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literalconnotation ─ なみだの魔法円から現れたのはあたしでした。

連載中(書きかけ)

有城 砂卯

33,329 字

異世界ファンタジー、自己再生の物語

"涙の魔法円から現れたのは、新しい『あたし』だった。これは、傷つき、そして再生する魂の物語。"

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・4/fatum≠destino:不可避は目的地ではない

 吐き癖は褒められたもんではない。
 胃酸で歯は溶けるし、内臓を荒らす。
 わかってるのよ。
 わかってはいるの。
 
 でもね。
 吐けばスッキリするという習慣がついているの。

 ――だから。
 吐きたいのに吐けないのって、気持ち悪い。

 思わず、ヴィザーゴさんに繋がれた手を、ぎゅっと掴む。
「苦しい?」
 そう言われて、頷く。

 ヴィザーゴさんは当たり前にあたしを抱き上げて、顔の傍で微笑む。
 それから、こつん、と正面から額と額をつけた。
 超至近距離の美形に照れる暇もない。
 つけた額が、じわっと熱を持った気がする。
 前のぞわぞわな感覚とは違う、脳みそと頭蓋骨の間に隙間が開く様な感覚。

「――」
 ヴィザーゴさんは、額をつけたまま、あたしを見つめると、軽く息を吸って、口の中で呪文を唱え始める。
 ……呪文?なんで、分かるんだ?
「……ビビデバビテブー」
 はいっ?!

 その刹那、目映い光に包まれた。
 ……刹那。
 あえて使おうじゃないか。
 
 それくらい一瞬だった。
 
 ジェットコースターが橋の下を突っ走った感じ。
 新幹線?
 どっちが速いんだっけ。
 
 とにかく、目がつぶれるかと思うような、刺すような明るさに突入した。
 ヴィザーゴさんは、多分微動だにしていない。
 景色だけが凄まじい勢いで通り過ぎる。
 どうなってんだ?
 何かする前に、一言欲しいんですけど。

 景色が止まる。
 光に晒された目が視力を伴わず、なにかいることしかわからない。
 ゆっくりと、眼界が像を結ぶ。
 
 ――――。
 
「ねえ?ヴィザーゴさん?」
「なんでしょう?アキラ……さん?」
「ここ、もしかしてだけど、あたしの部屋で間違いないでしょうか?」
「そうだよ。アキラの部屋」

「それでは、あれはなんでしょう?」
 ヴィザーゴさんにだっこされたまま、目の前の見慣れたものを指差した。
「それは。さあて、ね」

 あたしが、清水の舞台から飛び降りる覚悟で買った、カウチソファー。
 そりゃ、ヴィザーゴさんが寝そべっていたものとは比べ物にならないだろうけど!
 あたしなりに頑張ったんだ。
 そこに、ふんぞりがえるやつがいる。

「誰だ?」
 警戒する、聞き慣れた声。
 あたしのソファーに我が物顔で、座るんじゃねえよ、くそ旦那!
 
「あ、あたしだ」
 聞き慣れない声の、聞き慣れた口調。
 旦那に寄り添いあたしを見る、あたし。
 
「この子、ちっさいときのあたしだ」
 その言葉に、旦那は隣のあたしと、ヴィザーゴさんに抱っこされてるあたしを、しきりに見比べる。

 旦那と知り合ったのは、高校の時。
 だから、今のあたしに気付かなくても仕方ないんだけど、この女、なんでこんなに冷静なんだ?
 
「アキラだからじゃない?」
 ヴィザーゴさん……身も蓋もない。

 旦那に寄り添うあたしは、大きなケロイドを隠すことなく露わにしていた。
 あたしの視線の先に気が付いたあたしは、ケロイドに触れ、旦那を見た。

「こんなの、下手に隠さないで慣らせば良かったのに」
 隣の男、うろたえてますぜ?お姉さん。
 あたしもだけど。
「でも」
 どうしても口ごもる。
 このあたしは、あたしじゃないのか?
 
