第47話 フラッシュ団のお通りだ!
ホールでは、暗転が開ける。
薄暗い中、ぼんやりと景色が立ち上がると、宮坂の指示が飛んだ。
「よし、今だ!」
照明が一瞬で真紅に染まると、その瞬間……
ドンッ!!
爆発音と同時に、左右の花道から軍服姿の演劇部員が飛び出し、小躍りするような足取りで舞台へなだれ込む。
そこに、切り裂くような瀬良の声が響いた。
「さあ!やってやろうじゃないか! 野郎ども!」
「イエッサー!!」
部員たちはその勢いのまま、回転舞台の両端へ散開する。
六人が配置についた瞬間、舞台がゆっくりと回り始める。
すると回転する舞台中央に、瀬良扮するセラ・フラッシュと田﨑扮するマサネがゆっくりと現れた。
「……It’s show time.」
「YHAAAAAA!!」
歓声と共に回転が加速する。
その勢いに合わせて、マサネがそのまま舞台から飛び降りると、迷いなく歩を進める。
一直線に聡志を拘束するケンサックの元に向かい、胸のホルスターから銃を引き抜くと、そのままケンサックの後頭部へ突きつけた。
「その手……離さんかいや、あぁん!!」
銃口を押し当てられても、ケンサックは微動だにせず、聡志を拘束する腕に、ますます力がこもる。
「何をしているのです! 早くこちらへ来て、私を守りなさい!」
「仰せの、ままに」
舞台奥から張り詰めた声が飛ぶと、ケンサックはあっさりと聡志を解放し、迷わずシューゼンの元へ戻っていく。
その直後、左右の花道から、今度はガード側の澄水座の団員たちが行進するように現れ、花道いっぱいに整列すると、息を合わせて一斉に向き直る。
掲げられた無数のライフルの赤い照準点が、薄暗い空間を揺れながら泳ぎ、そのすべてが回転舞台のセラへと集中していた。
客席では、梨夏が息を呑んで舞台を見つめている。
「凄い、なんか、動きに無駄がないんやね」
隣で見守る由美加も、思わず感心したように目を細めた。
「皆さん、相当練習したんじゃね」
その頃、控えスペースでは、ユズとミナがモニター越しに舞台の進行を追っていた。
「大人数でもまったく無駄がないね」
感心したようにこぼす声に、ユズも小さく頷く。
「こう言うんは、さすがやな、思うわ」
その時だった。
控えスペースの端で、雄吾が静かに身を翻し、誰にも声をかけず、そのまま退室する。
ユズが顔を曇らせて、その背中を追うように声を漏らした。
「……雄吾さん」
杏奈は息を飲んで、演劇部の動きから目が離せない。
歩美は手の中のクリアファイルから、一枚のDVDケースを抜き取り、一瞬杏奈に視線を送り、舞台中枢へと歩を進めた。
センターステージでは、マサネが聡志の腕を取る。
「ほら、立てるか?」
「あんたたちは?」
「お兄さん、とってもいい質問だね」
問いを受け、セラが顎を上げてほくそ笑み、ばっと両手を広げ、天を仰ぐ。
「相性ひとつで弾かれて!」
「天涯孤独の星の群れ!」
「握るナイフに力を込めて……」
胸を張り、人差し指を高々と掲げて、顔を下ろして不敵な笑みで叫んだ。
「フラッシュ団の、お通りだ!」
「YHAAAAA!」
肩をすくめてほくそ笑むシューゼン。
「やれやれ、邪魔が入りましたね」
「しかし、飛んで火に入る夏の虫、あなたの運命もここまでです」
「誤差、セラ・フラッシュ」
そのまま片手をすっと上げると、ガード兵たちが一斉に引き金を引き、銃声が重なった。
だが、その時にはもう、セラの身体は舞台から飛び出していた。
舞台を横切るように走り抜けた部員が、背景の壁紙の一部を自然な動きで剥がすと、無数の銃痕が現れる。
セラは床を転がった勢いのまま、片膝をついて起き上がり、両手で拳銃を構えた。
「さあ! やっちまえ! 野郎ども!」
「イエッサー!」
次の瞬間、フラッシュ団とガードの戦闘が始まる。
響く銃声、格闘するものもいる。
舞台、花道上で回転したり、飛び跳ねたり、それぞれの場所で、一人として同じ動きではなかった。
その衝突にかぶさるように、ギターが唸りを上げ、荒々しいリフが空間を裂き、軽音サークルの演奏が一気に走り出すと、その音に合わせて、打撃が加速する。
シューゼンとケンサックが回転舞台に立ち、ミケランジェロは花道を歩んで、そのまま退場していった。
センターステージでは、マサネが聡志の肩を取り、そのまま正面ステージへ導く。
その間に、ガードたちは四方の花道から列を成して退場した。
控えスペースに戻った峯岸が大きく息を吐き、ミケランジェロの仮面を外してパイプ椅子に腰を下ろすと、ミナがペットボトルを差し出す。
