第三章 脚本選び
一
図書館は、静かだった。
見渡す限り、書架が続いている。中心には、ひと際荘厳な正典の棚。その周りを、数えきれないほどの偽典の棚が取り巻いている。
図書館になってから、棚の様子が変わった。結末が悲劇で終わる物語が、目に見えて増えている。頁を開けば、余白には相変わらず、違う世界の誰かの書き込みがあった。
カイの能力は、本人の意思に呼応するように進化していた。
相手に合わせて、一冊を選ぶ。その人物の上に降ろす。剥がれれば、それで終わり。あの男と戦った時でさえ、使ったのはたった二冊だった。呪いを受けた少女の物語と、不幸運王の物語。二冊とも剥がされ、棚から消えた。
足りなかったのだ。
今なら。今なら、あの男を打ち負かすことのできる物語だって、あるかもしれない。
一冊ずつ投げつけて、剥がされるのを見てから、次の一冊を探す。そんなやり方では、あの男には届かない。二冊でダメなら三冊、三冊でダメなら四冊。そうやって小出しにしている間に、あの男の偶然は、こちらの手札を一枚ずつ結末の伏線に並べ直していく。
だから、今度は小出しにはしない。
使えるものは、全部使う。もう同じ失敗は繰り返さない。
カイは考える。選ぶ基準は何であろうか、と。
一つ目。物語としてのクオリティが高いこと。人物の芯に反しすぎた物語は、再現の途中で、その人物自身に打ち破られる。フィロスの時に、それは嫌というほど思い知った。それに、物語の一部分、エピソードではダメだ。途中で切れているものは、最後の一行を過ぎれば元に戻る。最後まで通る物語でなければ、意味がない。
二つ目。組み合わせても破綻しないこと。何冊もの物語を、一人の上に同時に降ろすのだ。一冊が幸運王を痩せ衰えさせ、別の一冊が太らせていたのでは話にならない。物語同士が食い違えば、そこから綻びが生まれる。綻びは、あの男の偶然が入り込む隙間になる。
そしてもう一つ、忘れてはならない規則がある。同じ相手に、同じエピソードは二度通じない。仮に不幸運王の物語が、どこかの棚にもう一冊あったとしても、あの男には二度と通じない。
カイは、一番近くの書架に手を伸ばした。
背表紙に、幸運王の名が見える。隣にも、その隣にも。
あの男の名の入った本は、何冊もあった。人気があるらしい。
カイは、端から一冊ずつ抜き出し始めた。
二
最初の一冊は、よく書けていた。
『次こそは、まず幸運王を』。終幕戦争の最中、終幕楽団の副団長が、何よりも先に幸運王を始末しにかかる話だった。策の組み方に無理がない。人物も、正典で読んだとおりの考え方をしている。結末まで、きちんと悲劇だった。
カイは、最後の頁を閉じてから気づいた。
使えない。
あの戦争は、もう終わっている。正典に書かれたことは、そのとおりに起きた。終幕戦争は正典の中で決着し、その結末は動かない。
降ろすというのは、物語を今ここで再現することだ。過去に置かれた物語は、今ここでは再現しようがない。正典の時代を舞台にした物語は、どれだけよく書けていても、もう起こりえない出来事の記録でしかない。
カイは、その一冊を脇に置いた。
『帰らなかった小舟』。混沌の海を渡るはずだった世界が、四千世界に辿り着かずに沈んでいく話。美しかった。だが、あの世界は正典の中で、とうに合流している。
『間に合わなかった幸運王』。老衰で死んだ後、転生が本当に間に合わず、戦争が負けて終わる話。正典の幸運王は、五才児の姿で戦場にいた。
『恐怖の大王現る。一九九九年七の月、地球消滅』。惑星を割る爆弾が、そのまま起爆する話。正典の中で、それは阻止されている。
脇に置いた本が、一冊、また一冊と積み上がっていった。どれも惜しかった。よく書けているものほど、正典の時代にしっかり根を下ろしていて、今の時代へ連れ出しようがない。
次の束は、そもそも惜しくなかった。
『黒幕コー・オウジ ~全ては私の計算どおりです~』。幸運王が、すべての偶然を裏で計算していた、という話だった。カイは三頁で閉じた。正典の地の文は、あの男の感覚や思考力が一般人の平均並みだと、はっきり書いている。何も考えていない男に、計算はできない。
『幸運王、拳で語る』。非武闘派の男が、加速歩行で敵の群れに突っ込み、拳で殴り倒していく。爽快ではあった。誰の話なのかは、分からなかった。
『嘘つきの幸運王』。幸運王が、涼しい顔で嘘をつく。カイストは、嘘をつけば積み上げた我力が揺らぐ。人物の芯どころか、カイストの土台から外れている。
