「しかし、エラーには、それは不可能だ」
 
 聡志の声が、かすれはじめた。

「そんなはずはない……そんなはずは……」

「これ以上は、時間の無駄ですね」

 シューゼンが、静かに言い切った、その時、病室ではフタバが医師と看護師に見守られながら、画面を食い入るように見つめていた。

「冷たい言葉やね……けんど、弾かれても、戻ろうとする者もおるがやきね」

 その視線は、舞台上のミケランジェロへ向けられ、マスクの赤く光る眼を、まっすぐに見据えていた。

(海斗……)

 再び舞台へ戻る。
 仮面の両眼の、赤い二つの斜めに伸びる光を揺らしながら、ゆっくりと歩み始めた。
 大きな靴音が、ホールに響き渡る。
 その緊張感に固唾を呑みながら、河瀬が思わずこぼした。

「これが、ほんまの舞台か……すごい緊張感じゃのう」
「聡志さんも、普段と同じで、普段と違う」
「よう目を離せん」

 客席では、由美加たちから少し離れた席に、高校生らしき一人の少年が座っていた。
 その目は鋭く、どこか怨嗟を含んだような眼差しで聡志を見つめていた。

「あいつが……多辺聡志」

 舞台上で、聡志がゆっくりと立ち上がり、ミケランジェロと正面から対峙した。
 その瞬間、少年がぎりっと歯を鳴らす。

「俺の……兄貴」

 一方控えスペースでは、ミリタリー衣装に身を包んだ演劇部の面々が整列していた。
 その前を、田﨑が忙しなく行き来している。
 目つきは、普段の穏やかなものではなく、大きく見開かれ、血走っていた。

「そろそろ出番や!」
「おどれら、わかっとるやろうな!」

 部員たちが、足並みを揃えて声を張る。

「イエッサー!」

「非公認の奴らに、いつまでもええ格好さしたらあかんぞ!」

「イエッサー!」

「ほな、お頭」
「締めを頼んます」

 田﨑が下がると、瀬良が一歩前に出て、まずミナとユズ、そして杏奈の方へ向き直り、軽く一礼した。

「この度は、このような濃密で荘厳な舞台にお声がけを頂き、ありがとうございます」

 三人は慌てて頭を下げ返す。
 しかし、顔を上げた次の瞬間、瀬良の口元がつり上がった。

「けどね、アタイらは伝統の六大演劇部!」
「出るからには、全部こっちの色に染めてやんよ!」

「イエッサー!」

「準備は良いか、野郎ども!」

「イエッサー!」

「非公認に負けんじゃねえぞ!」

「イエッサー!」

「アタイらが全部、食って、食って、喰らいまくるぞ!」

「イエッサーーー!!」

 その熱量に、杏奈は呆然と目を見張った。

「みなさん、文化部……ですよね?」
 
 ミナとユズが小さく呟く。

「……あれは、一種のマインドコントロールだよ」

「ああやって、強制的に役に入らせていくねん」

 そして舞台では、二幕の物語が佳境に入っている。
 両手両膝をついた聡志を、ミケランジェロが冷たく見下ろした。

「ヒトよ、いや、誤差よ」
「お前は、幸福にはなれない」
「誰も幸福にはできない」

「う、うぐ……うう」

「いつまでも、あなたに時間を割けません」
「ケンサック!!」

 シューゼンの声に応じて、ケンサックが現れると、そのまま聡志を押さえ込み、拘束する。

「あなたに、おまかせします」

 再び、控えスペース。
 瀬良と田﨑が並んで立ち、意識を集中させていた。

「マサネ、やっぱさ、来年の六友祭」
「あんたの暴走族、やろうよ」

「いや、俺は乙女なお頭に壁ドンして、キュンキュンしたいですわ」

 その横から、歩美が口を挟む。

「あの……それ、両方できません?」
「暴走族のメンバーがいる学園のラブコメ」

 別の部員も乗ってくる。

「それ、面白そう」

 瀬良と田﨑が顔を見合わせ、次の瞬間ふっと笑ってハイタッチする。
 歩美も頬を染めて笑顔を見せた。

「離せ、離せよ!」

 舞台上から、聡志の叫びが響く。
 ケンサックは何も言わず、さらに拘束に力を込めた。
 ミケランジェロが、拘束された聡志を見下ろす。

「ヒトよ、どんなに喚こうが、運命は変わらない」

「運命だと? 機械が使う言葉じゃないだろう」

「そうだ、我は機械」
「ヒトがヒトの永久の幸福のために生み出した方舟」
「ヒトを導く神」

「違う! お前は神なんかじゃない!」
「人間を、世界が機能するための部品としか見ていない、ただの機械だ!」

 ミケランジェロが、赤い両眼を揺らす。

「ヒトよ、我に抗うな」
「我の導きを、受けるがいい!」

 聡志が身をよじる。

「くそっ! 離せよー!」

 その叫びを切り裂くように、照明が落ち、暗転すると、静寂の中、杏奈の声が響く。

「相性により、管理される世界」
「しかしそれは、数字によって人間を選別する、恐ろしい世界だったのです」

 病室では、フタバが、台本に目を通していた。
 主治医が穏やかに言うと、看護師も微笑む。

「症状は落ち着いとるみたいやな」

「ええ、あんな生き生きとした山根さん、初めてです」
 
 フタバは二人に視線を移し、にこやかに頭を下げた。

「先生、村中さん」
「変なことに付き合わせて、ごめんなさい」

「ええねん、ええねん」
「おかげで面白い舞台を見れるさかい」 

「本当ですよ」
「山根さんの出番、ドキドキしてます」

「あ〜、はよう進まんかな?」
「ワクワクが止まらんちや」

 場面は、回転舞台の裏側へ。
 瀬良の頬には、交差するライフルに蛇が絡みついたタトゥーシール。
 目を閉じ、静かに呼吸を整えている。
 隣に立つ田﨑は、舞台の両端の部員達に声をかけた。

「ほな、お前らが右、お前らが左な」
「ミュージカル風のテンションで回してくれや」

「イエッサー!」

「お頭、いよいよでんな」

 瀬良は目を閉じたまま、内ポケットから真っ赤な口紅を取り出し、ゆっくりと引く。

「ああ、アタイら色に染めてやろうや」

「スタンバイOK!」

 宮西の声が飛ぶ。
 歩美は瀬良と田﨑を見つめて息を飲んだ。
 次の瞬間、宮坂が照明オンの合図を出すと、瀬良の目が、力強く見開かれた。

「さあ! フラッシュ団のお通りだ!」

 第二幕、了。

── 第44章 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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