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狂気の魔法

連載中(書きかけ)

波方 真季

149,667 字

ダークロマンス、支配と復讐の物語

"夢の国の裏側で、女は狂気の魔法を紡ぐ。"

ー真実の愛は、支配を超えて咲く。ー 権力に囚われたその瞬間、純粋で清らかだった少女は服従させられ、ある日突然彼女の世界は音を立てて崩れた。 舞台は“夢と物語の国”と呼ばれるテーマパーク。 華やかな笑顔と光が満ちる夢の舞台裏で、 支配、欲望、嫉妬――そして狂気が静かに息づいている。 誰もが幸福を演じるこの場所で、少女は愛と罪の境界に触れていく。 操られる心、壊れていく純粋さ。 抗えぬ欲望に、少女は深い沼へと堕ちていく。 それでも彼女は、愛を諦めなかった。 壊された夢の中で見つけた、たったひとつの真実。 夢と魔法の中で描かれる、心理官能ラブストーリー。 これは、狂気の果てに辿りついた究極の「真実の愛」の物語。

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第十話「バニーズクラッシャー」

ゴールデンウィークの怒涛の繁忙期を乗り越え、ようやく訪れた短い安息も束の間。
ついに今日、新アトラクション「バニーズクラッシャー」の完成披露式典が開かれる日を迎えた。
その巨大なゲートの前には、深紅のカーペットがまっすぐに敷かれ、陽光を浴びて艶やかに輝いている。
両脇には、国内外から詰めかけた報道陣のカメラがびっしりと並び、シャッター音とフラッシュが間断なく走るたびに光の洪水が広場を覆った。
照り返す光は、カーペットの上を歩く誰もをひときわ大きく、そして眩しく見せる。
最前列の来賓席には、スポンサー企業の重役たちがずらりと腰を下ろしていた。黒や紺のスーツに身を包んだ彼らの姿は、列をなして整然と並ぶことで一層の威圧感を放っている。
その隣にはアークグローバルエンターテイメントグループの役員陣。
国内外から集められた精鋭たちが並び、固い表情で舞台を見守っていた。
カーペットの奥に設えられた特設ステージでは、背後に聳える「バニーズクラッシャー」の巨大なゲートが鎮座している。鋼鉄を思わせる灰色のアーチには、ウサギの耳を模したシンボルがあしらわれ、来園者の視線を一心に集めていた。
その足元に立つ司会者の声はマイクを通して澄んだ音を響かせ、場内を引き締める。
《本日はご多忙の折、多数お集まりいただき誠にありがとうございます──》
アナウンスが流れるたびに、整然とした拍手が広場を満たす。
厳かさと華やかさが同居するその光景は、まさに“世界に向けた門出”を告げるセレモニーの舞台そのものだった。
ゆりはその華やかな光景の端、アトラクションそばに設けられたスナックワゴンに立っていた。
