第二十五章
新歩始動
美怜・望・陽子篇一
昼休み、教室の隅で、美怜が望に声をかけた。
「望、ちょっといい?」
望は、身構えた。陽子も、隣で固まった。
「変なこと聞くけど」美怜は、少し声を落とした。「あの神社の木、喋ったりする?」
望と陽子は、顔を見合わせた。
「……知ってるの」
「昨日、桃って木に話しかけられた」美怜は言った。「最初、化け物かと思った」
望は、思わず笑ってしまった。
「何、笑ってんの」
「ううん」望は言った。「私も、最初はそう思った」
「陽子も?」
陽子も、頷いた。
美怜は、しばらく黙っていた。
「あの木、私のこと、律儀だねって」
「律儀?」
「毎年、祭りの後の小銭、拾って戻してるから」
望と陽子は、また顔を見合わせた。知らなかった。
「なんで、そんなことしてるの」美怜は、続けた。「私、望と陽子に、ひどいことしたのに。木は、私のこと、褒めるようなこと言うし」
「ふーん、でも何かどうでもよくなっちゃった。」
望が聞く。
「何で」
「わかんないけど、もういいかな」
少し変わった。
「もういいか」
教室のざわめきが、少し遠くなった。
「美怜」望は言った。「望んでやってたわけじゃないでしょ、小銭拾いも」
「それは、そう」
「じゃあ、それでいいんじゃない」望は言った。「木も、多分、それだけ見てる」
美怜は、何も言わなかった。
「今度、一緒に行く?」陽子が、ふいに言った。
美怜は、驚いた顔をした。
「いいけど」陽子は続けた。「一つ、注意しないといけないことがある」
「何?」
「木のこと、他の人に話したら、ご利益がなくなるの」
美怜の顔が、少し曇った。
「ご利益って」
「知らないの? あの神社、そういう決まりがあるんだよ」陽子は、真顔で続けた。「もし話しちゃったら、取り消す方法が一つだけある」
「なに」
「朝四時に、境内の掃除。十日、連続で」
「十日?」
「連続で。一日でも休んだら、最初からやり直し」
美怜は、絶句した。
「あと、誰かに見られたら、それもやり直し」
「誰も見てないの、朝四時なんて」
「だから、誰にも見られないように、頑張って」
美怜は、しばらく陽子を見つめていた。
「望」美怜は、助けを求めるように言った。「これ、本当?」
望は、笑いをこらえていた。
「陽子は、物知りだね」
「ふふふ」陽子は、少し笑った。「ちょっとしたリベンジ」
美怜は、しばらく呆然としていたが、やがて、自分も笑い出した。
「もう、なんなの二人とも」
教室に、三人の笑い声が、少しだけ響いた。
妹の誕生日会は、美怜の家のリビングで開かれた。望と陽子も呼ばれていた。
「ほんとに来てくれるとは思わなかった」美怜は、少し照れていた。
「陽子が行こうって言うから」望は言った。
「私は誘われたから来ただけ」陽子は言った。
ケーキが出てきて、妹はすっかり機嫌が良かった。プレゼントを開けて、はしゃいでいた。
しばらくして、美怜がキッチンからテーブルに戻ると、置いてあったはずのタブレット菓子の箱が、空になっていた。
「あれ、これ全部?」
妹は、目を逸らした。
「食べてない」
「箱、空っぽだよ」
「食べてない」
望と陽子は、顔を見合わせた。
美怜は、しばらく妹を見ていたが、急に声のトーンを落とした。
「これ……実は、薬だったの」
妹の顔が、強張った。
「お姉ちゃんが毎日、これ飲まないといけないの。全部なくなっちゃったから」
美怜は、そこで急に胸を押さえた。
「あ……なんか、苦しい……」
「え!?」妹の声が裏返った。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
美怜は、苦しそうに椅子にもたれかかった。演技だとは、望も陽子も分かっていたが、なかなかの迫真だった。
「わ、私、食べた! ごめんなさい! 全部食べた!」
妹は、泣きながら白状した。
美怜は、ゆっくり身体を起こした。
「……なんてね」
「え?」
「嘘だよ、薬じゃない。ただのお菓子」
妹は、しばらくぽかんとしていた。それから、大声で泣き出した。
「お姉ちゃんのバカーー!」
望と陽子は、こらえきれずに笑い出した。
「ごめんごめん、嘘ついたのは、悪いことだよって、教えたかっただけ」
妹は、まだ泣きながら、美怜にしがみついていた。
望が、小さく言った。
「美怜も、大概、噓つきじゃん」
「うるさい」
陽子が、笑いながら言った。
「これぞ、身をもって教える、ってやつだね」
妹は泣きながら、美怜の服で鼻を拭いた。
「ちょ、やめて!」
望と陽子は、また笑った
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