第6話 プロジェクトPL
会議終了後、外は薄暗い。
学生会館は、サークルメンバー以外の協力団体の面々も加わり、大所帯となっていた。
「と、言うわけで、今回は大ホールでの公演となりました」
杏奈は喉を鳴らす。
入学式で入った広大な空間。
並ぶ座席。
「……あそこで、私、語りを?」
すると、隣のミナが杏奈の肩に手を置いた。
「ま、まあ、気楽に、きらくに、ね……」
いつも冷静なミナの手が、小刻みに震えている。
「大丈夫や!思いっきり声だせるやん!」
「シーンパーイないさー!」
明るくノリに乗るユズ。
宮坂は心底嬉しそうだ。
「ホールだと、音響も照明も高性能だ」
「機材をレンタルする手間が省けるよ」
「あの二人、こう言う時は頼りになんのよ」
呆れたように鼻を鳴らすミナに、緊張がほぐれていく杏奈だった。
「それじゃあ!今回は俺たち演劇サークルだけじゃなく、協力団体も参加してくれるプロジェクトです」
「名付けて……」
聡志が、背後のホワイトボードをひっくり返す。
そこには……
プロジェクトPL
「皆さん!よろしくお願いします!」
この日は、聡志の言葉と、全員の拍手で締められた。
翌日から、公演に向けての準備が進む。
衣装班の打ち合わせ、スケッチブックの上には、黒い甲冑のデザイン画。
峯岸がそれを見つめたまま、腕を組んだ。
「俺が着るラスボスの衣装、黒い甲冑やけど……ヒーローショーみたいにならんかな?」
「確かに」
ミナが素直に頷いた。
峯岸は視線を上げる。
「どっちかって言うたら神様みたいなもんやろ? 外見的な強さより、もっと威厳とか風格とか」
「それでいて、神々しい雰囲気が出せたらどうやろ?」
その言葉に、杏奈がはっとする。
“管理統括システム”。
種として人類を管理する存在。
世界そのものを俯瞰する、巨大な視点。
ミナが、ふっと目を細めた。
「神々しさ……ローブ」
「司祭の衣装みたいだけど、本来はシステム、世界中の人間を管理している存在」
指を弾く。
「世界、いろんな国、いろんな景色、いろんな建物……それだ」
「みんな明日、着ない服とか、使わない布製品」
「できるだけ持って来て。あればあるほど良い!」
衣装班が熱を帯びる一方で、別の机では布とは違う混沌が広がっていた。
ビー玉。
透明ケース。
LEDテープ。
使いかけのCD。
誰かが持ってきた理科室のビーカー。
なぜか金魚鉢。
その中心に、ユズが頭を抱えていた。
「……あかん、収拾つかへんなった」
第二幕、主人公が地下データから見つける起動ディスク。
聡志が、ビー玉を光にかざしながら。
「やっぱりシステム中枢のキーだから、インパクト欲しいよな」
ユズは机に肘をつき、天井を見る。
「そう言うてもな、CDとかしか思い浮かばへん」
杏奈が小さく頷く。
「……統括システムが配備される前の、古いシステムのキーなんですよね」
その言葉にユズの目が光る。
「それや、杏奈ちゃん」
「え?」
「古いシステムなんやろ?やったら思いっきり、原始的にしたらええねん!」
ユズが振り向いて、手を叩いた。
「地下に眠る、削除予定のデータの箱が並んでな、その奥に、ひとつだけ違う素材」
「え?それやったん?て驚くやつ」
「石や!」
「データ社会の中に、石やで、それが当たり!おもろない?」
興奮気味にユズは捲し立てる。
「でな、石の中に、円盤仕込むねん」
「それが起動ディスク」
「パカって開けたら、それが出てくる」
透明のアクリル板を手に取ると、コンパスで円を描いた。
「これを二枚作って、中心に、電飾を埋め込んだら、これ」
複数のビー玉を掌に乗せる。
