第6章
翌週には私は県内南端の、積極的に移住者を募集している町のトライアル移住に申し込み、必要書類の準備を始めた。
現地の物件を借りて短期間の移住体験ができる制度があることは今回初めて知った。トライアルに提供されている物件は4件のみだったが、比較的イメージに近い山間部のものがあった。
悩んだのは必要書類の1つになっていた滞在計画書だ。
滞在期間は考えた末、一週間と記入した。土日を除いて5日。在宅勤務と有給休暇でなんとかできそうなギリギリのラインだ。上司からは睨まれそうだが、もとより実際に移住に際して完全在宅勤務が認められないのであれば退職し、フリーランスの仕事と足りない分はアルバイトで凌ぐつもりだ。
そして、「移住の目的」の欄。由奈のためということを書くと拒絶される可能性があるが、隠して移住し後で問題になる方が厄介だと考え正直に書くことにした。
出勤前に駅前の郵便ポストに書類を入れた封書を投函する。「どうか由奈と私を受け入れてくれますように」と心の中で祈った。
そんな私の心配をよそに、翌週、移住先の町の地域創生課からは申請受理の知らせが届いた。他には利用料の納付書、鍵の受け取りなど移住開始当日の流れや注意事項が書かれた書類、地域案内のパンフレットと周辺地図が同封されていた。封筒を開ける時に手が震えたのが馬鹿らしくなるくらい事務的で簡潔だった。
トライアル開始当日の朝、自宅前に運転手付きでレンタルした小型家畜運搬車が停まった。私は由奈を撫で「いい所だといいな」と声をかけて運搬車に託し、自分はダイハツ・ロッキーに乗り込んだ。
私が先導する形で移住先を目指す。秋らしくよく晴れて気持ちのいい日で、渋滞もない。吉兆だと思いたい。
1時間半ほどで移住先の小さな町役場に着いた。由奈が落ち着いているのを確認してから受付へ向かう。少し緊張しつつ来意を告げようとすると、「お試し移住の方ですね。少々お待ちください」と先回りして言われた。
1分も待たずに地域創生課の担当者が出てきた。30になるかならないかという若い男性だった。彼は辰野と名乗り、「生まれも育ちもこの町で、なんとかこの町を盛り上げたいんですよ」と聞いてもいないのに熱く語った。
彼の先導でトライアル移住先の住宅に行くことになった。駐車場の家畜運搬車を見て、辰野は「あー、そういえば娘さんと一緒なんですよね」と言う。彼にとっては牛化した娘を連れていることは「そういえば」で済む程度のことらしい。
「あの、私が娘を連れていることは問題にならなかったんですか」
「特にはですねー。お住まいになる家はお隣とも離れてますし、この辺、今でも鶏飼ってる家とか結構あるんですよ」
家畜と同列に扱われているように聞こえるのは気になるが、形式的気遣いがない代わりに腫れ物にさわるような居心地の悪さもない。
「私みたいに牛化した家族を連れた移住者っているんですか」
「いやー、私が担当になってからはないですね。まぁ牛化しちゃう人は結構いますよ。特にお年寄りですね。どうしても不注意になるので」
辰野は話しながらパンフレットを開いて地図を見せる。「お試しいただく家はこの辺りです。周りは何にもないんで心配ないですよ」
確かに見事に何もない。唯一、地図に記載されているのは少し離れたところにある鳥居のマークだ。
「神社があるんですね」
「山守神社です。結構由緒あるんですよ。源頼朝も参詣したことがあるとかないとか」といい加減な解説をする。「どっちなんですか」と私は思わず笑った。
辰野は町名が入った白いワゴンRに乗り、私のロッキー、家畜運搬車と3台連なって20分ほどの距離にある古民家を目指す。
数分走るともう民家がまばらになってくる。昭和の頃から時が止まったような喫茶店や床屋がある。文字が判読不能なほど薄くなった交通安全の看板が電信柱に取り付けられている。
車が山間部に入ってくる。細い山道が右へ左へ蛇行する。サイドミラーを見る。由奈を乗せた家畜運搬車はちゃんと着いてきている。
車が古びた大きな鳥居の前を通過した。これが先ほど辰野が言っていた山守神社だろう。
X X X
仕事を終え、役場近くの居酒屋で飲んでいると、珍しい顔が入ってきた。「あれ、山守?」「辰野か。久しぶり」。数年ぶりにあったかつての級友はことわりもせずに隣の席に腰を下ろす。
「こっち帰ってたの?」。僕が知る限り、山守は山守神社の宮司である父の跡を継ぐため、どこだったか遠方の神社で奉職中のはずだった。
山守は手をあげてビールを注文する。「ただの休暇。明後日までな。そっちは相変わらず移住者探し?」
「あぁ。来週、トライアルで一人来るよ。お前んとこの神社の近くの古民家でお試し」
「マジか。氏子になってくれねぇかなぁ」
山守神社は平安末に創建されたと伝えられる由緒正しい神社だが、過疎化で氏子の数は80世帯もない。所有する周辺の山野を林業業者に貸し出しているが、それでも生活は楽ではないだろう。
