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PLANET LAND - 彗星から惑星へ -

305,817 字

青春群像劇、家族の物語、成長譚

"彗星のように駆け抜けた日々から、自らの重力で輝く惑星へ。これは、出会いと別れを繰り返し、居場所を見つける若者たちの物語。"

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 第五幕 了

最終回 この星空の真ん中で

 システィーナホールは照明が落とされ、静寂に包まれていた。
 誰もが、先ほどまで繰り広げられた舞台の余韻に浸っている。
 そして、これから訪れる最後の時を、息を潜めて待っていた。

 梨夏が、由美加が、志織が、そして観衆の誰もが、舞台へ目を向けていた。

 最後のブザーの音が鳴ると、ステージを縁取る電飾に、静かに明かりがともった。

 始まりの時と同じように、その光の中で足音が響き、センターステージで止まった。

(さあ、最後やけんね)

「センター、照射します」

 河瀬の操作で、センターステージにスポットライトが照らされると、白いドレスをまとった杏奈の姿が現れた。

 杏奈と河瀬の目が合う。

(ありがとうね、河瀬くん)

 照明席で、河瀬は息をのむ。

(綺麗じゃ、田澤さん) 

 そして杏奈は、天を仰いで目を閉じて、そのままの姿勢でゆっくりと息を吸った。

 その音が、静寂の中にかすかに響く。
 客席で、由美加が小さく呟いた。

「杏奈、大丈夫じゃろうか?」
「セリフ、飛んでないじゃろうか?」

 隣の梨夏が、すぐに返す。

「お母さん、心配しすぎじゃけぇ」

 沈黙が場の緊張を高めて、観客は固唾をのんで舞台を見つめていた。

 そして、杏奈が口を開き、ゆっくりと、言葉を置いていく。

「彗星は……」
「一瞬の眩い光を纏って現れる」

「止まらずに」
「ただ先へ進む」

「私も、同じだった」
「ただ、前へ、前へ」
「その先に、何があるのかが」

「わからないのに」

「そこまでに、何があっても」
「見向きもしない」

「ただ、前へ、前へ」

「私も、同じだった」

 落とされた照明に隠れて、舞台には出演者たちが並んでいた。
 全員が、センターステージの杏奈に注目している。

「止まらずに走り続けた」
「そして、何も得られなかった」
「何も、与えられなかった」

「でも」

「立ち止まった」
「立ち止まって」

「周りを見た」
「見渡した」

 杏奈は、ステージの上でひとつ、ゆっくりと身体を回転させる。

「そこには、あった」
「私の」

「好きな物、好きなこと、好きな人が」

「確かに」
「あった」

「気づいた時、私は立ち止まった」
「立ち止まって」

「感じた」

「そこにいる惑星たちが」
「私を引き寄せたのだと」

 杏奈の胸に、ここまでの記憶が波のように押し寄せてきた。

(聡志くんがくれたコイン)
(峯岸さんがくれた言葉)

「私も、同じようになりたいと思った」
「同じ、惑星に」

(宮坂さんがくれた景色)
(ミナさんがくれた信頼)

「そして、踏み締めた」
「自分の足で、その地を」

「しっかりと」

(ユズさんがくれた希望)
(フタバさんがくれた決意)

「それが、彗星だった私を変えた」

「私を、惑星に変えたのだ」

「走り続ける彗星の頃は」
「周りの景色は見なかった」

「ただ」

「通り過ぎていくだけだった」

「今は違う」

「しっかりと」

「色を持ち」
「形を作っている」

「そのことに」
「やっと、気づいた」

「それは、当たり前のことじゃない」
「小さくもあり」
「大きくもある」

「奇跡」

「自分一人では」
「掴むことも」
「切り開くこともできない」

「未来」

「周りの惑星たちが」
「私を導いてくれた」

「希望」

「そのものだと」
「やっと、気づいた」
 
 客席で、幸弘が小さく呟く。

「杏奈、ほうじゃ」
「お前の存在そのものが……」

 由美加は、傍らの梨夏を抱き寄せた。

「奇跡なんよ」
「お父さんと、お母さんと、梨夏と」
「うちの家族は、奇跡の集まりなんじゃけぇね」

「お姉ちゃんがうちのお姉ちゃんで、うちがお姉ちゃんの妹なんも」
「奇跡」

 志織も、涙を拭いながら舞台を見つめる。

「あなたが聡志と出会い、幸弘さんと再会させてくれたのも」
「奇跡」

 照明席で、河瀬が静かに目を細めた。

「おんなじ年に生まれて、おんなじ学校で、おんなじクラスになったんも」
「奇跡」

 回転舞台の裏側では、雄吾がそっとユズの手を握る。

「久羽乃に来て、久保崎さんやマスターと会って、そして、君とも」
「それも奇跡」

 握られた手に、ユズが小さく頬を染め、はにかみながら、雄吾の横顔を見上げた。
 舞台袖で、瀬良が穏やかに笑う。

「そうだよ」
「集まってるみんなが、ここにいること自体が、奇跡の塊みたいなものなんだよ」

 杏奈は、先ほど聡志から手渡された、形はないが感触だけは残るコイン。
 それを固く握り、胸に当てた。

「私は、後悔はしたくない」

「だけど、動かないまま抱える後悔より、自分で選んだことならば、それは後悔じゃない」

(お父さん、お母さん、梨夏)

