第二章
正午の鐘が鳴り響く。
東の果ての断崖絶壁。
霧の向こうから、桃太郎が姿を現した。
「本当に一人で来やがったな、桃太郎!」
憐仁郎が狂おしく笑う。
「俺の意識が途切れた瞬間に呪詛が発動する! 俺をしばくこともできず、ただ殺されるために――」
「言ったはずだろ。これは僕たちの家族の問題だって」
桃太郎の背後の霧の中から、山太郎、川太郎、そしておじいさんとおばあさんが姿を現した。
「ハハハ! 全員で来たと!? バカめ、俺をしばいてみろ!」
「違うよ」
桃太郎は静かに言った。
「君を傷つけたりしない。……僕たちは、君を絶対に傷つけない」
山太郎と川太郎が、鋭い口笛を鳴らした。
天が歪み、空間の裂け目から溢れ出した百匹の動物たちが、憐仁郎の周囲を何重もの壁となって埋め尽くした。
「無駄だ! その化け物どもで俺を攻撃すれば、呪詛が発動する!」
「攻撃なんてしない」
動物たちは憐仁郎に爪を立てず、牙を剥くこともない。
ただ厚い肉の壁となり、彼の四方を塞ぎ続けた。
――だが、異変が起きた。
追い詰められ、発狂しかけた憐仁郎が、全身に渦巻く呪詛を一気に爆発させ、手にしたナイフを自らへ向けたのだ。
「一蓮托生だ! 俺ごと全員、地獄へ堕ちろ――っ!」
「……っ!!」
あまりの狂気と想定外の速さに、周囲の動物たちの動きがほんの一瞬、恐怖で怯んだ。
その隙を突かれ、憐仁郎は包囲を抜けようとする。
「桃太郎、危ない! 動物たちを退かせろ! このままでは呪詛が発動する!」
誰かが叫んだ。
しかし、桃太郎は一歩も引かなかった。
彼の瞳に迷いはない。
(ダメだ。ここで少しでも攻撃に転じれば、僕たちはまた『暴力』に屈することになる。
父さんたちが犯した過ちの連鎖を、ここで僕が断ち切るんだ……!)
「退かせない。
攻撃しない限り、あいつは僕たちを傷つけない。
……信じるんだ!」
桃太郎が全身全霊で動物たちの恐怖を押し留め、自らの身体で生じた隙間を塞いだ、その瞬間――。
寸分違わぬタイミングで、霧の向こうから治安維持隊の最上位神聖結界が発動した。
(※呪詛のトリガーである「憐仁郎の意識や自害のシグナル」が遠隔の被害者に届くよりもコンマ早く、結界の空間干渉によってその連動回路そのものを遮断・無力化する――それが桃太郎たちの描いた賭けだった)
眩い白光の術式が憐仁郎の全身を完全に拘束する。
間一髪だった。
「しまっ……! お前ら、最初からこの結界の範囲まで俺を……!」
結界内における魂の連動シグナルは完全に遮断され、憐仁郎の呪詛は永遠に封じられた。
神さえ騙した復讐鬼の計画は、桃太郎の「絶対に傷つけない」という命がけの覚悟によって、その完璧さゆえに無力化されたのだった。
まだコメントはありません。最初のひとことをどうぞ。