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Momoー罪と贖罪の桃太郎譚ー

ryo.m

18,028 字

ダークファンタジー、ブラックコメディ、寓話

"暴力の因果を断ち切り、システムを超越する、魂の贖罪と家族の物語。"

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第一章

――かつて、その男には「名前以外のすべて」があった。
憐仁郎という名の青年は、ただ静かな朝を愛していた。
日暮れには小さな家へ戻り、許嫁と「来年の春には小さな店を持とうね」と語り合う――それだけで、彼の世界は十分だった。
だが、その日常は、理由もなく引き裂かれた。
足を踏み入れた山道で、前触れもなく視界が爆発した。
――おじいさんの「容赦ないワンパン」が鳩尾を抉り、彼の内臓と人生をグシャリと潰した。
奇跡的に一命を取り留め、村へ戻った彼を待っていたのは、
「あんなに優しかった憐仁郎さんは、もうどこにもいない」
と怯え、去っていった許嫁の背中だった。
「なぜだ……? 俺が一体、何をした……?」
役所に訴えても冷たくあしらわれ、誰も彼の絶望に耳を貸さない。
完全な孤立の中で、彼の温かかった心は急速に凍りつき、やがて、どす黒い「憎悪」の結晶へと変質していった。
そして、おじいさん一家への復讐を果たした直後。
犬・猿・雉によって命を奪われた。
「なぜ俺が殺されなきゃいけないんだ……!」
現世を彷徨い、彼はある仮説に辿り着いた。
「あの犬、猿、雉は、ガキどもの召喚能力だったんだ。あの三匹をしばき倒すには……天国に行くしかない」
そこからの数年間。
それは、狂気的なまでの「演技」の毎日だった。
誰もいない深夜の独房。
鏡に映る自分の顔は、憎悪と呪詛で歪み、脳漿が沸き返るような怨嗟の澱にまみれていた。
だが、太陽が昇り、監視の目が光る瞬間、彼は完璧なまでの「慈愛に満ちた聖人の笑み」を貼り付ける。
心の中で毒を吐き続けながら、聖者のような温和な声で神の使徒たちに語りかける。
「現世への未練など、毛ほどもありません。私はただ、魂の救済を求めているのです」
その二面性の極み。
自らの人格をすり潰してまで作り上げた「偽りの聖人」という仮面は、ついに神の眼光さえ欺き、憐仁郎を天国へと昇天させたのだった。
――数年後。
おじいさん一家は、桃太郎、山太郎、川太郎の三人の息子と、三匹の動物たちと共に、天国ののどかな片隅で平凡で穏やかな日々を送っていた。
しかし、その平穏は、計算し尽くされた悪意によって破られる。
ある日の夕暮れ。
一家の家の門前に、一枚の血塗られた手紙が置かれていた。
『明日の正午ちょうど、桃太郎を一人だけで、東の果ての断崖絶壁に来させろ。
勘違いするなよ。治安維持隊に通報する時間など与えない。
呪詛はすでに山太郎と川太郎の魂の底に刻み込んだからな。
もしお前たちが拒否するか、あるいは俺の意識や命が絶たれた瞬間、この呪詛が自動的に発動し、二人の魂を今すぐ地獄の底へ焼き落とす。
ジジイ、ババア。
お前らが「誰も二度としばかない」と誓ったことは調べ尽くしてある。
手出しができないお前たちの前で、まずは長男から順番に、じっくりと絶望を味わわせてやる。
――憐仁郎』
おじいさんとおばあさんは激しく狼狽した。
「意識を失った瞬間に発動する」という、完璧な人質作戦。
通報もできず、かといって神に誓った以上、自分たちの最強の武力で憐仁郎をしばき倒して止めることもできない。
「あの力はもう使えねぇ……。通報もできねぇ。どうすればいいんだ……!」
おじいさんが頭を抱え、絶望に震えていると、これまで静かに手紙を読んでいた桃太郎が、毅然とした声で口を開いた。
「父さん、母さん。僕が一人でそこへ行くよ。……これは、僕たち家族が向き合わなきゃいけない過去だ」
「ダメだ、桃太郎! 行けば殺される!」
「大丈夫。僕に策がある。……手紙には『通報する時間など与えない』とあるけれど、それは『相手を捕まえるために戦力を動かすな』という意味だ。僕たちが生きて呪詛を解除する方法がないか、治安維持隊の専門家に『相談』することまで禁じられているわけじゃない。
捕縛の依頼ではなく、あの呪詛の仕組みを無力化できる条件だけを、今から僕が聞いてくる。もし……もし、専門家でも解除できないと言われたら、その時は本当に僕が一人で身を差し出すよ。それしか、みんなを守る方法がないから」
そう言って静かに微笑む桃太郎の拳は、微かに震えていた。
彼とて神ではない。
恐怖と戦う、一人の少年なのだ。
その決意に導かれるように、一家は夜通し作戦を練り、天国という特殊な環境を利用した「不暴力の奇策」を準備した。

── 第5章 了 ──

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