「なんか牛化した息子だが娘だかと暮らせるところを探してるんだって」
牛化という言葉に山守が反応する。僕は「あー、でもそもそも一緒に暮らすとこ探してるんだから、牛送りしても紹介料はなしか」と続けてから「失礼だったかな」と後悔する。
案の定、「そういう言い方するなよな。実際、うちがちゃんとした施設紹介しなけりゃ結構みんな困るだろ」と山守に言い返された。「ま、確かに紹介料は結構大きいんだけどさ」。
山守の分のビールが来る。乾杯。肴は近海で採れた戻り鰹だ。海の幸に山の幸。僕は本当に生まれ故郷が恵まれた場所だと思う。
「牛送りか…」
僕は中学生のころに祖母が牛化し、牛送りをしたことを思い出した。
静まり返った山守神社の境内。その日、学校は忌引きした。参列者は近親者と親しい友人くらいだ。宮司がしめ縄みたいなもので飾り立てた牛に祝詞をあげ、酒と塩で清める。何が起きているのか分からないという様子で静かに佇んでいる牛は、いつも近所の友人と酒を飲んで大声で歌っていた陽気な祖母とはとても思えなかった。
最後は参列者が行列で牛を境内の外に送り出す。僕は最後尾のあたりでうろうろしているうちに、祖母だった牛が境内から出る。
僕には違いが分からないけど、これで祖母の魂のようなものは牛から離れて、この牛はただの牛になったらしい。牛送りという言葉にはなんとなく恐ろしげな印象を抱いていたが、七五三と大して変わらないなと思った。
昔は牛送りを終えた牛は農耕などに使役したそうだが、現在は神社の紹介でどこかの施設へ入れるか、安楽死させるかのどちらかがほとんどだ。前者の場合、施設から神社に紹介料が払われると聞く。
祖父は既に亡くなっていたので、長男だった父が決めて牛は人牛保険衛生所で安楽死させた。うちに養護施設に入れる余裕がないのはその当時の僕の目にも明らかだった。
「氏子は知らんけど、移住してくれるように頑張るよ」と僕はビールを飲み干した。本当にこの町の良さが分かってくれる人だといいのだけど。
X X X
到着した民家は確かに広かった。庭には私のロッキー、辰野のワゴンRと家畜運搬車を雑に駐めてもまだ十分すぎる広さがある。
背後に山を背負って建つ母屋はなかなか不思議な佇まいだ。急勾配の巨大な切妻屋根が銀色の金属板で覆われている。だが、その下にあるのは黒ずんだ板壁と古い木の柱だった。
母屋の横に小さな別棟、向かい合う位置にももう1つ別棟がある。庭の隅には打ち捨てられたビニールハウスが放置されている。
「母屋の隣の小さいのが風呂とトイレです。ちゃんとガス給湯にしてありますから大丈夫ですよ」
「面白い屋根ですね」
「あー、もともとは茅葺きだったんですけど、だいぶ前にトタンで覆って、それも錆びてきたから平成になってガルバリウム鋼板に張り替えたんだと聞いてます」
その風呂とトイレの棟の隣に、半ば廃墟のような建物がある。「あれが?」「はい。あれが牛小屋です。といっても昭和の中頃には使わなくなったと聞いてるので、もうボロボロですけど」
1頭分だけの小さな牛小屋だ。現状では使い物にならないが、ここに移住すると決めたらこれをリノベーションして由奈の寝床を作るという選択肢ができる。これは大きな利点だ。
さらに母屋に向かい合う形の大きめの別棟に目をやる。
「あっちは『めぇない』です」
「めぇない?」
「どんな漢字を書くのかもう地元の人も知らないんですけど、まぁようするに離れです。畳なんで普通に寝起きも出来ます」
築120年と聞いてはいたが、こういう家が自宅から車で2時間もかからない距離にあるとは思いもしなかった。
「それから、母屋の裏、山の崖のところに洞窟が掘ってあって、ここの人は芋穴とか呼んでますけど、昔は野菜とか保存してました。あと、そこの大きい木は夏になるとカブトムシがいっぱい集まってきます」
いよいよ母屋に向かう。引き戸になった玄関を開けると土間が広がっていた。独特の匂いとひんやりとした空気が印象的だ。土間は奥まで続いていて、そこは台所になっていた。
テレビとこたつのある居間があり、庭に面した広い和室に繋がっている。和室には縁側がついている。
土間を挟んで小さな部屋が二間。こちらにも小さな出口があり、風呂とトイレに繋がっている。2階はない。
ウェブサイトで写真と間取り図は見ていたが、実物の持つ空気、湿度、染み付いた匂いは短期滞在なら面白そうと思えるが、ここに住み続けることを考えると少し尻込みをさせるものだった。
辰野から一通りの設備の説明を受けて、いよいよ由奈を降ろす。見知らぬ環境に少したじろいだ様子を見せたが、私が背中をそっと押してやると抵抗せずにスロープを降りて行った。
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