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十四を数える

奥井晴弥

21,115 字

政治哲学ファンタジー

"「指の数」が世界を分かつ。効率と美学、割り切れない均衡を巡る三世代の物語。"

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第四章 七拍子の会議

クレメンスが始めたのは、ガリエンとの通商条約の改定交渉だった。
結ぶためではない。結ばないためでもない。交渉し続けるために始めた。条件を出した。ガリエンが修正した。修正を受けて再修正した。再修正に但し書きを付けた。但し書きの文言について法務官の見解を求めた。法務官の見解に、ガリエン側が異議を唱えた。
異議について協議の場を設けた。協議の結果を持ち帰り、検討すると伝えた。

ガリエンの通商使節は、半年で本国に三度、進まない交渉について打電した。
「この国の宰相は、条約を結ぶ気があるのか、わからない」
三度目の打電の後、使節は直接クレメンスに問うた。
「宰相閣下。率直に伺いたい。我が国との通商条約を、締結なさるおつもりはあるのですか」
クレメンスは微笑んだ。
「もちろんです。結ぶ方向で誠実に検討しております。ただ、我が国は十四進法の手続きで動く国でしてな。少々、時間がかかる」
使節は黙った。皮肉だと気づいたのか、気づかなかったのか。
クレメンスにはどちらでもよかった。

そんな折、クレメンスは舞踏会を催した。通商使節団の歓迎と称した。
慣例に則った、外交儀礼としての舞踏会。誰にも断る理由はなかった。
クレメンスは楽団に、古い形式の舞曲を命じた。
七拍子。片手の指の数で一巡する、この国の伝統的な拍子だ。

舞踏会の夜、クレメンスは壁際から床を眺めていた。ガリエンの通商使節団が踊っている。
そこに、クレメンスが見たかったものがあった。
使節団の団長は五十代だった。革命の前に育った世代。七拍子に、身体が自然に応じていた。目を閉じて踊っている瞬間さえあった。
指が、七本の指が、音に合わせて拍を刻んでいる。彼の指は六本しか残っていない。それでも、失われた第七指の幻が、音楽の中で動いていた。
一方で、若い随員たちは違った。革命の後に教育を受けた世代。七拍子に乗りきれない。四拍目と五拍目の間で足が迷う。頭で数えようとして、身体が遅れる。
それでも、彼らも七本の指を持って生まれたのだ。徐々に、この舞踏のリズムを掴んでいった。

クレメンスは団長に近づき手を差し出した。
「一曲、いかがですか」
男同士の舞踏は、この国の外交儀礼だった。
対等な立場を認めた者が、互いの身体の拍子を合わせる。言葉より先に、身体が信頼を測る。団長は頷いた。
二人は踊った。七拍子。クレメンスの七本の指と、団長の六本の指が、同じ旋律の上で動いた。
「宰相閣下」 団長が踊りながら言った。
「あなたは、ずるい人だ」
「褒め言葉と受け取ります」

舞踏会の翌日、交渉の空気が変わった。変わった、というのは大げさかもしれない。
だが団長の言葉遣いが、わずかに軟らかくなった。「締結の期限」を口にしなくなった。
代わりに「双方にとって良い形」という言い方をし始めた。
七拍子の床の上で、団長の身体は十四の記憶を蘇らせた。
かつては自分も、七と十四で数えていた。
帳簿は十二で付けている。だが足は、七歩で回った。
割り切ることに、苦味を覚えた。

クレメンスは、その隙間に交渉を置いた。帳簿と、身体の記憶の、その間。
十二と十四の間。どちらにも決まらない場所に、条約の文言を浮かべ続けた。
会議を、簡単には進ませなかった。されど、踊らせた。

それから五年、クレメンスは踊り続けた。踊りながら、考え続けた。
我が国の民は、十二進法を嫌悪している。
十二は指を削いだ国の忌避すべき狂気だ、と。
十四を守らなければならない。
だが、隣国は確かに豊かになった。このままではやがて、呑み込まれる。
我が国を守るために、十二を、十二進法を入れなければ。
商人の間に、十二の門は開き始めている。
だが、自ら十四を捨てることはできない。
自分が十四を捨てようとすれば、この均衡は壊れる。
右の七本、左の七本。指を折り、十四を数えた。
答えの代わりに、数だけを数えた。
ふと、「指削ぎの祝祭」のあとの夜、扉の前で下ろした右手のことを思い出した。
あのとき自分は、ヴァルターに何も言わなかった。
何も言わないまま、抱え続けている。
踊り続けるというのは、そういうことだった。

── 第5章 了 ──

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