← 作品ページへ戻る

四感の檻

Makoto Yaoi

6,618 字

心理サスペンス・官能小説

"日常に潜む狂気、五感で綴る偏愛の心理サスペンス"

電車の中で、ある青年を見かけたことで男の妄想が始まります。車内という四角い空間の中で、男が自身の狂気じみた妄想に少しずつ囚われていくという物語です。

← 右から左へスクロール

第四章 手

いつもの時間、いつもの駅、いつもの車両――
そして、変わらぬその場所に男は立った。

2つ目の駅に電車が止まった時、彼はいつものように男の隣に立った。

半袖になった彼のワイシャツから、筋肉のついた腕が覗いた。

彼はリュックを肩から外し、いつものように床に置く。
リュックを持ち上げた瞬間、腕の筋肉が膨らんだ。

その膨らみに男の呼吸が少し早くなった。
抗いようのない執着が頭をもたげた。

彼は右手でつり革を持ち、左手で参考書を持った。
窓に彼の右腕の袖口が映る。
黒く影になったその向こうに隠れた彼の脇を、男は想像した。

汗と生温かい肌の香り、薄い体毛に覆われた脇を……。

その隆起に舌を這わせ、硬く膨らんだ筋肉をなぞっていく。

――ガタンッと車両が小さく揺れ、男は白昼夢から引き戻された。

彼のつり革を持つ手に、ぎゅっと力がこもった。
二の腕から肘、手首にかけて筋肉が隆起し、筋が張った。

男は思わず息をのんだ。
窓越しに偶然彼と目が合った。
男はまるで自分の恥部を見られたかのような気がした。

しかし、彼は男を一瞥するだけで再び本に視線を落とした。

彼の乾いた視線に、男はぞくりと甘く震えた。
男は彼の視線が“自分への衝動を押し殺した痕”だと思い込み、
小さく呟いた。

カサリと音を立て、彼の長い指が本のページをめくる。

本を持つその腕は二つに折り曲がり、
柔らかな肉がむくりと存在感を露わにした。

男はその肉のふくらみに、大人の男とはまた違う危うさを感じ取った。

その危うさが男の視線を否定する。

それが禁忌だと自覚するたびに、心の奥底で、甘い痛みが滲んだ。
破られた掟の重みが、男を甘い奈落へと静かに沈めていく。

きれいに切りそろえられた爪と指先が、ページをめくるたびに、男は自分が触れられている錯覚に陥った。

『もう逃れられない』――

諦めとも、開き直りともつかない感情が、男の妄想を静かに煽った。
男のつり革を持つ手に力が入る。

初夏の重い空気が肌にまとわりつく。
湿り気を帯びた空気がねっとりと男の頬を撫でた。
男は、つり革を握る彼の手を、何かに取り憑かれたかのように凝視した。
ありもしない生臭さが鼻先をくすぐり、口内にぬるりと何かが滲んだ気がした。

ゴクリ……

口内のそれを喉へ押し込み、男は耽溺の沼に沈みながら、微かな笑みを浮かべた。

── 第5章 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

作品ページへ戻る

コメント

まだコメントはありません。最初のひとことをどうぞ。

しおりを挟みました