第六譚「雲の一閃」
雲行きが変わるのは、いつだって唐突だ。七夕の余韻が残る本丸に、一報が届いた。
近侍である歌仙が皆を集め、主からの言伝を淡々と伝える。
「――鳥羽に時間遡行軍が現れたとの報告が入った。今から名を呼ぶ六振りは、至急準備を整えてくれ」
庭に集まった刀たちは、ざわめきながらも静かに耳を傾けている。不安そうに顔を見合わせる者もいれば、どこ吹く風と余裕を見せる者もいた。
「隊長は……雲生くん。そして副隊長に雲次くん」
その言葉に、雲生は一瞬だけ目を見開いた。まさか自分が――
「蛍丸くん、加州くん、秋田くん、そして青江くん。この六振りで出陣してもらう」
「以上」と歌仙が告げると、周囲の刀たちはそれぞれ元の持ち場へと散っていった。
残された六振り。蛍丸は頭の後ろで手を組みながら、「まあ、楽勝でしょー」と笑う。
「でもさ、なんでまた鳥羽なんだろうね」と、加州は自分の爪を眺めながら言った。
「何はともあれ、準備して、もう一度集まろうか」
雲次がそう言い、雲生に目線を送る。行こう――そう言われた気がして、雲生も黙ってその隣に並んだ。
「私が隊長……主に、良い報告を出来るよう努めねばなりません」
「まあ、初陣とはいえ古株の彼らがついてるし、大丈夫だと思うけど……また力みすぎないようにね?」
「……最善を尽くします」
それぞれが準備を終え、再び集まると歌仙が少し不安そうな顔で言った。
「古株の加州くんたちなら分かると思うが、鳥羽には過去に何度か行っているんだ。だからこそ、慎重に」
最後の一言には部隊を信じる決心がついた様な顔をしていた。
「決して油断はしません。初陣ですし、なおさら」
雲生がそう言うと、「そうだ」と何かを思い出した様に歌仙が懐から何かを取り出し、
「これを」
そう言って渡してきた。
「これは?」
桜色のお守りだった。手縫いだろうか、少し拙い作りだがそれがかえって温もりを感じられた。
「主が不器用なりに作った物さ。徹夜して作っていたよ。最初はこんな拙いもの、って躊躇していたがやはり初陣だし、ということで君に」
お守りは一つしかなかった。雲次の方を見遣ると、特に気にする様子もなく「主から気に入られてるみたいだね」と言った。
「良いなあ、俺も欲しい」
「おれもー」
「君たちにも残念ながら無いよ。雲生くんの分しかもらっていない」
自分の分しかない、時間が無かったからだろうか。しかしそれ以上のことを勘繰ってしまいそうになるのは、どういうことだろうか。
「では諸君、武運を」
*
鳥羽に到着し、周辺の索敵を行うも、異常は見当たらなかった。
「なんもいないじゃん」
蛍丸は気楽な調子でそう言い、先頭を歩いて行く。
「動きすぎても、かえって危ないかもよ」
後方で青江が軽く笑いながら言ったが、蛍丸は「おれ強いから平気だもんー」と意に介さない。
「まあ、実際強いのかもしれないけどさ。雲生たちもいるし、少しは歩調合わせようよ」
青江の隣にいた加州が、前を歩く雲生と雲次をちらりと見ながら呟いた。
「構いません。これも勉強のうちです」
雲生は正面を見据えたまま、きっぱりと答える。その姿に、横を歩く秋田は目を輝かせながら「雲生さんって、すごいなあ」と感心していた。
「ほらー、どこにも隠れてる気配ないよ?」
蛍丸がくるりと振り返り、歩き続ける。
「気配も感じませんね」
「奴らって、そんなに狡猾だったっけ?」
「わかんないよ? こっちを誘導してるのかもしれない」
「わあ、怖い」
そんな会話を交わしていると、不意に秋田が「あっ」と短く声を漏らし、立ち止まった。同時に、蛍丸の背後に時間遡行軍の兵が現れる。
刃を振り下ろそうとするその瞬間、蛍丸は素早く転がって間合いを取り、雲生が即座に抜刀して敵の剣を受け止めた。金属の擦れる甲高い音が、空気を裂くように響き渡る。
その音を皮切りに、周囲から次々と時間遡行軍が姿を現した。
五振りはすぐさま戦闘態勢に入り、否応なく戦いが始まった。加州、青江、秋田は何度も戦場を潜り抜けた歴戦の極。落ち着いた動きで敵を翻弄し、着実に数を減らしていく。蛍丸も大太刀を引き抜き、体勢を立て直すと三体を一閃で斬り伏せた。