『コー・オ・ウジの華麗なる事件簿』。名前の表記からして違った。カイは表紙だけ眺めて、脇に置いた。
『最強オリ主、四千世界を無双する』。名前のない主人公が、荒野の主も、蜘蛛男も、一撃で片付けていく。幸運王は三行で退場していた。
カイは、苦笑した。正典に登場もしない人物が、正典の人物を片端から負かしていく。そんな物語が、この世界で通るはずがない。
笑える本も、あった。
『ハッピーグルメ』。幸運王が、四千世界の名店を一軒ずつ訪ね歩く。店ごとに、料理の来歴、火の入れ方、器の選び方まで、長々とうんちくが語られる。そして最後は毎回、あの男が「おいしいですねえ」と言って、全部平らげて終わる。
面白かった。だがどうやら料理のうんちくを書きたいだけの一発ネタのようにも思える。一本の物語としては成立しているが、戦力としては使えない。
そもそも最後まで書かれていないものもあった。
『フロウ、探偵社に就職する』。一話目で飽きて、辞めていた。
『宝くじを外した日』。本文は、一行しかなかった。
『幸運王最後の日』は、第一章のまま止まっていた。『落日の探偵社』は、最後の頁に「次回、ついに幸運王が……」とだけ書かれて、その先がなかった。
途中で終わっている物語は、最後まで再現できない。最後の一行がない物語を、最後の一行まで通すことはできない。完璧な物語の条件を、最初から満たせない本だった。
カイは、それらの本を脇に置いた。
最後に、開きはしたが、使わないと決めた本があった。
『救いの正体』。『リテシア同盟結成譚』。
どちらも、正典がまだ答えを書いていないところに踏み込んでいる。カイは、正典の後書きまで読んでいた。この辺りは、いずれ書かれる気がする。書かれた時に、この物語が正典と食い違っていたら、そこで綻ぶ。綻んだ物語は、最後まで通らない。
二冊目の余白には、違う世界の誰かの書き込みが、びっしりと並んでいた。分かる、とか、読みたい、とか。その中に一つ、ひと際大きな字で書かれたものがあった。
この物語、本編でちゃんと書いてくれ。
カイは、口の端をわずかに上げた。どうやら違う世界にも、同じことを考えている者がいるらしい。
その二冊は脇に置かず、そっと棚に戻した。
様々な本を読んでいく間に、足元には本の山ができていた。
その山はどんどんと高くなっていた。
三
まだ読んでいない本はたくさん残っていた。
カイは一冊ずつ開き、一冊ずつ閉じた。脇に置く本の方が、相変わらずずっと多かった。それでも、閉じた後で手元に残る本が、少しずつ出てきた。
残す本を選ぶうちに、カイは選び方そのものを改めることになった。
最初に外したのは、強い敵をぶつける物語だった。強敵が現れ、幸運王の陣営が敗れる。どれだけ巧みに書かれていても、使えない。正典の中で、ある者が幸運王本人に告げていた。あなたが参加した側の陣営は必ず勝ってきた、と。敵がどれだけ強くても、あの男が加わった時点で、偶然はその陣営を勝たせる方へ転がり出す。
敵を強くしても、意味がない。
狙うべきは、敵ではない。あの男の偶然が勝ちを運んでくるための、条件の方だ。偶然を動かすには、代償が要る。偶然は、あの男の願いで動く。勝たせるのは、あの男が参加した側の陣営だ。そして、そもそも陣営というものを持たない相手なら、偶然には勝たせる側がない。
次に外したのは、あの男一人を不幸にする物語だった。
正典の中で、幸運王は自分の望みをこう語っていた。途中に色々と苦労したりひどいことが起きたりしたとしても、最後には満足して幸せになる、と。
そして、必ずしも登場人物の全員が幸せになる訳ではない、とも。
あの男は、自分が傷つくことを悲劇だとは思わない。周りが幸せな結末を迎えるなら、自分一人が損な役回りでも、たぶん満足して笑う。
だから、悲劇は、あの男の上に落とすのではない。結末そのものに落とすのだ。それも、同時にすべて。
カイの手元に、五冊が残った。これこそが、あの男を打ち破るための、主要戦力だった。
『痩せ細る幸運王』。
この物語では、大きな勝負の最中、結末の手前で、幸運王の体重という代償が尽きる。あの男は、偶然を動かすたびに代償を払う。大きな偶然ほど、払う代償も大きい。そして一度に払える代償には、上限がある。その時の体重だ。正典の中でも、五才児の小さな体のあの男は、力を大きく制限されていた。結末の瞬間に要る偶然が、あの男の体重そのものより大きければ、払いようがない。