「これを等間隔で、ぶつからんように仕込むんや、恒星の光に反射して、軌道を回る惑星に見えへん?」
杏奈の目が潤む。
「ユズさん、すごいです」
「ほな決まりや」
ユズは立ち上がる。
「石は発泡スチロールで作って、質感だしたらええ」
「収拾ついたわ〜」
翌日。
学生会館の一角は、まるで古着市場だった。
シャツ、カーテン、古いスカーフ、破れたジーンズ、使い込まれたハンカチ。
「結構あるもんだな」
聡志が山になった布を見下ろす。
「でもこれ、どうすんの?」
ミナは無言でハサミを手に取り、ざくりと正方形に切り出す。
「これを切り出して、パッチワークして、管理システムのローブを作るの」
杏奈が目を見開く。
「ローブ……」
「正確な正方形じゃなくていい。三角でも、丸だっていい。形が不揃いな方がリアルでしょ?」
色も、素材も、厚みも違う布片が、机の上に並んでいく。
「世界は均一じゃない。なのに、システムはそれを一枚に縫い合わせて、管理する」
峯岸がゆっくり息を吐く。
「……それは、スケールでかいな」
「でしょ?」
ミナはにやりと笑う。
杏奈の胸が震える。
世界を貼り合わせたローブ。
すなわち、その中で生きる者の、生活、文化、思想を集めた象徴でもあった。
「じゃあみんな、忙しいところ悪いんだけど、総出でお願いします」
ミナが布を掲げる。
「中には手で引きちぎって、毛羽立たせたのも欲しいかな?」
聡志が不思議そうに返す。
「毛羽立たせる?」
「ほつれは、劣化と時間の経過を表すの」
宮坂が静かに頷く。
「照明で陰影が出るね」
布を裂く音が、あちこちで響き始める。
びり、ざく、と。
峯岸は、切り分けられた布片を一枚手に取り、つぶやいた。
「……これなら、甲冑より強いかもな」
杏奈は思う。
舞台の上で、あのローブが広がったとき。
それはきっと、この物語そのものを表現するものになると。
布を裂く音。
カッターの刃がアクリルをなぞる音。
誰かの笑い声。
その全部が、混ざり合っていた。
杏奈は、少し離れたところからその光景を見つめる。
最初は、自分だけの、夜中に一人で打ち込んだ物語だった。
通り過ぎる彗星だった自分が、留まろうとした物語。
それが今、目の前で具体的な姿になって行く。
杏奈は胸の奥で、そっとつぶやいた。
(うちが書いた、PLANET LANDが……)
仲間たちが、時には真剣に、時には笑い合いながら、新しいものを作る姿が目の前に広がる。
(もう、うちだけのもんじゃない)
寂しい思いも確かにある。
しかし、それよりずっと大きな感情が、胸を満たして行った。
(みんなが、それぞれのストーリーを持っとる)
(それが重なって、ひとつの物語になっていくんじゃな)
杏奈は、ふっと笑う。
(……楽しい)
通り過ぎるのをやめた自分の物語が、みんなの物語になった瞬間。
その中心に、杏奈は立っていた。
その時……
ぱん、と手を叩く音が響いた。
「杏奈」
聡志がまっすぐこちらを見る。
「当日は語り部なんだから、お前は俺と海斗と発声な」
杏奈は目を瞬かせる。
「え……いまからですか?」
峯岸がにやりと笑う。
「ほな、腹式呼吸からや」
「ここで!?」
峯岸が椅子をどける。
「舞台は声が命やろ。ローブも石もええけど、最後に届くのは声や」
聡志が床に立つ。
「ほら、立って」
杏奈は慌てて立ち上がる。
「背筋伸ばして、肩の力抜いて、腹に手当てて」
言われるままに、お腹に手を置く。
「口をすぼめてから吸って、ストローで吸うみたいに」
「胸やなくて、おへそに息を集める意識でな」
「息でお腹を膨らませて、置いた手を跳ね返すんや」
すう、と空気を吸う。
