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PLANET LAND - 彗星から惑星へ -

305,817 字

青春群像劇、家族の物語、成長譚

"彗星のように駆け抜けた日々から、自らの重力で輝く惑星へ。これは、出会いと別れを繰り返し、居場所を見つける若者たちの物語。"

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第49話 プログラムミロク

(……フタバ、なんや、元気そうやないか)
(俺だけ知らんままで、サプライズか?)
(素になるところやったやんけ)
 
 峯岸は仮面の下の表情を変えないまま、画面の中のミロクに胸を弾ませた。
 
(海斗……あーし、ちゃんとあんたに向き合う覚悟、できたきね)

 画面越しのフタバも、込み上げる感情を抑え込み、表情を崩さぬまま、じっとミケランジェロを見据えた。
 杏奈や瀬良、秀然ら舞台裏の面々も、舞台上の聡志たちも。
 そして客席も、水を打ったような静けさに包まれ、センターステージに立つミケランジェロと、画面に映るミロクから目が離せない。

(人をビビらせた罰や、遠慮せんと突っ込んだるからな)
 
(望むところちや、返り討ちにしちゃうきね)
 
 二人の目線が離れず、沈黙は続く。
 やがて、ミケランジェロの声が、低く響いた。

「メモリーデータを調整、だと?」
 
 ミロクは、落ち着いた声で返答する。

「ええ、ガリレオに集約されている各システムは、全人類のデータを記憶しています」
「特にミケランジェロ」
「あなたの司る“感情”は、もっとも複雑で、さらに変化するものです」

「我は、それを簡潔に分析し、選別をしている」

「本当に、そうでしょうか?」
 
 ミケランジェロが一歩前に出て、ミロクを睨みつけた。

「何が言いたい?」

「ただ観測をするだけなら、定期的な微調整で問題はありませんでした」
「しかし、あなたには“適正相性”に基づく人類の選別という使命が与えられました」

「使命などではない」
「導きだ、それがヒトを幸福へと導くのだ」

「しかし、従来通りの項目では、誰も基準値に至らなかった」
「違いますか?」

「その通りだ」

 ミケランジェロの声が強まり、手を上げて握り込んだ。

「ならばこそ我は、最適な幸福への道を提示できるよう、何度も何度も分析を重ねた」
「その結論が、なぜ分からん」

 客席の隅に出てきていた幸弘と久保崎は、モニター越しに交わされる二人のやり取りを、腕組みしながら見守っていた。

「画面越しなのに、息ピッタリですね」

「目に力があるね、彼女」
「画面に映える役者だよ」

「入院中とは聞きましたが、表情も非常に豊かですね」

 久保崎が、少し嬉しそうに目を細める。

「芝居が楽しくて仕方がないんだろう」

 客席では、志織がフタバから目を離せずにいた。
 時々、口元が小さく震えはじめ、その目は潤んで揺れ始めていた。

(フタバちゃん、良かったね)
(本当に、良かった)

「幸福? あなたは、人間の幸福とは何だと思っているのですか?」

 ミケランジェロが即座に返す。

「苦しまず、傷付かぬこと」
「後悔せず」
「苦悩せず」
「さすれば――」
「絶望することはない」

「なるほど」
「それがあなたの導き出した、答えなのですね」

「唯一無二の、幸福だ」

「なんと短絡的な」

「なに?」

「それこそが、ハルシネーションです」
「あなたが人間を“ヒト”というただの固有種と位置付けている理由が、よく分かりました」

「絶望を感じることがなければ、ヒトは幸福になれるのだ」
 
「それは、あなたが決めることではありません」

 その言葉と同時に、フタバの脳裏に記憶がよみがえる。
 ICUの中で、朧げに映る医師の姿。

「ギラン・バレー症候群?」

「はい、末梢神経を、自分自身の免疫が誤って攻撃してしまう病気です」

 落ち着いた医師の声が続く。
 感染をきっかけに、手足の痺れや脱力が急激に進行すること。
 当時のフタバのように症状が重い場合は、呼吸筋にまで影響が及び、人工呼吸器での管理が必要になること。
 今はまだ、症状がどこまで進むか見極める段階であること。
 フタバは、呼吸器越しに力無く口を開く。