「私は怖い」
「間違えることも、笑われることも」

(志織おかあさん、澄水座の皆さん)

「好きになることさえ怖い」

(瀬良さん、田﨑さん、歩美ちゃん)

「それでも」
「私は決める」
 
(プロジェクトPLの皆さん)

「私の人生の舵は」
「私がこの手でしっかり握る」

(峯岸さん)

「だから」
「見ていて」
「私は」
「ここから始める!」

(宮坂さん)

「激しい光を残して、彗星は過ぎ去っていく」

(ユズさん)

「惑星は、その場に立ち止まる」

(ミナさん)

「重力で引かれあい、時に弾き合う」

(フタバさん)

「私の重力は」
「どんなに弾かれて、遠く離れても、必ず引き戻してみせる!」
 
 杏奈は、客席に向かってそっと、片方の手を差し出した。

 「あなたも!」

 梨夏が、はっとしたようにスマホのライトを灯す、それを見て志織と由美加が顔を見合わせて、梨夏に続く。
 ぽつ、ぽつと、やがて光の波となり、客席が一面の星空となっていった。

「あなたも!」
(河瀬くん)

 杏奈は、河瀬の方に向かってもう片方の手を差し出すと、河瀬の両脇の、久島と安積が、彼の肩にそっと手を置いた。

「そして……」
(聡志くん)

 次の一言は、しっかりと噛み締めるように落とした。

「あなたも」
(うちの、大好きな人たち)

 一面の客席を見渡した杏奈は、身を翻して体を回転させる。

「この星空の真ん中で!」
「私は誓う」

「どんなに離れていても!」
「絶対に、引き寄せる!」

「必ず、私のいる」
「この場所へ」

「それが」
「私が私になれる場所」

「これが」
「惑星の大地」

「私が私として輝ける場所」
「ここが」
「PLANET LAND!」
「私が私であり続けるために」
「私は.....ここに.....」

 杏奈の胸に、幾つもの感情が、景色が、言葉が込み上げてきた。
 生まれ育った久羽乃の景色。
 走り続けた高校時代。
 あの日、嬉しくて泣いたローストビーフの詩。
 仲間と作り続けた数々の舞台。
 河瀬と青島の息詰まる熱戦。
 そして今日。
 澄水座が、演劇部が、プロジェクトメンバーが、プラネットランドが作りあげた、この空間。
 その全てへの思いを乗せて最後の言葉が、ゆっくりと落ちた。

