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ベレー帽の探偵

阪奈康太

85,483 字

心理ミステリ、探偵小説、人間ドラマ

"「真実」とは何か。「正義」とは誰のものか。ベレー帽の探偵が、その問いの奥底を覗き込む。"

 真実とはこうも無価値とは思わなかった。  ……ああ、こんにちはどうも。何があったかって?  実は統合失調症の患者にお前は統合失調症だといいましてね?  するとこれが酷く暴れるもので……。ええ、その通りだね?  私の行動は医療プロトコルにも反する愚かな行動だ。正解改善とは程遠い。  失礼失礼。つい王様の耳はロバの耳と叫びたくなってね。まあ少し前提から考えてみよう。  まずもって私たちは完璧な真実とやらにたどり着くことはない。  言葉は取りこぼすし、認識には限界がある。  けれども決して私は近づくことをやめない。時にイカロスのように、時にパンドラのように。  自身に不利益があろうとも、どうしたって好奇心は抑えられない。  ……さて、得て知って、それで満足したいところだが私は探偵という職業についている。  残念ながら私だけが知っていてもどうしようもないのでどうにかコレを商品として機能させなければならないのだ。  であれば、私がかぶる帽子はシャーロックホームズのような鹿討帽だろうか?  ……いいや、ソレを物語のように加工する私にとってはベレー帽こそふさわしいだろう。

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第4話

外はまだ夏の夕方だというのに、すっかり暗くなってしまった。
 相変わらず、激しい雨が窓をノックしている。

 窓の隙間から聞こえる風の音。
 雨粒が硝子を叩く音。
 人の話し声も、車の走る音も、やがてその中に飲みこまれていく。

 すると、雨音と風の音だけが私の周りを支配した。
 それは激しくも、静かだった。

「今日は本当にいい天気だね」

 ぽつりと言ったその一言に、助手は大層怪訝な顔をして窓の外を見つめた。
 だから私は、補足するように持論を述べる。

「何も快晴だけがいい天気というわけでもないよ。少なくとも、私にとってはいい天気なんだ。……いろいろと都合もいいしね」

「……では、準備してきます」

 私の最後の一言を聞くなり、助手は書類整理の手を止めた。

 雨と風は、情緒的な好みだけではなく、侵入の際のカモフラージュにも向いている。
 もちろん、都合のいいことばかりではない。足跡も、繊維も、細かな痕跡も流れやすくなる。
 少なくとも私にとっては、一長一短といったところだろう。

 助手は壁際の鏡に手をかけた。
 見た目はただの姿見だが、奥には小さな保管室がある。事件資料や機材を表に出しておくわけにはいかない。
 違法なものはない。少なくとも、今ここで問題になるようなものは。

「今回の装備は……暗視ゴーグル、ピッキング道具、カメラですね」

「それでいい」

「護身用の道具は?」

「いらない。持っているだけで、見つかった時の意味が変わる。万が一の時は、ただの空き巣に見えた方がいい」

 気持ちはわかる。
 何か一つでも身を守るものがあれば安心する。だが、安心のために持ち込んだものが、あとでこちらの首を絞めることもある。

「では、どの情報が必要ですか?」

「ん?私も行くつもりだけど」

「勘弁してください。あなたを抱えて侵入、工作、退却までさせるつもりですか? ボディカメラをつけておきます」

 反論したかったが、できなかった。
 実際、その通りだった。

 私は不服そうな顔だけを、わかりやすく助手へ向けることにした。

 助手が準備をしている間、私は学校の防犯設備を洗い直した。

 便利な時代だ。
 守る側にも、破る側にも。

 校門の写真。体育館裏の動画。文化祭の集合写真。SNSに転がる何気ない画像。
 それらを拾い集め、カメラの位置、死角、契約している警備会社を洗い出す。

 ただ、完全ではない。
 体育館側の死角だけは、昼間の写真でしか確認できていなかった。

 結局、出発したのは二十二時を回ってからだった。

 辺りはすっかり静まり返っている。耳をすませば聞こえたであろう人の話し声も、機械音も、すべて雨音一色になっていた。
 それは単に雨音のせいではなく、そこが物静かな住宅地という性質を持っているからだろう。

 そんな中に学校はあった。

 つい数時間前にも来たばかりだというのに、全くの別物のように感じる。

 このあたりの駐車場というのは、看板は赤さびまみれのおんぼろで、しかしその実、最低限のシステムばかりは現代的だった。
 電子決済に対応しているとは、正直少し驚いた。

 そこへ車を止めると、雨具を着た助手が装備をリュックへ詰め込む。

「じゃあ、改めて作戦を説明しよう。情報は二種類ある。電子媒体と紙媒体だ」

「紙はカメラで撮影ですね?」

「そうだ。優先は成績表と出席簿」

「電子媒体は?」

「サブだ。キーボード内部に細工してある。接続した時点で、仕込んだ記録媒体も同時に認識される。ただ、正直期待値は高くない」

 ちょうど助手が手に持っていたキーボードを指さす。

「学校のセキュリティ次第ですね?」

 助手の言葉に、私は深くうなずいた。

「あとは君の判断で動いていい。私はドローンと君のボディカメラで先導と指示を出す。この雨なら、ドローンの音も紛れる。防水にしておいて正解だった」

「……了解」

 そう一言残して、助手は雨の中へ飛び出していった。

 私は車内に残り、ノートパソコンを開く。
 ボディカメラも、ドローンも、まだ沈黙している。

 ふと、キーボードに置いた手を見つめると、少し震えていた。
 冷房が効きすぎたのか。低血糖か。

 ……正直、慣れることはない。
 いくら平気な顔をしても、こういうことの前では身体の方が正直だった。

 誰もいなくなった車内に沈黙が落ちる。
 息が詰まるような、そんな沈黙が。

 それを最初に破ったのは、ドローンだった。

 映像が揺れる。
 雨粒がレンズを叩き、校舎の輪郭が滲んだ。

 視界はやや不良。
 だが、飛ばせる。

 助手はもう、学校の外周を回っているはずだ。雨具を着ているとはいえ、同じ場所を何度も歩けば通行人の目につく。急がなければならない。

 まずは人影。なし。
 校門北。防犯カメラが二台。
 校門南。一台。
 体育館側。予定通り、死角がある。

 大変結構。
 作戦開始だ。

「問題なし。予定通りだ。そこから入れる」

『了解』

 短い返答のあと、ボディカメラの映像が開いた。

 濡れた塀。
 黒い手袋。
 助手の呼吸。

 次の瞬間、画面が大きく跳ねた。
 塀を越えたのだ。

 気づけば、手の震えは止まっていた。

 頭の中を支配しているのは、いまだバラバラの事件の情報。
 どうつなげるべきか、勝手に錯綜する思考。
 そして恐怖は、好奇心に置き換わっていた。

 外周確認を終えたドローンは、死角に落として待機させた。
 私はボディカメラを通して、助手の動きを追う。

 この学校はどんな造りをしているのか。

 校舎の動線。掲示物。施錠の位置。古い設備と新しい設備の混在。
 そういう細部には、教師たちの管理意識や、生徒たちの扱われ方がにじむ。

 革新的か。
 慣習的か。
 管理的か。
 放任的か。

 そうこう思考を巡らせていると、助手はすでに扉の前にいた。

 小さな金属音がして、私は改めて意識を画面へ戻す。
 ボディカメラの視界が、暗い校内へ滑り込んだ。

 最初に入ったのは、教室だった。

── 第5章 了 ──

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