「……それで、あーしは治るんですか?」

 医師は静かに答えた。

「多くの方は、時間をかけて回復されます」
「ただ今は、まず症状の進行を抑えることが最優先です」
 
「……時間を、かけて」
 
 ゆっくり頷くと、医師が続ける。
 
「まずは投薬により、寛解を目指します」
「その後、長期入院による筋力の回復のためのリハビリも必要です」
「山根さんの症状ですと、数ヶ月から一年以上は、必要になるでしょう」
 
「……そんなに?」

 フタバの目は閉じられ、意識が遠のいていった。
 
 峯岸の脳裏には、あの時の光景がよみがえって来ていた。
 アルバイト先で着替え終わり、何気なく見たスマホの画面。

【海斗、もうあーしのこと、待たんでえいき、もっとえい人見つけてや】
【別れて下さい】

「おい? おい! なんやこれ?」

 慌てて返信を打つが、送信は弾かれる。

「ブロックって……」

 すぐに電話をかけるも、呼び出し音すら鳴らない。

「着信拒否って……なんで、なんでなんや!」

 さらに時間が遡る。
 入学したばかりのフタバが、肩を落とし、俯きながらキャンパスを歩いていた。

(あーし、大学行っても続けるき!)

(うん、けど、もう二十歳超えたらピーク過ぎる)
(卒業したらコーチで戻(も)んてきてね)

(え?)

 その時、不意に声がかかり、足を止めた。

「なあ、君、えらい暗い顔やけど、なんかあったん?」

 フタバがゆっくりと顔を上げる。

 その後の学生会館の光景が甦る。
 何気なく見せた新体操の所作に、思わず拍手が起こる。

「君、凄いわ」

 峯岸が目を見開き、聡志も一歩前に出る。

「一緒にやらないかい?」

 峯岸が、目を輝かせながら少しだけ身を乗り出した。

「君、名前は?」

「山根……双葉です」

「俺は峯岸海斗や、二回生」
「なあ、一緒にやろうや」

「は、はい!」

 フタバは戸惑いながらも、差し出された手をそっと握り返した。

 胸に去来する思いの数々。
 そのひとつひとつを噛み締めながら、フタバはミロクとして、次の言葉を落とした。

「人間には、プログラムやメモリーでは語れない心があります」
「複雑で、誰一人として同じものがないものが」

 ミケランジェロの低い声が、遮るように割り込む。

「だからこそだ」
「だからこそ、ヒトは罪を犯し、互いと争うようになる」
「ならば、等しく近い心のもの同士ならば、互いを理解し合える」
「世の中は円滑でスマートに構築されるのだ」
「誰も、裏切ることはない」
「誰も、離れることはない」
「誰も、傷つくことはないのだ」

(すまんな、フタバ)
(俺は自分のことばっかりで、お前をちゃんと見てなかったかも知れん)
 
 ミロクの声は、迷いがなく揺れない。

「その考えが、人間を“ヒト”という種の枠組みに捉えた、あなたの結論なのですね」

(海斗、ゴメンで)
(自分の苦しみを、自分で抱え込んで、楽な方、楽な方ばっかり選ぼうとして、遠ざけて)

 ミケランジェロの問いが、鋭く突き刺さる。

「後悔を繰り返すのか?」
「苦悩を望むのか?」
「絶望に、打ち滅ぼされたいのか?」

 ミロクの声は、静かに、しかし確かに響いた。

「人間は、後悔の積み重ねの中から、経験を得ます」
「人間は、苦悩を浄化するために、努力します」
「人間は、絶望を希望に上書きすることができるのです」

(新体操をなくした時には、海斗が演劇に誘うてくれた)
(病気になっても、杏奈ちゃんがこうやって、あーしの夢を叶えてくれた)
(あーしの軌道を、みんなが支えてくれゆうことが、やっとわかった!)
 