「お疲れさん」
「出ずっぱりだったから、疲れたんじゃない?」
峯岸はそれを受け取り、軽く掲げてみせる。
「サンキュー」
「しかし、公認の人ら、やっぱり凄いな」
「ミュージカル慣れとるし」
「動きに華があるわ」
ミナもモニターの方へ目をやりながら、小さく頷いた。
「ほんと、ウチらじゃ絶対できないね」
キャップを緩めかけた峯岸が、ふと顔を上げる。
「ユズは?」
「雄吾さんとこだよ」
舞台は、先ほどまでの激しい攻防が嘘のように、静まり返っていた。
その静寂を、管楽器のゆったりとした調べが流れていく。
セラが聡志の様子をうかがうように、少しだけ身をかがめた。
「怪我はないかい?」
聡志はまだ状況をのみ込みきれないまま、二人を見る。
「あんた達は?」
「アタイらは“フラッシュ団”」
「今の体制に反抗する、レジスタンスってやつさ」
「アタイは一応、リーダーのセラ・フラッシュ」
その横で、マサネがぶっきらぼうに顎をしゃくる。
「参謀のマサネや」
聡志の視線が、二人のあいだを揺れる。
「どうして、俺を助けたんだ?」
セラの表情が、ほんの少しだけやわらいだ。
「アタイらも、あんたとおんなじだからさ」
「おんなじ?」
聡志が聞き返すと、今度はマサネが短く答えた。
「俺らも、基準値未満」
「あいつらの言う“誤差”っちゅうやつなんや」
雄吾は、控えからほど近い、聖マルタン聖堂を再現された部屋で、じっと壁画を見上げていた。
老人に扮して、フレスコ画の再現から目が離せない。
そこへ、ユズが静かに入ってくる。
「ここにおったんですか?」
呼びかけに、雄吾がゆっくり振り向く。
「ああ、ユズさんか」
「いや、綺麗なもんだな、と思って」
もう一度、壁画へ視線を戻す。
「十二世紀のフレスコ画」
「それが本物ではないんだもんね」
雄吾が壁画から目を外さないまま、言葉を継ぐと、ユズが一歩、距離を詰めた。
「海斗から聞きました」
「雄吾さん、本当の自分がわからなくなってるって」
雄吾は小さく息を吐き、視線を壁画に戻す。
「そんな大袈裟なことじゃないけど……銀河座の頃、いろんなシチュエーションのロールプレイングをしてきた」
壁画を見つめる雄吾の目が揺れ、その声は狭い部屋に反響した。
「雪山のガンマン、ハワイのサムライ、南極のロミオ」
「色々やっているうちに、本当の自分が、どこかに行ってしまった気になったんだ」
「協力隊として、久羽乃に降りたって……その時の自分がどんな姿でいたのか」
「畑に出ている時の自分も……全部が本当なのか、演じているだけなのか」
「分からなくなる時があるんだよ」
すると、ひとつ首を振ったユズが、まっすぐ雄吾を見た。
「うちは知ってますよ」
「本当の雄吾さん」
「ユズさん?」
雄吾が驚いた表情でユズを見ると、にこりと静かな笑顔が返された。
「うちと一緒におる時の雄吾さんが、本当の雄吾さんです」
「普段でも、お芝居でも」
雄吾は少し困ったように笑った。
「君も変わってるね」
「こんな十も上のおじさんの、どこがいいんだい?」
「決まっとるやないですか」
「あなたが、高梨雄吾さんやからですよ」
その言葉に、雄吾はふっと笑い、静かに顔を上げると、そこにある表情は老いたドクトルユーゴのものに変わっていた。
「ユズくん、そろそろ準備したまえ」
「彼らがこちらへ向かっている」
「承知いたしました」
「博士」
ふたたび舞台へ視線が戻る。
「基準値未満? だってあんたら――」
聡志が言いかけると、セラがすぐにその先を取った。
「群れてるって言いたいんだろ?」
「誰とも上手くやっていけないはずなのにって」
その横で、マサネが鼻で笑う。
「大体やな、人の心を、悲しみ、喜び、共感性、対人適正、そんだけで測れるかいな」
セラが肩をすくめる。
「ミケランジェロのシステムで測定される基準は、当初は無限に近い数があったのさ」
「それが、何十億もの人間の感情データを集めすぎて、上書きに上書きを重ねて、最後は安直で都合のええ答えに辿り着いた」
「それが今や」
「つまり、あれは暴走してんのさ」
「だけど、その方がますます都合が良くなった」
「都合が良い?」
聡志が眉をひそめると、セラの目が、まっすぐ聡志を射抜いた。
「ミケランジェロっていう神を使って、人間を“ヒト”っていう種に貶めて、意のままに操るために」
マサネが吐き捨てるように続けた。
「シューゼンにとってはな」
「最初にできたシステムには、無限の項目があんねんで」
「そんなもん、基準に達する奴なんぞ一人もおらんわ」
聡志の表情が変わる。
