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気持ちは嬉しいけど迷惑です!

22,990 字

オフィスラブコメディ

"冴えない天才と、迷惑な乙女心。大手ゼネコンで始まる、予測不能な恋の設計図!"

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 第5話 調子の良い人

 
「それでは、永本萌華さんの配属と……」
「守原さんの助っ人参加を祝して……」
「乾杯!」
 
「かんぱーい」
 
 居酒屋では、建築積算課一同と省伍が卓を囲み、なぜか安嶋の音頭のもと、全員がグラスを高々と掲げた。
 本来なら課長の安川が音頭を取るべきだが、彼は険しい顔で、携帯の画面を食い入るように見ていた。
 
「……はあ、やっと予約取れたのに、アリサちゃん」
「ねえ、ここに呼んじゃ……だめ?」
 
 周囲の社員は、苦笑いで首を振るだけだ。
 その向かいには、省伍と萌華が並んで座っているが、特に目を合わせることはなく。
 正面の安川を無表情で眺める省吾だった。
 
「ねえねえ、永本さん」
「派遣期間、どれくらい?」
 
 ぴくっ。

 萌華の向こう隣に座る安嶋が尋ねると、省伍の耳が微妙に動く。
 
「はい、ひとまず三ヶ月の予定です」
 
「え〜、短〜い」
「もっと居てほしいな〜」
 
 どんどん頭が下がっていく安川を眺めながら、黙々とジョッキを口に運ぶ省伍。
 しかし、しっかりと聞き耳を立てている。
 ざわついた店内で、聴覚に全集中しているようだった。
 
「昼間話した、ライター志望の件」
「いつ声がかかっても良いように、短期にしてもらってるんです」
 
「そっか〜、やりたいことに一生懸命で」
「ほんと、しっかりしてるね」
 
 省伍はまた、黙々と箸を伸ばして料理を口に運ぶ。
 やがて、安嶋の問いが徐々に突っ込んだ内容に変わって来た。
 
「また、なんとかハラになるかもだけど」
「飲みの席だし、ごめんね」
 
「なんですか?」
 
 安嶋はすっと眼鏡をあげて、萌華に顔を近づけ、他の社員たちに気づかれないように、小声で囁いた。
 
「……彼氏」
「いるの?」
 
 ぴくぴくぴくぴく。
 省伍の耳が、激しく動き出した。
 すると、萌華はあっさり答える。
 
「いませんよ」
 
 ぐびぐびぐびぐび。
 ぷはぁ。
 省伍がジョッキのビールで、一気に喉をならし、音を立ててテーブルに置いた。
 思わず、安嶋と萌華が口を閉じて省伍に視線を移した。
 彼はまた、黙々と箸を伸ばすが、その先は皿を飛び越えて、テーブルを突いた。
 
「あの、守原さん?」
 
 依然として、正面を向いたまま、テーブルをカツカツと箸で突く省伍に、二人は顔を見合わせて、首を傾げる。
 
「守原さん!」
 
 すこし張り上げた安嶋の声に動きを止めると、機械のようなギクシャクした動きで、顔を向けた。
 
「は……はい」
 
 か細い声で返すと、不思議そうな顔の安嶋が口を開く。
 
「ビール、おかわり、します?」
 
「はい、お願いします」
 
 安嶋が店員を呼ぶために振り返ると、今度は首が固まってしまったかのように、こちらを向いたままになっている。
 
 ちら、ちら、ちらちら。
 省吾の目だけが、萌華の方を行ったり来たりして、口元がむずむずと動いていた。
 訳がわからないが、これは何か話しかけないと、終わらないと感じた萌華が、話しかけた。
 
