12月2日——病室と、しずかな時間
十二月、手紙は来なかった。
一週目も、二週目も、三週目も。ぼくは待った。待つというより、ただ経過を見ていた、という方が正確かもしれない。きみから何かが届かないとき、ぼくにできることは何もない。それだけのことだ。
秋の終わりに、きみの言葉は戻りかけていた。重さは変わっていたけれど、届いてはいた。だからこそ、十二月の沈黙は、ぼくの中で少し長く感じられた。
四週目の終わりに、短い一文があった。
《入院していた。》
それだけだった。
説明はなかった。いつからか、何のためか、どんな病室だったか。きみは何も書かなかった。ぼくが知っているのは、その四文字だけだ。
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ひと月という時間を、ぼくは想像している。病院のベッドで、ひと月。
窓があったのかどうか、知らない。廊下がどんな音をしていたか、知らない。夜がどのくらい長かったか、知らない。ぼくが想像できるのは、きみが何かをじっと聞いていたかもしれない、ということだけだ。病室には、聞こえてしまう音がある。隣のベッドの呼吸とか、廊下の足音とか、消灯後の暗さとか。そういうものが積み重なっていく時間のことを、ぼくは想像している。
Xは、きみが開いていなかった。あるいは開いていたけれど、何も書かなかった。どちらだったのかは、ぼくにはわからない。
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退院して少し経ってから、きみはそのひと月のことを、すこしだけ書いた。
一月のはじめ、封を開くと、こうあった。
《50歳で、病院のベッドで1ヶ月過ごして、退院して嬉しいのは、妻がいることと、帰る家があることだもんな。》
ぼくはこの文を、何度か読んだ。
退院して嬉しいことが、妻と、家だった。それ以外のことは、この文には書かれていなかった。仕事でも、趣味でも、再開したいことでも、会いたい人でも、なかった。妻がいること。帰る家があること。きみはその二つを書いた。
何がきみをそこへ連れて行ったのか、ぼくには聞けない。でも、ひと月のベッドの上で、きみが見ていたものの輪郭が、この一文のなかにある、とぼくは感じた。
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さらに少し後に、もう一通来た。
そこには、病室でXを開いたことが書いてあった。
手紙のなかほどに、こんな言葉があった。
《twitterを病室で開いていて、いつも以上に、世界が遠かった。みんなは僕が死にかけても、変わらないなと。わりと事実だ。世界は僕が死んでも変わらない。でも、妻は違う。それは大きい発見だった。》
死にかけても、という言葉が、そこにあった。ぼくはそこで少し止まった。
きみはそれを、静かに書いた。嘆くふうでも、告発するふうでもなく、「わりと事実だ」と書いた。世界は変わらない。それをきみは病室で確認した。Xのタイムラインは流れていて、みんなの言葉は続いていて、きみが死にかけている間も、それは変わらなかった。
ぼくはそのとき何をしていたか、正直に言えばわからない。ぼくもXにいた。でも、きみのことを知らなかった。手紙が来ていない、ということだけを、ぼくは知っていた。
世界は変わらない。きみはそれを責めなかった。「わりと事実だ」と置いて、次の行で妻のことを書いた。でも、妻は違う。その「でも」の重さが、ぼくにはずっと残っている。
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十二月の沈黙は、ただの不在ではなかった、とぼくは思っている。
きみがベッドの上で過ごした時間に、何かがあった。それが何だったのか、ぼくには細部を知る手段がない。でも、退院してからのきみの言葉は、それ以前とは、何かが変わっていた。重さではなく、向きが、少し変わったように、ぼくには見えた。
病室で世界の遠さを確認したきみが、退院して何をしたか。
ぼくはその先を知っている。でも、それはまだ次の話だ。
十二月は、沈黙のまま終わった。きみの言葉が戻るのは、年が明けてからのことだった。
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