「止める」
「口から、細く長く吐く」
はああああ……。
思ったより長く、息が続く。
「もう一回」
何度か続けるうちに、だんだんコツが掴めてきた。
峯岸が真顔で言う。
「今度は吐く息に声をのせよか?」
「杏奈ちゃんの語り、落ち着いてて、聞き取りやすい、それを遠くまで響かせるようにな」
もう一度繰り返す。
すると聡志が指示を出す。
「第二幕の一行、言ってみ」
「……人間は、管理される種ではありません」
声が、思ったより遠くまで届いた。
峯岸が頷く。
「ええやん」
杏奈は胸に手を当てる。
鼓動が、少し早い。
(うち、自分で書いたお話を語るんじゃな)
物語を書く人間から、届ける人間へ。
「もう一回いくぞ」
その声に、杏奈は笑いながら頷いた。
ひとつのものを、信頼する仲間たちと創り上げることの楽しさを感じながら。
学祭当日の大ホール。
その広い舞台裏は、緊張の色が見え始めていた。
特に峯岸は、右往左往し、深く息を吐いたり、時に何度も、頬をぺしぺしと張る。
落ち着きのなさが手に取るように、伝わっていた。
「峯岸さん、落ち着いてください」
「やっぱり、無理やって……」
「大ホールなんて……」
ホールの空間に峯岸はすっかり呑まれていた。
小道具や背景の配置を確認しながら、肩をすくめるみたいに言った。
「演劇部は屋外でも、回転舞台で場面転換出来るて……」
「すごいもん持ってはるわ」
ミナが、ぽつりと笑った。
「ほんと、劇団かよ」
杏奈は、壁に貼られたポスターを見て、ため息をこぼす。
「……立派なポスターですね」
ユズがニヤリ。
「それな、オカーサンが作ってくれたんやで」
「オカーサン?」
それを受けて、ミナが説明する。
「聡志のお母さん」
「東京で『コメーテスデザインオフィス』って会社を経営してる、グラフィックデザイナー」
「そして、このサークルのスポンサー」
杏奈は言葉を飲んだ。
「……本物じゃないですか」
宮坂が、少しだけ口角を上げる。
杏奈はポスターから目が離せない。
自分たちが作ってきた物の一片が、デザインとなってそこにある。
ユズが振り返り、峯岸に声を張った。
「ほら海斗、ライブ配信。オカーサンも見とるから、シャキッとしいや!」
その瞬間、峯岸が顔をしかめた。
「余計に緊張するわ! ドアホ」
そのとき、背後からふっと影が差した。
聡志が、杏奈の頭にぽん、と手を置く。
「そう言う杏奈はどうなんだ?」
杏奈は少しだけ顔を上げる。
「聡志さんは落ち着いてますよね」
「かなりビビってるよ」
「だから話しかけたんじゃん」
杏奈は、少しだけ目を細めた。
「……そうなんですか」
聡志は、ふと思い出したように続ける。
「あとさ」
「なんですか?」
「“さん”づけと敬語、そろそろやめにしてくれね?」
「うちは体育会系じゃないんだし」
杏奈は即答する。
「敬語は無理です」
「なんで?」
「方言になってしまいます」
聡志は一瞬きょとんとして、それから笑った。
「それはそれで良いんだけど……まいっか。じゃあ、さん付けの方」
杏奈は少し考える。
「……多辺くん?」
「そっち? 他の奴らみんな“聡志”って呼んでんのに、苗字だったら自分のことかわかんないよ」
杏奈は、ゆっくりと聡志の目を見る。
ほんの少しだけ、息を吸うと。
「……じゃあ……聡志……くん?」
時間が止まる。
「どうしました? 聡志くん?」
「いや、はは……」
「てことで、語り、頑張ってな」
それだけ言って、聡志はくるりと背を向けると、早足で歩き出していった。
(やべえ)
(あれ、やべえ)
(半端ねえ。破壊力、半端ねえ)
(なんだこれ?)