「なんでそんなこと、知ってるんだ?」
「聞いたんや、ミケランジェロの開発者に」
「開発者?」
聡志が聞き返すと、セラが静かに告げた。
「ああ、ドクトル・ユーゴ」
マサネが聡志を見る。
「お前さんを保護して、連れて来い言われてんねん」
「ちょっと待ってくれよ、どこに連れて行くんだ? 俺に何しろってんだよ」
「まあ、今は時間がないから手短に話すよ」
セラが聡志をまっすぐ見た。
「まず、向かう先は“削除予定領域”」
「今の世界に不要と判断されたデータを、消去しようとする場所さ」
マサネが続ける。
「今は俺らが制圧しとる」
「奪還される前に、そこにある古い時代のシステムを再起動したいんや」
「古い時代のシステムって?」
セラの声が少しだけ低くなる。
「人間を、管理ではなく観測していたシステム」
「ミケランジェロも、元々はそのシステムの感情を観測するための、一つのピースだったんだ」
「今、その解析をドクトル・ユーゴがやっとる」
「なぜ、俺なんだ?」
マサネが聡志を見る。
「あの端末の数値は、ドクトルも把握できるようになっとる」
「どうやらあんたが、そのシステム再起動の鍵になるらしいんや」
「鍵って言ったって、どうやって?」
「あんたの脳波の波長が、どうたら言うてたな」
マサネが曖昧に答えると、セラがその先を引き取った。
「そのシステムは、人間の生き方を、惑星の軌道になぞらえて観測する」
「名前を――ガリレオ」
本部席では、宮坂がヘッドホンを机に置き、宮西と森山に向き直る。
「出番だから、あとはお願いします」
「大丈夫、任せてくれ」
「しっかりな」
鏡台では、ミナが安積によるメイクを終え、衣装の乱れを整えていた。
その仕上がりに、春川と佐々木が思わず目を細める。
峯岸は立ち上がり、無言のまま仮面を装着する。
ユズは白衣を身にまとい、雄吾の後を追うように歩を進めていく。
病室のフタバは、台本からそっと視線を上げた。
杏奈のナレーションが、静かに重なる。
「"適正相性”という概念によって封じ込められた旧時代のシステム」
「それが何を意味し、何をもたらすものなのか」
「この時はまだ、誰も知りません」
やがて舞台が回転し、無機質な施設の扉が姿を現す。
「この中は一本道だ。真っ直ぐ行けば、そこにガリレオがある」
「あんたらは?」
「言うたやろ?」
「ここは一時的に制圧しただけや」
「必ず奪還に来る」
「心配しないでよ」
「何としても守るからさ」
その時、マサネの片目だけのゴーグルからアラーム音が鳴り響いた。
「来たぞ! 早よ行け!」
「わ、わかった!」
セラはすぐさま機関銃のマガジンを叩き込み、前を向く。
「派手にいくよ! 野郎ども!」
「イエッサー!」
舞台裏では、峯岸、ミナ、ユズ、宮坂が杏奈を囲んでいた。
「皆さん、頑張ってください」
そう言った杏奈に、峯岸が力強く頷く。
「ああ、ローストビーフから始まって、本当に杏奈ちゃんには感謝しとるわ」
続いて、宮坂が静かに言葉を重ねた。
「君の描く世界が、何者でもない、ただの大学生の僕たちを何者かにしてくれたよ」
ミナも、まっすぐ杏奈を見つめる。
「あの時も言ったけど、杏奈ちゃんの言葉は、ただの文字じゃない」
「絵の具で、フィルムだよ」
ユズが柔らかく笑った。
「うちらに、色んな景色を見せてきてくれた」
杏奈は小さく首を振る。
「形にしてくれたのは、皆さんです」
その言葉を受けて、峯岸が口元を上げた。
「公認に負けんぞ」
「俺らこそが、プラネットランドなんやからな」
少し離れたところで、その光景を幸弘と久保崎が笑顔で見つめていた。
病室のフタバは、静かに目を閉じてから、深く息を吸い込んだ。
「あーしも、今日から惑星やきね」
杏奈はそっとスクリーンを見上げる。
(今日が、本当のプラネットランドの始まりです)
(フタバさん)
不意に明かりが落ちると、暗転の中、峯岸はゆっくりと顔を伏せ、意識を一点へ絞っていく。
その隣では、ミナと宮坂がしっかりと手を握りあっていた。
「あのさ、ゆうま」
「なんだい?」
「たまには、あんたもよしよししてよ、私に」
宮坂がふっと笑う。
「お安いご用だよ」
ユズは、データファイルの入った石をじっと見つめていた。
その時、舞台裏に聡志が現れると、全員がはっとしたように顔を上げた。
そして、全員が手を重ね、聡志がみんなを見渡して告げると、その声に応えるように全員の声が重なった。
「行こう! 俺たちは、惑星の大地......」
「プラネットランド!」
まだコメントはありません。最初のひとことをどうぞ。