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偽典演舞

ナン・ルーナック

21,280 字

メタフィクション・二次創作

"自らの存在すらも伏線となる、極上のメタフィクション。"

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第四章 再演

一

 カイは街を歩いていた。

 図書館の五冊は、いつでも抜き出せる。あとは、あの男の居場所を突き止めるだけだ。

 どこから当たるか。昔の所員の線か、検証士の網か。考えながら角を曲がった時、ふと、真新しい看板が目に留まった。

 『大路ミラクル探偵社2ndリターン』

 カイは、足を止めた。

 適当にやってれば、偶然に見つかる。映画館で、自分でそう言ったのだ。そのとおりになった。探しもしないうちに、向こうから目の前に出てきた。

 背筋を、一瞬、冷たいものが走った。

 もう君の物語は始まってるってわけかい。いいさ。乗ってやるよ。

 カイは、その看板の掛かったビルへと入っていった。

二

 事務所は、がらんとしていた。

 応接のソファーが一組と、事務机がいくつか。一つだけやけに大きい机の上には、ドーナツの箱と、真新しい電子端末が一台。その横に、年季の入った電話機が一つ。端には、依頼書と書かれた紙が一枚。まだ何も書き込まれていない。他の机は、まるで新品のように綺麗だった。

 その一つだけ大きな机の向こうで、山のような男が、ドーナツを頬張っていた。

「おや。依頼人さんですか」

 コー・オウジは、口の端の砂糖を払いながら顔を上げ、それから目を細めた。

「ああ、カイさんじゃないですか。準備は整った、というわけですかな」

「こんにちは。コー・オウジ。突然だけど依頼を……」

 言いかけて、カイは事務所を見回した。

「……君一人か。今回は前のメンバーたちはいないのかい」

「それが、皆さんに連絡を取ってはみたのですが、何やら忙しいようで」

 コー・オウジは、残念そうに眉を下げた。

「一人で充分ってわけだね。ずいぶんと嘗められたもんだ」

「まあよく分かりませんが、結果的にそうなってしまったみたいですね」

三

 カイは、応接のソファーに腰を下ろした。勧められてもいないのに。

 コー・オウジは気にした様子もなく、ドーナツの箱をこちらへ押しやった。カイは手を付けなかった。

「せっかくだから、種明かしをしておくよ。前の時は、何も言わずに負けたからね」

「ほう。それはご丁寧にどうも」

「僕の頭の中には、本棚がある。違う世界の誰かが書いた、この世界の連中の物語が並んでる。この世界では起こりえなかった話ばかりさ。僕はそこから一冊選んで、相手の上に降ろす。降ろされた相手は、物語のとおりに動く。前に君や君の所員たちが痛い目を見たのも、それだよ」

「楽しかったですよ。痛い目もほどほどに、最後もハッピーエンド。いやはや、なかなかの事件でしたねえ」

「ただ、前の僕が降ろしてたのは、物語の切れ端だった。途中で切れてるから、最後の一行を過ぎれば相手は元に戻る。それで、届かなかった」

 カイは、膝の上で指を組んだ。

「その本棚の上に、もう一つ棚があった。ずっと本文が滲んで読めなくて、余白しか読めなかった棚だ。それが、ある時から読めるようになった。仮に、正典と呼ぼうか。この世界の、本物の歴史が書いてある。書かれていることは、全部そのとおりに起きてた。君のことも、全部ね」

「おや。それはちょっと、恥ずかしいですね」

「正典は読むことしかできない。降ろせない。でも、どうして正典だけがこの世界に反映されてるのかは、読んでいて分かった。完璧だからさ。途中で終わらない物語は、最後までこの世界に反映される。誰がそう決めてるのかは知らないけどね」

 コー・オウジは、ドーナツを一つ手に取り、半分ほど齧った。

「それで、考えたんだよ。違う世界に、こっちから働きかけられないかって。『ダーク・ウィスパー』サレニアって精霊士いただろ。人の耳元で一言だけ囁いて、聞き慣れさせて、思考を誘導する。あれを真似た。違う世界の誰かの、なんとなくの無意識に、一言だけ」

「何を囁いたんですか」

「安易なハッピーエンドは、陳腐だ」

 カイは、薄く笑った。

「それだけさ。それが効いた。違う世界の読者たちが、結末に文句を言い始めた。悲劇で終わる物語が、どんどん増えた。気づいたら、本棚は図書館になってた。もちろん悲劇で終わらない作品もあるし、何を言いたいのか分からない作品だっていっぱいあるよ」

「はあ。それはまた、賑やかになりましたねえ」

「その図書館から、使えるものを選んだ。五冊だ」

 カイは、指を折りながら題を挙げた。

「いやはやどれも物騒ですねえ……もしかして、私って人気があったりしますか」

「どれも、君の偶然が勝ちを運んでくるための条件を、一本ずつ折る本だ。君の代償も、君の願いも、君の陣営も、君の幸運の後始末も、全部」

「ほう。かなりの準備をなさったようで」

「正典で読んだよ。三百億年前の一件。君も不完全な時期があったみたいだね」

「うーむ……まあだいたいは合っていますね」

「今の僕は、完成された能力を持っている」

 カイは、ゆっくりと立ち上がった。

「ホントの戦いを始めようじゃないか」

 頭の中の図書館で、カイは五冊の背に手を掛けた。抜き出して、目の前の男の上にすべて降ろす。それで終わりだ。

── 第6章 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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