一方、雲次はやや苦戦していた。物陰から現れた敵は思いのほか手強く、想定していた動きが通じない。だがすぐに加州が斬り込み、雲次の前に立ちふさがる。
「ありがとう、加州」
「気にしないで。 ……雲生! そっちはどう?」
少し離れた場所で戦っていた雲生は、動きの鋭い敵に手こずっていた。一度距離を取るも、敵はすぐさま間合いを詰めてくる。再び、刃が火花を散らす。
「くっ……これ以上の侵入は許さない!」
強く刀を握りしめて踏み込み、一太刀。
敵は大きく斬られ、そのまま崩れ落ちた。
――勝てた。
そう思った瞬間、雲生の膝が崩れ落ちる。刀を地面に突き立て、座り込むようにして力を抜いた。
「雲生! 大丈夫!?」
駆け寄る雲次。雲生は「大丈夫です」と答えるが、その声はかすかに震えていた。斬られた胸元に手をやるとポケットもかなり裂けていた。その中から取り出したのは、主から貰った桜色のお守り。布地は斬られ、傷ついている。だが、手のひらに乗せたそれは、ほんのりとした温かさを帯びていた。
――主が、私を守ってくださったのか。
そう、雲生は感じた。
雲次も雲生も重傷を負い、秋田と蛍丸は軽傷。この戦いはこれ以上の無理はできないと判断し、部隊は帰還することとなった。
*
こんのすけから情報を受け取って歌仙に皆に伝える様頼んだ。
何だか嫌な予感がしていた。
待つ側はどんなに辛いか、それでも今後の為にも策を練らなければならない。
雲生と雲次をはじめに編成に置いたのは単純な経験値稼ぎだ。後方支援には修行を経た四振りを置いたが、それでもどうなるのか予想はつかない。これで少しでも二振りが次へ繋がる様になれるなら今後はもっと編成が組みやすくなるだろう。次の戦闘にも雲生と雲次それぞれ向かわせ、後方支援に他の刀をあわせればいい。
一先ずはただ無事を祈るだけ……あんなに拙いお守りでも効果はあるのだろうか。
お守りを作ったのは正直自分でも解らない。だが、これを渡すなら雲生に渡したいと思っていた。元々裁縫は全くの初心者だが、戦場へ送るのなら持たせるべきだと。ただ、彼だけを特別視している様にも思えて、それだけはいけないのではないかと考えてしまう。
……そう言えば、寝ていなかった。歌仙には顔色が悪いと怒られてしまったし、少しだけ目を瞑ろう。
そうしてどれくらい経ったか、部屋の外が騒がしい気がして目が覚めた。
部屋を出て、縁側を歩いていると、歌仙と薬研が何やら話していた。
「なにしてんの?」
声を掛けると、「ああ、主」とこちらに気付いた歌仙が駆け寄って来た。
「もしかしたら雲生くんと雲次くんは初陣だし、重傷を負っている可能性があるのではないかと思ってね。薬研くんに手入れ部屋の確認をしていたんだ」
「大将、手入れ部屋はすぐ使えるが、二人が限界だぜ」
「じゃあ重傷な方に先に使って、終わり次第他の子に使えば良いよ」
「……そうだな」
薬研はどこか遠い目をしていた。主は普段、刀剣男士たちに対しては人間として接するが、戦闘となると「刀」として扱う様になる。ぞんざいに扱うわけではないが、何か「道具」としてしか見ていない様にも見える温度差に、慣れていたつもりだったが少し思うところがあった。
あっ、と歌仙は徐に言う。
「彼らが帰ってきたよ。主、君も行くよ」
え、と驚きと戸惑いで掠れた声が出たが、構わず歌仙に手を引かれるまま玄関口へ走った。
歌仙と薬研と共に玄関口へ向かったが、六振りの内、やはり初陣だった雲生と雲次が重傷を負っていた。とはいえ雲次の方がまだ傷は浅い様にも見える。雲生が庇ったのだろうか、無闇に先陣を切る様な人には見えないが、実際に一番深傷を負っているのが雲生だった。
「雲生、えっ、どうしたの」
雲次の肩を借りて立つ雲生に思わず駆け寄った。
「ごめん主、おれが油断したせいで、雲生が代わりに傷負っちゃったんだ」
申し訳なさそうに蛍丸は言った。
「いえ……私の、力不足によるものですから。蛍丸さんは、悪くありませんよ」
その身体に刻まれた傷を見た瞬間、どくんと胸が強く脈打った。他の刀たちが重傷を負っても正直な話そこまで感情が動くことがなかった。けれど、今は不思議な気分だ。 ――どうして、こんなことになった? 僕のせい?
