第五章 正直な男
オットーが首都の議場に足を踏み入れたのは、二十八歳の春だった。
地方の小貴族の家の出身。家名に華はない。だが、領内の農民たちはこの男を推した。 大学では経済学を、そして十二進法の論理を学んだ。
何より、生来の大柄な身体と、鋭く、かつ思慮深さを感じさせる眼。
二十代の若さに似つかわしくないその佇まいは、領民の期待を背負うには十分だった。
宰相クレメンスの名は、首都に着く前から知っていた。
「会議を踊らせる男」そう聞いていた。褒め言葉なのか皮肉なのか、わからない。オットーはそう思っていた。
議場で初めて見たクレメンスは、小さな男だった。
オットーは初めて議場に立ち、通商規制の質疑を行った。
十二進法の、制度としての導入を主張した。通商の前線である港湾だけでなく、内陸の市場でも十二の度量衡を正式に認めるべきだ、と。
十二進法の利便性は明らかだ。港湾都市と内陸部という国内で、「通訳」をしている余裕などない、と。
若い議員の直言として、議場にはざわめきが走った。
議場の後、廊下でクレメンスに呼び止められた。
「先ほどの質疑。なかなか面白かった」
宰相が新人議員に声をかける。それ自体は珍しいことではないらしい。
だがオットーは、この男の「面白かった」が額面通りではないことは察した。
「ありがとうございます。宰相閣下」
「閣下はやめろ。議場の中だけで十分だ。立場を決められるのは、肩が凝る」
軽い言い方だった。だがその軽さの中に、何か測るような気配を、オットーは感じた。
「君は十二進法を、美しいと思っているか?」
唐突なクレメンスの質問に、オットーは一瞬、目を泳がせた。
オットーは、十四の土地で育った。村の畑は十四の区割りで、境界は曖昧で、畑と林の間に誰のものでもない草地があった。子供の頃、その草地で遊んだ。誰の土地でもないから、誰も咎めなかった。
「数を数えることについて、美しさなど考えたことはありません」
オットーはそう答えた。
「そうか。では質問を変えよう。十二進法を、好ましいと思っているか」
「……それは、難しい問いです。私は大学で十二進法を学び、その効率を知っています。ただ、好ましいかと言われれば、そうではありません」
「正直だな」
クレメンスは笑みを浮かべると、オットーの七本の指に手を添えて、言った。
「オットー君。正直なだけでは、守れない。割り切れない均衡を、保てない。覚えておいてくれ」
しばらく、動けなかった。
小さな男だった。しかしオットーははるかに見上げる感覚を、覚えた。
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