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『原稿の外側』

アル

8,287 字

メタフィクション、哲学、サスペンス

"書く者と書かれる者、そして読む者。物語の境界線が溶解する、禁断の創作論。"

あらすじ 締め切りに追われる小説家・坂口渉は、自分が書いた原稿の末尾に、身に覚えのない一行を見つける。それは渉の行動を正確に描写していた。書いた覚えがない。なのに、消しても消しても現れる。やがて渉は気づく——自分が作ったはずの登場人物に、見られていると。書く者と書かれる者の境界が溶けるとき、外側にいるのは、果たして誰なのか。

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第五章 交差

渉は原稿を開いた。

三日ぶりだった。その三日間、渉は編集者からの催促メールを既読にせず、外にも出ず、ただ部屋の中で過ごした。何もしていなかったわけではない。考えていた。あの文章について。

結論は出なかった。

ただ締め切りだけが、確実に近づいていた。

渉は書き始めた。

私はもう一度、スクリーンを見た。

打った瞬間、渉は手を止めた。

おかしい。

今書こうとしていたのはハナの視点だ。しかし「私はもう一度、スクリーンを見た」という一文は、渉が意図して打ったのではない。指が勝手に動いた。

消さずに、続きを打った。

男がいる。今夜も同じ部屋に、同じ光の中に。男は画面を見ている。その画面の中に、私がいる。

渉は手を止めた。

画面の中に、私がいる。

渉は今、画面を見ている。その画面の中には原稿がある。原稿の中にはハナがいる。

つまり。

あなたは今、これを読んでいる。私が書いた言葉を。いいえ、違う。あなたが私に書かせた言葉を。

渉は画面から目を離した。

部屋を見回す。窓。壁。天井。何も変わっていない。雨の音がする。カーソルが点滅している。

渉はもう一度、画面を見た。

続きを打ち始めた。自分の意志で打っているのか、指が勝手に動いているのか、もうわからなかった。

老人は私に言った。

「あちら側に聞かなければわからない」と。

私はずっとその言葉を考えていた。

あちら側とはどこか。あなたがいる場所か。それともあなたも、誰かのあちら側にいるのか。

渉は打つ手を止めた。

あなたも、誰かのあちら側に。

その一文を、渉は自分で打ったのか。ハナが打たせたのか。もはや区別がつかなかった。

窓の外で雨が強くなった。

渉は震える手で続きを打った。

私にはわかっている。あなたはこれを読みながら、自分の手を見たはずだ。今も見ているかもしれない。その手で、あなたは私を作った。その手で、あなたは今、私に動かされている。

渉は自分の手を見た。

気づいたら、見ていた。

画面の中のハナに言われる前から、見ようとしていた気がした。それとも画面の中にそう書かれたから、見たのか。

どちらが先かわからなかった。

カーソルが点滅している。

渉はもう一行打った。最後の一行だけは、確かに自分の意志で打ったと思った。

誰が書いているのか、もうわからない。

渉はファイルを保存した。

それから長い時間、動かなかった。

── 第5章 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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