「アキラだよ」

 ヴィザーゴさんの、なんの迷いもない声。
 これを見せに連れてきてくれたんだろうから、それはそうか。
 なにもわかってない旦那は、おろおろとするだけで、隣にいるあたしは、すっと澄ましている。
 
「あたしね。旦那の浮気が頭に来て、腹いせにここから飛び降りたの」
 旦那の隣のあたしが、愛しげに旦那の顔を撫でながら、話し始めた。
「マンションの五階。そこのベランダから。だって、不倫を問い詰めたら、訳のわかんないことばかり言い出すんだもの。終いには俺のこと好きだったの?ですって。ばっかじゃないの」

 あーなんか、あたしだわ。
 五階そこから飛び降りようとは思わないけど。

「でも、気が付いたら目の前で旦那が泣いてるの。顔ぐちゃぐちゃにして。あたしの旦那は泣きもしなかったのに。ねえ?これ、貰ってもいい?」
 なんだかなぁ。
 所在ない旦那は、隣のあたしの肩を抱いた。
 ずっと、触れもしなかったケロイドに、手が掛かってる。

「それは構わないけど、そんなんでいいの?折角、生まれ変わったのに」
 生まれ変わり、なのかね?
 転移なのかも知れないけど。
 あたしなら分かるだろう。

「生まれ変わり?ああ、そうなんだ。でもあたし、こう見えても“この人”のこと、好きなのよね」

 うーん……どうしたもんだろう?
 ヴィザーゴさんの顔を覗くと、
「ん?」
 って、顔された。
 それは、どっちなんでしょう。
 ……多分どっちでもないんだろうね。
 なら!
 好きにおやりと受け取ったぜ。
 殴る!

「……ヴィザーゴさん。あたしのお願い、受け取って!」
「Accipio」

 あたしは旦那に飛び掛かった。

 ――だってね。
 今のあたしが殴ったところで、やつにダメージは与えられないと思ったの。
 もともと、人なんて殴ったことないし。
 ただでさえか弱い女性が、幼女と化してるのよ、ほほほ。

 そんなとき、先人たちは“全身のバネ”で、相手を粉砕した、ことを思い出したの。
 全身のバネ。
 それがどこにあるかわからないけど、最大限に引き出せるように、ヴィザーゴさんにお願いしたわけ。
「了解」
 の声に、ヴィザーゴさんの腕から思い切り飛び掛かって、右ストレートを決めてやった。
 ふふ。

 ん。
 どうやら、あたしの全身も粉砕したっぽいね。
 床に這いつくばってしまっているよ。
 情けない。
 
「だって、アキラ。反動のことは言わなかったじゃない」
 ええ、そうですとも。
 人を殴るって、こんなに反動がくるとは知りませんでした。

「バカだねぇ。こんな男のために、そんなにならなくていいじゃない。スカッとはしたけど」
 頑張って頭だけ上げると、気を失った旦那をあたしが介抱してる。
 うわっ、鼻血。
 
「お気に入りのソファーに、鼻血がついちゃった」
 あたしがそう言うと、大人なあたしが笑った。
「受領印としておくよ。で、いい?」
 ん……
「不束な旦那ですが、よろしくお願いします」
「ん、知ってる」

 ヴィザーゴさんが、あたしを荷物みたいに担ぐ。
 だよねー。
 腕はだらんとしてるし、背も伸ばせない。
 糸の切れたマリオネットだ。

「ねえ?……幸せになれ」
「ん、だね」
 
「こいつさ、万年補欠で使えないけど、暖めてくれると思うよ」
「ぷっ。なにそれ。あたしの旦那は一度だけ試合に出たな。地方の三回戦。いわゆる三年のサービス打席」
 
「監督、随分英断したね」
「キャッチャーフライだったけどね」
 
「……ピッチャーじゃなくて?」
「そ」
 
「あーあ。なんだかねぇ……猿で、バカでどうしようもないけど、見ようによっては優しいから」
「だね」

 体の中に、じわじわと暖かいものが流れてきてる。
 ヴィザーゴさんの肩に頭を預けて、目を閉じる。
 
「……ぎゃーてーぎゃーてーはらぎゃーてー」
 ヴィザーゴさん……それって。

 睫毛の間から、あたしが手を振ってるのが見えた。
 ん。幸せになれ。
 あたしは、ソイツのために死にたくはないもの。

 あたしは、ヴィザーゴさんに頭からマントを掛けられていた。
 来た時は一瞬だったけど、帰りは随分時間がかかるのね。
 呪文の違いじゃない?