「なんだこれーーーー!」
舞台袖の暗闇の中で、聡志は天井を見上げた。
杏奈は、幕の向こうのざわめきが、さっきより少し響くのを感じる。
「……お客さん、来てくれはじめましたね」
ミナは腕を組んでさらっと言う。
「そこは実行委員会と、パフォーマンスをする全ての団体が協力してくれるって」
「どういうことですか?」
ユズが笑う。
「どうやら委員会が、うちらをメインイベントにしとるらしい。芸能人のトークショーよりも。なあ、海斗!」
「だから! これ以上追い詰めんといてくれ!」
掌の"人"を高速で、立て続けに飲み込む峯岸。
宮坂が、杏奈に微笑む。
「君の台本の力だよ」
「え……?」
宮坂は、そこで余計な説明をしない代わりに、声のトーンだけを変えた。
「開演十五分前」
「各自、持ち場の最終チェックだ。行こう!」
空気が引き締まる。
杏奈は一歩だけ遅れて、峯岸の背中を見た。
「峯岸さん、大丈夫でしょうか……」
ミナは肩をすくめる。
「あれは海斗のルーティン」
「心配ないよ」
ユズが小さく笑って、言った。
「ゾーンに入ったあいつ見たら、びびるで〜」
それぞれが、持ち場へ散っていく。
杏奈は足を止めて、幕の向こう側の客席のざわめきに耳を傾けた。
初めての舞台。
自分の書いた、物語を語る。
声が震えたらどうしよう。
言葉に詰まったらどうしよう。
自分自身の緊張も計り知れない。
しかし、目の前で右往左往する峯岸を見ていると、どこか、安心してしまう自分がいた。
(峯岸さんでもああじゃもん)
(うちが緊張するんは、当然よね)
開演まで、あと十五分。
野外ステージでは、演劇部のミュージカルが幕を下ろす。
青空の下、演者が一列に並び、手を繋いで頭を下げた。
マイクを握る司会者。
「ありがとうございました! 引き続いて、文化系サークルの皆さんによる壮大な舞台が行われます」
「ぜひ、大ホールへお運びください!」
舞台では、田﨑が一人の女性に、背中越しに声をかける。
「じゃあ瀬良部長、我々もいきましょうか」
瀬良は、振り返らずに、片手だけを上げた。
武道館では演舞が終わり、同じ案内が流れる。
学内放送も、繰り返す。
――次は、大ホールへ。
弓道部の演舞が終わり、撤収作業が進んでいた。
「芝居か〜早く終わらせておれらも行こうぜ!」
久島主将が、振り向いて声をかける。
「お前も行くか?」
「……河瀬」
声をかけられた河瀬は首を振る。
「……いえ、自分は、まだ道場で練習したいんで」
校内の至る場所に貼られたポスターが、人々を大ホールへと導いていた。
大ホールの客席が埋まっていく。
「すごい、席パンパンやん……うちも緊張してきた」
ユズが客席モニターを見ながら呟く。
「みんなカボチャや」
峯岸が、舞台中心に立った。
頭を下げて目を閉じ、ぶつぶつと繰り返す。
「みんなカボチャや」
「ゾクゾクしてきたね」
ミナが、静かに笑う。
「みんなカボチャや」
宮坂の声が上がる。
「よし、スタンバイ。あと五秒で幕上げるよ」
4
「みんなカボチャや」
3
「みんなカボチャや」
2
「みんなカボチャや」
1
「みんなカボチャや」
開演を知らせるブザーが鳴り響く。
その時、峯岸の目が見開かれた。
機械のような、無機質な視線で低く、冷徹に言葉を落とす。
「.....ヒトは.....種だ!」
ミナが小さく呟く。
「入ったね、ゾーン」
ユズは、舞台を見据えてにやりと笑う。
「うちら、勝つで〜」
幕が上がっていく。
山陰の、久羽乃(くばの)町の洋食処いずみ亭。
入口には「休憩中」の札。
客席の一つにノートPCが置かれ、並んで由美加と梨夏が、見つめていた。
梨夏が、苦笑いでこぼす。
「お父さん、商工会の集まりとか……ついてないね」
由美加が穏やかに返す。
「逆に良かったんやない?」
「泣いて仕事にならんかもしれんけえ」
梨夏は少し考えて、笑った。
「それは、ありえる」
とある病院の一室。
扉の名札には「山根双葉」とある。
個室のベッドで、フタバは体を起こし、スマホの画面を、虚ろな表情で見つめていた。
幕が上がり、舞台に立つ峯岸を見て呟く。
「……海斗」
時を同じくして、東京のビル上層階のフロアにある『コメーテスデザインオフィス』。
社長室の整然としたデスクに腰を下ろし、一人の女性がパソコン画面を見つめていた。
「いよいよね」
スマホを見ると、そこには息子とのメッセージ履歴。
聡志
【すごい作家が入ったんだよ】
【田澤杏奈】
【実家は山陰の方で洋食屋さんなんだって】
【名前?いずみ亭だったかな】
女性の指が止まり、机の上に置かれた古いファイルへそっと手を伸ばす。
茶色く焼けた印刷用紙に表紙の文字。
――彗星群
田澤幸弘
女性は、その名前をゆっくりと指でなぞる。
「こんなことも、あるんだね」
まだコメントはありません。最初のひとことをどうぞ。