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○○がない

奥井晴弥

30,923 字

企業成長物語、群像劇、ヒューマンドラマ

"言葉にできない「らしさ」を求めて、中小企業が辿り着いた答えとは。"

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第六話 工夫がない

出荷のパートさんに二時間分の仕事を指示して、倉庫を出た。

先週、社長から会議に集まるようにとメールをもらった。
宛先は僕の他に田所さん、佐藤さん、坂上さん。
それぞれ主任とか係長とか課長とかそういう肩書を、会社からもらっとる。
別に何々課とか何々係があるわけやない。
でもうちの会社では中堅どころになると、そういう役職をもらう。
それがどういうことかはっきり教えてもらったことはないけど、たぶん、そういう意識を持って仕事せえ、という意味やと思う。
もちろん、役職の手当はもらっとるから、それなりに責任は感じとるし、それだけの仕事はしとると思っとる。

倉庫の仕事で、五人のパートさん全員に二時間ぶんの仕事を指示して現場を離れられるのは、うちの会社には自分しかおらへんやろ、そう思っとる。

僕も初めの頃は、会長に、よう注意された。
 ──箱を積み上げるときは互い違いに積め。そうした方が崩れへん。
 ──商品の置き場所はよく考えなあかん。出し入れが多いもんを遠くに置いたら、その分疲れるやろ。
 ──営業が自分らで運ぶ商品はできるだけきれいな箱を選んだらなあかん。うちの営業が、お客さんを軽く見とると思われるやろ。

注意されるのは、嫌やなかった。
会長はいつも、それがあかんのは何故か、一緒に教えてくれたからや。
どうしたら仕事がうまく進むのか、何を工夫すれば良いのか、会長の言うたことから、僕は学ぶことができた。

気がついたら、いろんなことの「工夫」が見えるようになっとった。
商品の梱包箱がたいてい真四角やなくて長方形になっとるのが何故か。その理由もわかった。

僕が入社したのは二十年も前になるけど、その頃会長は毎月のように自社商品を開発して、どんどん売り出しとった。
その頃、会長によう聞かれた。
 ──黒木、これ、どのお客さんなら扱うてくれるやろか。
 ──黒木、これ、どのぐらい売れると思う?
 ──黒木、この梱包、どないしたら良い?
 ──黒木、これ、どこの工場で作ってもらうのが良いやろか。
なんでそんなことを僕に聞くのかわからんかったけど、いつの間にか、自分から先に、聞くようになっとった。
仕事がうまくいくよう工夫するには、そういうことを聞いとかなあかん。そう考える癖がついた。
あと、実際ほとんど触る機会はないけど、工場の射出成形機の使い方も教えてもらった。
だから発注先の工場がどうしたら気持ちよく仕事を受けてくれるかも、なんとなく、わかる。

これが全部できるのは、今はたぶん、うちの会社には僕しかおらへん。
でも、僕がおらんでもうまく仕事が回るのはたぶん、二時間ぐらいが限界かもしれん。

会議室に入ると、スーツを着た男の人がおった。
僕らは社長もみんな、ムライ化工の社名、それぞれの苗字の刺繍が入った、作業用のジャンパーを着とるから、よその人が来たらすぐわかる。
香田さん。経営コンサルタントの先生っちゅうことやった。

会議が始まった。
香田さんはホワイトボードに「パーパス策定プロジェクト会議」と書いた。
マーカーが少し掠れかけとるのがわかった。
あのぐらいのマーカーを現場で使って申し送りを書いとったら、ミスの原因になる。社長は気にならんのやろうか。

パーパスというのは会社の存在意義とか達成したい目的とか、そういうものを端的な言葉で言い表すことらしい。
──そもそも、そういうテーマやったら先週のメールの時点で知らせておいてくれたら、僕らもいろいろ考えてこれたはずやんか。
こんな段取り、会長なら真っ先に注意するで。工夫せな、言うて。
社長も忙しいのはわかるし、いろいろ気ぃ遣うてはるのもわかるけど、これはあかん。

田所さんの携帯が鳴って、廊下に出ていった。何や、さっきからソワソワしとったもんな。
会議の前に、お客さんと大事な話でもしとったんやと思うわ。
まあ、相手がおることやから仕方ないけど、もうちょっと工夫でけへんかな……後で田所さんに聞いてみよ。

ただ、このせいで会議が長引いたら困る……二時間分しかパートさんに仕事を指示してへんから。

──「すぐ持っていきますわ」
田所さんが明るい声で言って、戻ってきた。たぶんこのすぐ後に、配達に出るんやろな。綺麗な箱を用意してあげなあかんわ。

とにかく、早く会議が終わってもらわな困る。
もうちょっと段取り工夫できませんか?と言いたくてしゃあないけど、黙っとこ。
今日はそれが、一番良さそうや。

社長が、会社の沿革やらをしゃべり始めた。
「うちの商品は、日常の小さな不満をすくい上げる、そういう工夫の塊なんです。ただの思いつきじゃない。『工夫すること』はムライ化工のDNAだと思う」
そんなことを言った。

たしかにそのとおりや。
でも、この会議の進め方はちょっと工夫が足らんけど。

次回までに一人三つ、「うちらしさを表す言葉」を考えてくる、そういう宿題が出た。
どうしよか。ただ宿題考えるだけやなくて、進め方も提案しよかな。

言われてみたら、僕は毎日工夫しとる。
あまり、考えとらんかったけど。
会長が教えてくれたのはたぶん、工夫するならできるだけ先回りしといた方が良い、っちゅうことや。
──でも、後から工夫した方が、たぶん工夫しとるように見えるんよな……難儀なことやで。

── 第6章 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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