「あの、守原さん」
「朝、お見かけしたんですが」
 
 すると、省伍の目が萌華に固定された。
 しかし、言葉は出てこない。
 
「社員証、いつも忘れちゃうんですか?」
 
 今度は顔をしかめて、頭をかき出した。
 
「見られちゃってましたか」
「かっこ悪いな」
 
「写真、見てたって……」

 省吾は長いため息をつく。
 
「いや、鼻毛がね」
 
「鼻毛?」
 
「右の鼻の穴から、一本」
「出てるんです」
「2mmくらい」
 
「は、はぁ」
 
「はい、お待たせ」
 
 安嶋がジョッキを省伍の前に笑顔で置いた。
 
「なんの話してたの?」
 
「守原さんの社員証の話です」
 
 すると、安嶋が表情を崩して頷いた。
 
「あ〜、設計の同期から聞きましたよ」
「守原さん、毎年写真のどっかが気に入らないって」
「今年は何が気に入らないんですか?」
 
「なんだか、鼻毛が、2mm出ているそうです」
 
 吹き出す安嶋。
 
「やだ、何それ?」
「細かすぎじゃないですか?」
 
 つられて、萌華も笑い出すと、真顔のままの省伍が問いかけて来た。
 
「笑えますか?」
 
 二人は、ピタリと止まり恐る恐る省伍の顔を覗く。
 
「……ご、ごめんなさい」
 
「無神経すぎました」
 
 省伍はジョッキを口につけて、またぐびぐびと喉をならした。
 そして二人に向き直る。
 
「良いんですよ、笑ってもらえて」
「俺、面白い話、できるんだ」
 
 何か、妙に納得している省吾に二人はまた不思議な感覚を覚えるが、安嶋が萌華に話し始めた。
 
「守原さんって、うちの設計のエースなの」
「一級持ってて、5年連続で賞を獲っていてね」
 
「はい、先ほどお話してましたよね」
 
 省伍がどこか誇らしげに、鼻の下をさする。
 しかし、安嶋の声のトーンが変わり始める。
 
「図面は精密だし」
「製図は早いし」
「一気に仕上げてくるし」
「おかげで、おかげで……」
 
 手元のサワーをグビリとあおる。
 
「こっちは、見積り地獄よ」
 
 きっと省伍を睨むと、バツの悪そうに肩を縮めた。
 
「すいません」
「図面描き出すと、止まらなくなるもんで」
 
「けど、今日は良かったよ」
「あの、ポマード親父、いい顔してたじゃん」
「スカッとしたー!」
 
 また笑顔になった安嶋は、すっとグラスを差し出すと、省伍はジョッキを手に取り、合わそうとした。
 そして萌華に視線を向ける。
 
「あなたは、しないんですか?」
 
 萌華は、はっとしてグラスを手に取り、そのまま三人で音を鳴らした。
 
 向かいの安川は、相変わらず項垂れてちびりちびりとグラスを口元に運んでいた。
 もう誰も声をかける者はなく、ぽつりと置かれている。
 その時だった。
 
 店内に入ってきたグループの中から、ひとりの若いサラリーマンが、安川の元に駆け寄って来た。
 
「安川課長!」
「いつも、お世話になっております!」
 
 顔を上げた安川の顔が、パッと明るくなった。
 若者は、テーブルを見渡してさらに色めきたってきた。
 
「あれ? よく見たら、みなさんお揃いじゃないですか!」
「偶然ですね〜」
「ご無沙汰してます、嬉しいです」
 
 すると、今度は省伍と目が合うなりいきなり駆け寄ってゆく。
 
「守原さん、守原省伍さんですよね!」
「都市空間デザイン、5年連続金賞の……」
 
「え? まあ、うん、そうだけど」
 
 若者は、膝をついて省伍よりも下の目線になり、流れるような手つきで名刺を差し出した。
 
「お目にかかれて光栄です」
「当社の建材をいつもご贔屓いただいております」
「私、株式会社銘治鉄工営業部……」
 
 省伍の隣にいる、萌華の表情も、固まっていた。
 どことなく、頬を染めているようにも見える。
 
(え? やだ、なんで?)
 
 若者は、省伍の目をしっかりと見据えて名乗った。
 
「林丸雄介です」

 気持ちは嬉しいけど迷惑です!

── 第6章 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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