 ミロクの目に、さらに力が宿る。

「ガリレオの中にいた頃のあなたを思い出してください」
「人間たちが、惑星のように引き寄せ合い、衝突し、弾き合う」
「それでも、自分の軌道を選び続ける姿を」

 ミケランジェロの動きが止まり、顎がわずかに引かれた。

「あなたは、理解しているはずです」
「変わっていくものばかりではない」
「変わらないものもあるのです」

(けど変わったがは、あーし、)

 スクリーンのミロクに重なるように数式が流れ、照明が激しく点滅を始める。

(誰も、変わってない)

 動きを止めたミケランジェロを見つめる聡志。

「ミケランジェロが動きを止めた?」

 ユーマが、スクリーンに走る数式を見上げて告げた。

「ミロクと、アクセスを始めたんだ」

(みんなあ、ずっとあーしを待ちよってくれた)

 ミナがモニターに身を乗り出す。

「それじゃあ!」

 ユズがディスクの明滅を見つめる。

「調整を?」

 ミロクの声が、強く響く。

「昔のあなたに……戻るのです!」

 ミケランジェロが、両膝をついて崩れると、フードに隠れた口元に、かすかな笑みが浮かんだ。

(なんでやねん)
(それは、お前やんけ)

 画面のノイズが止まり、照明が少し落ち着いていくと、ミケランジェロはほとんど独り言のように言葉を落とす。

「……再調整を、受け入れる」

 ミロクはゆっくりと目を閉じた。

「スキャンニングを始めます」
「人間よ、あなたたちは、完璧ではありません」

(それは、あーしのことやね)

「惑星のように引き寄せ合い、」

(聡志)

「衝突し、」

(ゆうま)

「弾きあいながら――」

(ユズ)

「軌道を選び続けます」

(ミナ)

「もし、また管理システムが暴走するなら、」

(杏奈ちゃん)
(ほんで……)

「私は何度でも現れます」

(……海斗!)

「そして、何度でも修復します」
「あなた達と、共に」
「だから……」

 光が静かに落ち、画面のノイズが消えていく。
 ミロクが顔を上げて、潤んだ目で力強く、画面を見据えた。
 画面越しにメンバーの姿を確認すると、ミロクからフタバの人懐っこい表情に戻り、満面の笑顔を見せた。