フード部社員として彼女が用意しているのは、新アトラクション「バニーズクラッシャー」にちなんだ限定メニュー「クラッシュポップコーン」。
砕いたナッツを香ばしくローストし、熱々のキャラメルでコーティングした新商品だ。
ワゴンの上には金色に輝くサンプルカップが並び、湯気と共に立ち上る甘い香りが周囲の空気に広がっていく。
通りすがりのスタッフやカメラマンが思わず視線を向けるほど、食欲をそそる芳香だった。
ゆりはスタッフたちに次々と指示を飛ばす。
「トレーは1度に2列で。見栄えを重視して、端は揃えてください。」
「はい!」
報道陣へ提供するタイミングは、式典の進行と連動する。
壇上では次々と挨拶が続き、フラッシュの光が絶え間なく瞬いていたが、ゆりは常にステージへ視線を送り、進行状況を確認しながら段取りを整えていた。
壇上に並ぶ役員の列。
その中に隣合わせに立つのはCEOの蓮とロンドン本社幹部役員の司。
蓮が不意に視線を横へ流すと人混みの端に立つゆりを見つける。
嬉しそうに無邪気な笑みを浮かべ、わかる者にしかわからない小さな仕草で手を振った。
ゆりはそれに気づき、一瞬だけ蓮と目が合ったがすぐに小さく会釈をして、硬い表情のまま再びワゴンへ視線を戻す。
まるで「業務中ですので」と、無言で線を引くかのように。
だが蓮は、視線を逸らされてもなお目を離さなかった。
司の視界にも当然ゆりの姿は捉えられており、その蓮の異様な眼差しを、司は見逃さなかった。
冷徹な観察眼で隣に座る蓮の横顔を見据え、その視線の奥に潜むものを読み取る。
壇上でスピーチが進む中、二人の視線はまるで示し合わせたかのように、会場端で動くひとりの女性を追っていた。
「彼女は……先日の。」
司の声が、低く抑えられて蓮の耳に届く。
「左様です。現在も勤務していますよ。」
「彼女とは、その後も面識が?」
「えぇ、何度かお会いしました。」
蓮は一拍の間も置かずに答えた。
短く応じる蓮の横顔は変わらない。
何事もないふうを装いながら、その目だけはゆりを離さない。
二人の視線は、まるで磁石に引かれるように同じ一点に注がれ続けていた。
「それは……業務上ですか?」
司の言葉が鋭く差し込んだ瞬間、蓮の眉がわずかに動いた。
何を探ろうとしているのか。
問いの真意を測りかねて、蓮は思わず横目で司を窺う。
しかし次の瞬間、彼は薄く笑みを浮かべ、軽く肩をすくめて言葉をそらした。
「……珍しいですね、桐生統括。接待後の従業員にご興味が?らしくないですね。」
柔らかな声音の裏に潜ませたのは、焦燥と警戒。
ゆりは今までのどんな女よりも強烈に魅力的だ。
もし司の関心が本格的に傾けば、それで終わりだ。
だから蓮は、あえて「らしくない」と揺さぶり、いつもの冷徹な桐生司を思い出させようとしていた。

