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食べてすぐ寝たら牛になるよ

梓星

35,365 字

現代ファンタジー、家族ドラマ

"娘が牛になった世界で、父は家族の形を問い直す。"

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第5章

 週明けの月曜日は燃えるごみの日で、くずかごの中に投げ捨てられた申込書は収集車に運ばれて行き、この家から完全に姿を消した。また、牛糞で作った堆肥の回収日でもあったため私は在宅勤務をしていた。
 システムエンジニアという仕事は在宅勤務との相性がよく助かっている。それでも当初は同情的だった上司や同僚も私の在宅勤務や半休が増えるにつれ、徐々に迷惑顔をするようになってきた。
 いろいろな意味で潮時なのだろう。
 私は勤務しながら、インターネットで農村移住の情報を探す。広い庭があり、隣家との距離がある物件。できれば県内がいい。土地勘もあるし、必要な場合は都心にアクセスしやすい。
 それと並行してブログやSNSで移住者の生の声も拾う。地方移住は地元の人との感覚や習慣の差から上手く行かないことも多いと聞く。由奈を連れてなのだから難易度はさらに高いだろう。できる限りの予習はしておきたい。
 在宅とはいえ勤務中に熟読はできない。とりあえず目についたものをブックマークした。

 6時で仕事を終え、料理をするのも面倒だったので、由奈に干し草を与えた後で、近くのコンビニにまで弁当を買いにいった。最近、最寄りのコンビニが潰れてしまったので歩いて10分くらいかかる。不便だと思ったが、移住したら最寄りのコンビニまで車に乗らないといけなくなるだろう。
 弁当を食べて、やはりコンビニで買ったペットボトルのブラックコーヒーを片手にノートパソコンを開く。ペットボトルには「カフェインマシマシ 睡眠打破!」と書かれている。
 昼間にブックマークしたサイトを上から順に開いていく。
 人口減、過疎化を反映して補助金などを出して移住者を募集している自治体は多数あったが、牛化した家族を連れた者も対象になるのかはよく分からない。
 牛化した人を排除するような文言を明記すると問題となるので書かないが、実際には「抽選に漏れた」といった角が立たない理由で拒絶されることはあり得るだろう。
 とりあえず特に気になる自治体を幾つか残して他のブックマークを削除。続いてブログの記事を読み始める。
 この時点で食事を終えてから40分以上が経っていた。コーヒーのボトルに蓋をして冷蔵庫にしまう。あとで眠れなくなっても困る。
 ブログの内容は雑多だ。牛化した人を連れて移住した人の体験が読めると良いのだが、さすがにそこまで都合のいいものは少ない。移住体験のブログや牛化した家族との生活など少しでも関連がありそうなものを片っ端から読んでいく。
 その中で「不慮の事故」で牛化してしまった夫と地方で生活している女性のブログが目に止まった。移住者というわけではなさそうだが状況的には近い。

X X X

 「本当に…いいの?」
 私が聞くと介護用ベッドに横たわる夫は頷いた。薄暗く静かにした部屋で夫は苦労してとろみをつけた介護食をゆっくりと飲み込む。そして、かすれるような声で「今までありがとう。おやすみ」と言うと目を閉じた。私は夫の手を握って「私こそありがとう。おやすみなさい」と答えた。
 夫のALS(筋萎縮性側索硬化症)が発覚したのは3年前。箸や筆記用具を取り落とすことや何もない場所で転ぶことが増え、整形外科を受診したことがきっかけだった。原因が分からず何度も検査を繰り返し、最終的に紹介された脳神経内科でALSであることが判明した。
 稲作をする傍ら、近くのゴルフ場の送迎運転手としても働く夫は40を過ぎたばかり。酒の量こそ少し多かったが、それ以外は健康そのものだった。
 医師にはALSは発症から3-5年で死亡に至るケースが多いと言われた。異変を感じて整形外科を受診してから既に1年近くが経過していた。
 夫は荒れた。運転手の仕事が続けられるはずもなく、稲作も放棄に近い状態になった。酒量もますます増え、物に当たることもあった。そして最後には必ず部屋の隅で泣いていた。
 もちろん気持ちは分かる。だが、どんなに寄り添っても恨み言しか言わない夫といるのが苦しくもあった。我慢しきれずに「いい加減にして。そんなこと言うくらいなら黙っててよ」と言い返して大喧嘩になったりもした。
 その間もALSは進行し、やがて夫は車椅子生活になった。介護の負担は重くなる。排泄、入浴も介護が必要だ。ヘルパーがつき、福祉用具のレンタルも受けられるのはありがたいが、それでも私は疲弊していった。
 「おい、トイレ」。介護ベッドから掠れた声が聞こえる。人にものを頼むのになんでそんな言い方しかできないのか。私は苛立つ。「ちょっと待ってよ。私はしないといけないことがいっぱいあるの」。「あなたのせいで」という言外の皮肉。特に1日の疲れが溜まってくる夜は優しくできない。残り少ない一緒の日々を不機嫌に過ごし続けた。
 発症から2年半が過ぎ、車椅子からベッドへの移乗も難しくなってきた頃、夫が突然「牛になりたい」と言い出した。「牛にはALSってないだろ。牛になれば病気も治る」
 私はポカンとしていたと思う。ALSが治っても牛になったら何にもならないではないか。
 だが夫は掠れた声で続けた。「牛の方がお前にも迷惑をかけない」。

 こうして夫は牛になった。夫の予想通り牛になるとALSはなくなり、普通の牛と同じように歩いたり食べたりできた。
 農家なので庭は広い。柵だけ設ければ放し飼いにできた。これも夫の予想通り、寝たきり状態の夫を介護するより遥かに楽だった。
 そのおかげでパートを増やすことができて、なんとか一人で生きていける収入の目処もついた。
 夫だった牛は近づくと大きく筋肉質だが、性質は穏やかだった。その体にそっと触れると、私は優しく力強かった健康だった頃の夫を思い出し、そっと抱きしめた。牛の世話をする時間は私にとって最も幸福な時間になった。
 静かな時間が流れた。
 だが、ある日、夫だった牛が何に興奮したのか分からないが突然暴れ出し、私の軽自動車に衝突した。大きな音がして、ドアがかなりへこんでしまった。
 私は思わず「何してんのよ!」と怒りの声を上げた。だが牛は当然、謝りも言い返しもしない。その時、私は突然夫ともう一度喧嘩がしたくなって、少し涙を流した。

X X X

 この女性の旦那さんがいつどういう状況で牛化したのかブログ内に書かれていないので分からないが、女性は牛化した旦那さんを大切にして幸せに生活しているようだ。
 当然、表には出せないような苦労や葛藤はあるだろう。だが、こうして実際に地方で牛化した家族と暮らしている人がいるという事実は大きな励みになった。
 既にだいぶ遅い時間ではあるが私は庭に出た。由奈は庭の隅で眠っている。この狭い庭では屋根のある小屋を造ることさえできない。
 近付いて由奈を撫でる。「挑戦してみようか」。私は部屋に戻ると、第一候補に考えていた自治体の応募ページを開き、募集要項の詳細の確認を始めた。

── 第5章 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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