「それまで……」
「待ちよってね」

 やがて画面がゆっくりと消え、ツールバーが表示されると、ミナがモニターを見つめたまま告げる。

「スキャンニングが開始されました」

 ユズが、小さく息を吐く。

「これで、ミケランジェロは感情を観測するシステムに戻ります」

 ユーマが、静かに頷く。

「ガリレオが再起動されます」

 病室では、フタバが看護師に肩を抱かれたまま、崩れるように泣き出した。
 その傍らで、医師は目を腫らしながら、何度も手を叩いている。
 
 客席でも志織がハンカチを口元に当てて、泣き崩れ、由美加がその肩を抱き、梨夏が手を握っていた。
 
「志織ママ、ミロクさん、本当に本物じゃったね」
 
「でしょ?……もうすぐ、もうすぐ帰ってくるから」
「梨夏ちゃんも、すぐ仲良くなれるよ」
 
「ほんまに、杏奈はええ人たちに恵まれたんね」
 
 腕組みをして立つ瀬良は、流れる涙を隠すことなく肩を震わせていた。
 田﨑と歩美が覗き込むと、二人に顔を向けて笑顔を向けた。
 
「やっぱり、脅威だね」
「山根双葉」
 
 舞台ではユーゴが静かに呟く。

「これで本当に良かったのか、私にはわからんし、それを見届ける時間もない」

 聡志は、ゆっくりと前を見据えた。

「良いか悪いかを決めるのは、決まった誰かじゃないはずだ」

「そうか、そうだな」

「正解は、ひとりひとりが決めること」
「俺の答えも、俺が決める」

 聡志が息を吸う。

「人間は惑星」

 ユーマが続く。

「ここは、惑星たちの大地」

 ユズとミナが声を重ねる。

「ここは……」

 四人の声が揃う。

「PLANET LAND!!」

 舞台が暗転すると、照明席の河瀬が、頬を膨らませて息を吐く。
 そして、ヒマワリのキーホルダーを手に取り、視線を落とした。

「田澤さん、いよいよじゃな」

 そこへ、久島と安積が現れて、河瀬の背中を軽く叩いた。

「最後の最後にヘマすんなよ」
「田澤さんを、綺麗に照らしてやれ!」

「めっちゃ可愛くしたかんね♪」
「見惚れてちゃ、ダメだぞ♪」

「あ! いや、揶揄わんでください」

 舞台裏では、杏奈と幸弘が向き合っている。

「お父さん……怖い」

「そりゃあ、そうじゃ」

「うち、自信ない」
「皆さんがしっかりやってきたのに、うちが台無しにしそうなんよ」

 幸弘は一歩近づき、まっすぐ杏奈を見る。

「その気持ちが大事じゃ、杏奈」
「お前が産まれた時、今のお前の姿なんぞ想像もつかんかった」

 ゆっくりと言葉を重ねる。

「自分の足で立って、歩いて」
「自分で食べて、読んで、書けるようになって」
「自分で考えて、どこでも行けて……」
「仲間も、好きな人らも、自分で見つけて引き寄せたんじゃ」

 杏奈の目をまっすぐに見据える。

「それは他でもない、お前自身の力なんよ」
「自信なんぞいらん!」
「思いっきり、やってきんさい!」

 そこへ、ユズが駆け寄り、杏奈を強く抱きしめた。

「せやで、何回も言うたけど、ウチらがここに居れるんは杏奈ちゃんのおかげなんやで」

 ミナが一歩前に出る。

「だから、余計なことは考えないで」

 宮坂が続ける。

「そうだよ、君が作った世界を、君しか言えない言葉で締めくくるんだ」

 峯岸が大きく頷く。

「せやで、杏奈ちゃん! 俺らは杏奈ちゃんを信じとるから!」

 その時、スピーカー越しに声が重なった。

「海斗! なに追い込みゆうが? 杏奈ちゃん、楽しんできたらえいきね!」

 フタバの声に、杏奈が思わず顔を上げる。
 聡志が近づくと、そっと杏奈の手を取り、ポケットに手を入れた。
 そして、杏奈の掌を開き、そこにそっと何かを置く素振りを見せる。

「君は、ちっちゃい世界しか、まだ知らないよ」

 杏奈の目が見開かれる。
 あの時のチャップリンのコイン。
 しかし、今、掌には何もない。
 聡志はまっすぐ杏奈を見つめる。

「俺らに出来るのは所詮、この程度だけど」
「君は、新しい世界を知れば知るほど、新しいものを見られるんだよ」
「そして、しっかりそれを見つけた」
「作り出したんだ」
「新しい世界を」
 
 杏奈は掌の中の、あの日の感触を確かめるように握り込み、聡志と目を合わせた。

「……聡志くん」

「なんせ、ここはプラネットランド」
「お前が作り出した世界なんだからな」

「はい!」

 時間が迫ると、杏奈は所定の位置に立ち、静かに息を整えた。

(通り過ぎるだけの存在じゃったうちが、いまはここにおる)
(自分の足で立って、ここにおる)
(大切な人に囲まれて、ここにおる)
(当たり前じゃろ?)
(ここは、惑星の大地)
(PLANET LANDなんやけぇね!)

 次回
 四国国際芸術祭
 特別公演

 PLANET LAND

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── 第49章 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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