「……ここに」

「いる」

 最後の言葉が落ちた瞬間。
 照明が一気に灯った。

 システィーナホールの天井絵と壁画が、まばゆい光の中に浮かび上がる。

 その荘厳な景色の中心に、肩を上下させながら、杏奈は立っていた。
 杏奈がもう一度、両手を高く上げると、最後の壮大な音楽が流れ始めた。

「お姉ちゃん」

 梨夏が立ち上がり、センターステージへ向かうと、その姿に気づき、杏奈が手を差し出した。

「梨夏」

 杏奈は妹の手を取り、ステージへ誘う。
 そして、センターステージの上で、姉妹は強く抱き合った。
 その瞬間、客席から割れんばかりの拍手が巻き起こったのだった。

「うちのお姉ちゃんは最高や」
「最高のお姉ちゃんやけえね」

 杏奈は梨夏を抱きしめたまま、涙をこらえて笑った。

「ありがとう、梨夏」
「うちの妹でおってくれて、ありがとう」

 客席では、由美加が泣き崩れ、その背中を志織がそっとさする。

「本当に、すごい子たちね」
「あなたたちの子供たち」

 志織が幸弘へ目をやると、膝に手を当てて前屈みになり、秀然と健作に背中をさすられていた。
 
 聡志が苦笑すると、ミナが呆れたように視線を向ける。

「まあ、梨夏ちゃんじゃ、しゃあねえか」

「情けないねえ」
「あそこはダッシュで行かなきゃ」

 ユズが意地悪く、笑って言った。

「ハグポイントでは河瀬くんに負けとんで」

「うるさいよ」
「あれは弓構えだからノーカンだ」

 聡志が照明席へ視線を向けると、河瀬と目が合い、軽く手を振ると、河瀬は静かに親指を突き上げた。

「じゃあ、最後の挨拶だよ!」
「みんな花道に整列!」

 瀬良の声に、出演者たちが動き出す。
 四方の花道に並び、全員で深々と一礼した。
 拍手はさらに大きくなり、鳴り止むことはなかった。

 舞台の興奮が冷めやらない空気の中、由美加と志織は正面ホールで向かい合っている。

「それじゃあ、またね」
「絶対連絡ちょうだいね」

「うちの人には会わんでいいの?」

 志織は少し呆れたように笑う。

「不思議な人」
「そういうことを平気で言えちゃうんだもん」

「うちらは、とことん信じ合ってますからね」

「それも、嫌味が全くないんだよね」

 その時、一人の高校生が近づいてきた。

「あの、多辺……志織さん、ですよね?」

 志織が振り向く。

「そうですけど……あなたは?」

 彼は少し緊張した面持ちで、名乗った。

「僕は、片桐沙介といいます」

「……沙介くん?」

「数ヶ月前までは、三島沙介でした」

 志織の表情が、わずかに止まる。

「……三島って? まさか」

 沙介は、まっすぐ志織を見て頷いた。

「三島聡介の、息子です」

 志織の目が大きく見開かれ、その身体は硬直して、沙介から視線を離せなくなった。

「……聡介の?あなたが」

 舞台裏では、撤収作業が始まり、久保崎が作業を見守りながら、幸弘に淡々と告げる。

「田澤君、私は確信したよ」

「何をですか?」

「彼らなら、やってくれるだろう」

「本当に、やる気ですか?」

 久保崎はわずかに口角を上げる。

「そうと決まれば、まずは金策だな」

 その声の先で、スタッフや出演者たちが声を掛け合いながら作業を進めている。
 久保崎は、その光景を静かに見つめ、目を細めた。

「若いっていいねえ」
「未来しか、ないのだから」

 数ヶ月後。
 朝日の中、杏奈は下宿の前で、真新しい自転車を丁寧に磨いていた。
 そこへ、聡志が少し息を弾ませて現れる。

「おはようございます、聡志くん」

「杏奈! おはよう」
「て、その自転車……アシスト付きのやつじゃん」
「それ、どうしたの?」

「お父さんが、四国の舞台のお祝いに買ってくれたんです」
「坂が多いから、大変じゃろうって」

「まじで? 丁度良かった、貸して!」

「普通に嫌です」

「頼むよ、一限遅れちゃうよ」

「また必修落としたんですか?」

「頼むよ、また命分けて」

「ダメです」

 そこへ、河瀬が自転車で現れる。

「聡志さん、田澤さん、おはようございます」

「河瀬くん、おはよう」
「河瀬くんも一限?」

「俺は二限からじゃ」
「ちょっと道具の手入れがしとうて」

 それを聞いた杏奈は、にんまりとイタズラっぽく笑った。

「ほじゃ、聡志くんが一限遅れそうなんよ」
「その自転車、貸してあげてくれんね?」

「ほじゃけど……」

 聡志は河瀬に向かって、懇願するように手を合わせる。
 さらに杏奈が口を挟んだ。

「走って足腰鍛えた方が、胴造り(どうづくり)が安定して青島さんに勝てるかもよ」

「なるほど! さすが田澤さんじゃ」
「聡志さん、使うてください! ほじゃ!」

 河瀬は手を挙げ、そのまま駆け出していった。

「ありがとう杏奈……て、ペダル重!」

「気をつけてくださいね〜」

「河瀬く〜ん!」
「やっぱりなし!」
「こんなペダルじゃ坂登れないって!」
「もう見えねー!」

 杏奈は思わず吹き出しながら、二人の背中を見送った。

 これが、私たちの、まだ何者ではない。
 でも、確実に何者かになろうとしている。
 大学生たちの物語。

 人は、その一生を
 全て同じ場所で過ごすことはありません。

 学舎(まなびや)も
 仕事場も
 住む場所も

 何度も何度も
 変わっていきます

 家族
 友人
 恋人
 同僚

 沢山の人達と出会い
 別れを繰り返していきます。

 もし、あなたが今まで
 ただひたすら駆け足で走り続けて来て

 新しい環境で、壁にぶつかり  
 悩み、先に進めなくなった時は

 一度、立ち止まってください。
 自分の足で
 しっかり地面を踏みしめて。

 そして周りを見てください
 しっかりと

 その景色が
 そこにいる人達が

 あなたの助けになるはずです。
 それは、あなたが引き寄せられた
 惑星たち

 そして、あなたと言う惑星の
 重力に引き寄せられた
 あなたの宝物になるはずです。

 そこは
 あなたが、あなたになれる場所

 それが、惑星の大地

 あなたが、あなたを見つける場所

 そこは、PLANET LAND

 あなたが、あなたとして
 もっとも輝いていける
 場所だから
                田澤 杏奈

 PLANET LAND
ー 彗星から惑星へ ー編
 おしまい

── 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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