痩せた体は、時間さえあれば、偶然が勝手に太らせてくれる。この本では、その一瞬で足りなくなる。補填の偶然を待つ暇もなく、ハッピーエンドそのものが崩れる。
正典の中で、あの男は大仕事の前に、偶然に先回りされて二百キロを超えるまで太らされていた。だがこの物語の勝負は、前触れなしにやって来る。それに、人の体が抱えられる肉には、限りがある。結末の瞬間に要る偶然は、どれだけ太った体でも払いきれないほど大きい。
『万民の幸福、ふたたび』。
ある依頼人が、探偵社を訪ねてくる。自分の町の人々を、幸せにしてほしい、と。あの男は、うーむ、と一度だけ首をひねる。万民の幸福は、もう望まないことにしている。だが、頼まれているのは、小さな町一つだ。それならと、あの男は笑って引き受け、依頼人のために、それを願う。偶然は、願いで動く。小さな町のつもりだった願いを、偶然は国ごと叶えてしまう。人々は幸福のまま、何も食べず、身動きもせず、死んでいく。
正典の中で、あの男は三百億年前に一度、同じ惨劇を引き起こしている。そして、万民の幸福などというものは望まないことにした、と語っている。あの男自身は、今も望んでいない。望んだのは依頼人で、あの男はそれを叶えようとしただけだ。その結末を、あの男がハッピーエンドと受け入れることはない。
『二人の依頼人』。
四千世界のうちの二つの世界が、戦争をしている。それぞれの世界の代表が、同じ日に探偵社を訪ねてくる。二人とも、自分の世界の勝利を頼む。和解も、引き分けも、二人はハッピーエンドとは呼ばない。相手の世界が敗れることだけが、自分たちの幸せな結末なのだ。
あの男はどちらも「ぜひとも」と受ける。そして、二人の依頼人の望むハッピーエンドを、両方とも願う。あの男の偶然は、その願いに従う。だが、片方の勝利は、そのまま、もう片方のハッピーエンドの否定になる。偶然が第三の道を探しに行っても、その先に、二人のどちらかが幸せと呼ぶ結末はない。参加した側の陣営を必ず勝たせる偶然は、両方の陣営に引っ張られて、どちらにも転がれない。結末は、両方の負けになる。
必ず勝たせる、という正典の言葉を、あの男自身にぶつける本だ。
『誰かが払う』。
あの男の偶然が結末を幸せな方へずらす時、ずれた分の不幸は、どこか別の場所へ流れていたのだ、という物語。名前も持たない誰かが、知らないうちにそれを払ってきた。正典の中で、あの男の所員の一人がふと漏らしていた。一般人にも割と犠牲者が出る理由が分かった気がする、と。
この物語では、能力が完成してから三百億年分、溜まりに溜まったその皺寄せが、ある日一度に返ってくる。あの男の目の前の結末は、幸せに終わる。だが、その外側で、世界の方の結末が崩れる。
カイは、この本だけは、少し長く手元に置いていた。広場で聴いた英雄譚の歓呼を、思い出したからだ。
『陳腐な結末』。
偶然が結末をハッピーエンドへずらすたびに、「安易なハッピーエンドは陳腐だ」という空気が悲劇へ書き換える。綱引きの末、空気が勝つ物語。空気は、違う世界から流れ込んでくる。あの男の偶然がどれだけ完璧なハッピーエンドを運んできても、それを陳腐だと断じる。あの男の能力が、その本質を否定される結末。
カイは、その一冊の表紙を、しばらく眺めていた。違う世界に囁いた一言が、こういう形で返ってくるとは思っていなかった。今や図書館となったカイの本棚。その囁きが、最初に呼び込んだ一冊。出来過ぎだ、と思わなくもない。今の君に、それを気にする余裕があるのかい、とカイは自問する。答えは明白だ。使えるものは全部使う、と決めたのだから。
五冊を、並べてみる。
代償。願い。陣営。皺寄せ。そして、陣営のない空気。
どれも、あの男の芯を曲げてはいない。あの男が自分から悲劇を選ぶ物語は、一冊もない。悲劇は、代償から、依頼人の願いから、二つの陣営から、名もない誰かの払いから、空気から、外側から降ってくる。だから、芯に反して打ち破られることはない。
どれも、今のこの時代で再現できる。正典の過去を書き換える物語は、一冊もない。正典がまだ答えを書いていないところにも、踏み込んでいない。
カイの目が、一瞬だけ、一冊の背表紙に止まった。
『誰かが払う』。
そして、五冊はそれぞれ、あの男を支えている柱を、一本ずつ別々に折る。互いに食い違わない。綻びも生まれない。
カイは、選び抜いた本を胸に抱えた。
周りには、選ばれなかった本が高く積み上がっていた。
今度は、小出しにはしない。
まだコメントはありません。最初のひとことをどうぞ。