「主、大丈夫ですか?」
ふと顔を上げると、傷を負って辛いだろうに雲生は心配そうにこちらを見ていた。
「え、あ、えっと」
何をしているのだろう。恥ずかしくなってきた。
思わず顔を逸らし、傷に触れようとした手を下ろした。そのまま何も言えず、逃げ出してしまった。
呼び止める声が聞こえた気がしたが、何も聞こえない、ただ闇雲に逃げた。
廊下を曲がり、誰もいない縁側に腰を下ろした。
上がった心拍を整え、心を落ち着かせようとする。けれどずっと胸の奥がざわざわしている。
――あんな風に誰かの傷を見て怖くなったのは初めてだ。僕は、「刀」を戦場へ向かわせた。ただそれだけなのに、どうしてこんなに、苦しいんだろう。解らない、怖い。
蹲ってただ落ち着くのを待っていた。
「主?」
すると背後から声がした。安定の声だった。
「隣座って良い?」
答える間も無く、安定は「よいしょ」と言いながら隣に腰掛けた。
「どうしたの? 迎えに行ったんじゃないの?」
顔を覗き込む様に柔い口調で聞いてきた。
「そう、でも、僕……」
「やっぱり怪我してた? まあ最初はしょうがないよね。主、前は結構、重傷の人がいても冷静に手入れ部屋にぶち込んでたよね。 ……もしかして、雲生のことがよほど気に入ってるとか?」
安定のその言葉にはっとして顔を上げた。
「え、え? なんで」
「なんでって、そりゃあ判るよ。だって主、雲生に対してだけ態度全然違うし。なんて言うか、すごい女の子みたい」
「一応女ですけど……」
愉快そうに言う安定に少し呆れてしまうが、そうか、自分にはそんな一面があるのかと納得していた。
「まあでもさ、良いんじゃない? 沖田くんとか土方さんとか近藤さんだって自分にとっての大事なお気に入りの刀がいたわけだし、審神者である主にもそういう刀がいたって不思議じゃないと思うけどな。僕は別に良いと思うよ? 他の人がどう思うかはわかんないけどね、少なくても雲生たちが来てからのことはほとんどの人が一部始終知ってるし、多分皆分かってると思うな」
誰が広めたんだろうと思うが、何と無く予想はついてしまった。
ただ、なんだか腑に落ちた気がした。安定の言葉が思っていた以上に胸に響いた。
――「雲生」に特別な感情があるのかもしれない……?
そんな事を考えたのは初めてだ。だが本当に良いのかと疑問は消えなかった。
「多分もう手入れ部屋にいるんじゃないかな。行ってみよっか」
安定はそう言って無理矢理に御影の手を取り、手入れ部屋へ向かった。
「ちょっと……!」
手入れ部屋の前には秋田と蛍丸が順番を待つ為椅子に座っていた。
「あ、主君!」
「主だ、それに安定も?」
「主がうだうだしてたから連れて来ちゃった。雲生いる?」
単刀直入すぎないだろうか。
「いるよー。でもなんかさっきより元気ないかも」
「そうなの?」
やはり逃げたせいだろうか、余計に傷つけてしまったのだろうか。
ひたすら床の木目と睨めっこしていると、安定に手を引っ張られた。
「わっ」
「はい、じゃあ行っておいで」
「え⁉︎ え、まって」
そう言って手入れ部屋の中へ押し込まれてしまった。
まだコメントはありません。最初のひとことをどうぞ。