 で、元いた厨房に戻ってきた。
 料理途中の兎さんは、未だ内臓がこんにちわしていて、あまり時間がたってないのかな?と思った。

 と。

 ずんと視界が急降下する。
 もっと丁寧に下ろしてくださらない?
 ……って、え?
 ヴィザーゴさん、倒れちゃってる。
 え?え?
 
 さすがになす術もなく、あわあわと狼狽する。
 ヴェーロさんも、ルーモさんもこちらを見てるけど、作業を止める様子もない。
 それどころか、はあああって大きな溜め息を漏らして、すっと手を上げた。
 
 厨房に、ぱちん、ぱちん、と音が響く。
 ピトス。
 ヴェーロさんが鳴らして。
 持ってた天板を竈に入れてから、ルーモさんが鳴らして。
 ん。天板は持ったままだと危ないもんね。

 ヴェーロさんがぱちぱちぱち、て連続で鳴らす。
 おお、ファルーカだ。
 じゃなくて、気のせいかな?あたしに温かいのが流れてませんか?
 
 ヴェーロさんを見ると、石臼の中身をぺろって舐めて、のっそりとあたしに近づいてきた。

 ヴィザーゴさんの傍らで、座り込むあたしの肩に手を乗せて、息を吐く。

『聞こえるか?』
 どわっ。
 重低音の、見た目に違わぬお声。
 その声が脳に直接って、イヤホンなんてお呼びじゃないくらい腰に響きましてよ。

『ここで俺は、メルには入れないから一方的に話すぞ』
 あれ?
『これは――ヴィザーゴは単に腹が減っただけだから、放っておけ。むしろメルの方がぼろぼろだ。なにをすればこんなになる』
 なにをすれば……
 んーと。

「旦那殴ってきました」

●bookmark = pause ∧ ¬end

 自由落下の重力加速度
 おおよそ9.8m/s²

 五階からの時間
 √(2×五階分÷9.8m/s²)=おおよそ二秒弱。

 あと二秒弱で、あたしは死ぬ。
 はずだ。

 めくるめく、走馬燈。
 本当に見るのだね。
 噂には聞いていたけど。
 一生分の二秒。

 って、……長くない?

 あたしなのに、あたしじゃない。
 経験したことの無いことも走馬燈で見るものなの?

 高校の時。
 グラウンドで真っ黒に日焼けして、汗と埃にまみれて練習する彼の――投げたボールから指の離れる瞬間の、ぴって反る中指と人差し指、そこから流れる手首のライン、肘の角度に、ほぼ一目惚れして、
 そしたら告白されて、
 運命なんか感じちゃって。

 卒業までは清いお付き合いで。
 まあ、キスはしたけど。
 けど。
 その先を躊躇したのは、肩の火傷。
 あまりきれいなものではないからね。

 なのに。
 彼の存在のないあたし。
 彼と付き合ってないあたし。
 運命ってなんだろう。
 
 浮気したやつを問い詰めたあたし。
 消えるあたし。
 似て非なるあたし。
 
 走馬燈が、次々にフラッシュバックする。

 地面が迫って、ああ、ついにと思ったら。
 弾かれた。
 
 そして、目の前には顔をぐちゃぐちゃにした、彼がいた。
 ……?
 開き直って、口汚くあたしを罵倒して、出ていかなかったっけ?
 何でまだいるの。
 ここは、あたしのマンションだよ?

「……ごめん、ごめん。ごめんなさい」
 この世に他の言葉が無いみたいに、謝り続け、涙と鼻水を撒き散らしてる。

 いいな。
 こんなに泣いて貰えてるのに、あたしはどこに消えたんだろう。

 あたしは、手をグーパーグーパーと閉じたり開いたりして、眺める。
 ん、動かせる。
 あたしの意思で動かしているから、あたしだ。

 その手を彼の頬に伸ばす。
「ねえ?あなただあれ?」
 その言葉を聞いた彼は、思いっきり目をひんむいて、そして。
「ごめんよぉ、ごめんよぉ」と、再び泣き出した。
 ……面白れーな、これ。

「あー、ごめん、そうじゃなくて、あなた、明楽くん?」
「き、君も明楽じゃないかぁ!メルぅ」
 ふうん、そうなんだ。

 あたしは、明楽メルのままでいいんだ。
 

  
 
 

── 第6章 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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