司との付き合いはもう十年近くなる。
学生の頃に父の傍らで経営を学んでいた下積み時代に、司はロンドンからの派遣幹部として日本に配属してきた。
わずか十六歳でイギリスの大学を卒業した司は、自分とはたった四歳しか違わないのに、若くして既に社会経験が豊富で権力も兼ね備え、当時は憧れの存在だった。
不思議と同じものが好きだった。
同じ映画に熱を上げ、同じ音楽を語り合い、好みの食べ物まで重なる。
まるで正反対の性格なのに。

ゆりが司に興味を持たれたら、厄介だ。

夜。
新アトラクション完成を祝うレセプションは、パーク内に併設されたホテルの壮麗な宴会場で幕を開けていた。
高い天井から下がる幾重ものシャンデリアが眩い光を放ち、金糸の入った厚手のカーテンが夜景を背に重々しく揺れている。
広間いっぱいに並んだ丸テーブルには、磨き抜かれたグラスと銀のトレイ、シャンパンボトルや色鮮やかなフィンガーフードが整然と並べられ、タキシードやイブニングドレスに身を包んだ招待客たちが華やかな談笑を繰り広げていた。
その喧騒の隅、メイン会場から少し離れたコーナーに、ひときわ賑わうブースがあった。
そこでは、新アトラクション「バニーズクラッシャー」にちなんだ限定スイーツが提供されている。
「バニーズキャロットケーキでございます。どうぞお試しくださいませ。」
スタッフが笑顔で差し出すプレートの背後では、ゆりが控えめに立ち、全体の進行を指揮していた。
スタッフ一人ひとりに目を配り、配膳や補充のタイミングを合図する姿は、華やかな会場の中で唯一、裏方としての緊張感をまとっている。
煌びやかな祝宴の片隅で、彼女は表舞台を支える“影の歯車”として黙々と役割を果たしていた。
場内の中央、シャンデリアの光を浴びながら、司は幾人かの重役たちと談笑していた。
グラスを傾け、時に笑いを交わしながらも、視界の端で、ゆりが会場を出ていく姿をとらえる。
胸の奥が微かににざわめいた。
「失礼、お手洗いへ。」
穏やかな笑みを崩さぬまま、目の前の重役達に一声かける。
相手が軽く頷いたのを確認すると、司はさりげなくグラスを置き、会場の外へと歩を進めた。
ゆりが向かった先は、表の華やかさとは打って変わり、裏方の騒がしさで溢れている。
スタッフが料理を運び、トレーの金属がぶつかる音、次の段取りを確認する声が飛び交う。
その喧噪の中で、遠くにゆりの後ろ姿を見つけると、司の歩幅は自然と早まった。
「早瀬さん。」
「桐生統括…!」
声を掛けられ、ゆりが振り返る。
一瞬だけ驚いた瞳が揺れた。
司は人目を避けるように、顎を斜めにクイッと上げて“こっちへ”という合図を送る。
ゆりは戸惑いを隠せない表情を浮かべながらも、その指示に従い、足を向けた。
二人が入り込んだのは、厨房すぐ横にある控え室。
扉を閉めると、壁越しの金属音や料理人たちの掛け声が微かに響き続ける。
外の喧騒が嘘のように遠のいた小部屋には、緊張感と二人だけの静寂が満ちていた。
司は、扉が閉まった瞬間を逃さず、すっと腕を伸ばした。
抗う暇も与えぬ動作で、ゆりの細い身体を抱き寄せる。
「……お会いできて嬉しいです、ゆりさん。」
低く抑えた声が耳元に落ちてくる。
唐突な距離感に、ゆりは一瞬身体を固くするが、すぐに両手で司の胸を押し返した。
「桐生さん…っ業務中は…お控えください!」
必死に声を潜めながら突き放す。
その言葉には――“業務中は”――という条件が無意識に含まれており、その響きに、司の心臓が高鳴る。
つまり業務外であれば承諾されるというもの言いに、彼の胸を熱くさせた。
だが同時に、脳裏には先ほどの光景が蘇る。
壇上から蓮が笑みを浮かべ、わかりやすくゆりへ手を振ったあの場面。
あの視線の中にある意味を、見逃すほど司は鈍くはなかった。
「……蓮と、関係をお持ちですか。」
静かに放たれたその問いは、刃のように鋭く空気を裂いた。
ゆりは鼓動が跳ね上がる。
突如突きつけられた直球の言葉に、ゆりの胸が大きく脈打った。

なぜ、それを……。
単純に、さっき壇上で蓮に手を振られたからなのか。
それとも、蓮から何かを聞いたのか。
この男、何を知っている?
どこまで知っている?

疑念と不安が頭の中を暴れ回る。
「バニーズキャロットケーキ、追加お願いしまーす!」
ビクッ──。
厨房の方から飛んできたフード部スタッフの声。
厚い扉を隔てた控え室にまで届いたその響きに、ゆりの身体は反射的に震えた。
ここは現場だ。
私は業務中。
早く戻らなければ。
「……会場に戻らないと…失礼します。」
吐き出すように言葉を落とし、視線を逸らして部屋を出ようとする。
だが、その一歩を阻むように司の手が、鋭い力でゆりの腕をグッと掴んだ。
熱を帯びた指の圧が、ゆりの肌に食い込む。
まるで、逃がすものかと言わんばかりに。
ゆりの、あからさまな動揺。
問いには答えず、ただ逃げようとする背中。
その姿を目にした瞬間、司の胸中でふつふつと沸き立つものがあった。
疑念は確信へと変わり、そしてそれは苛立ちと同時に、どうしようもない愛しさとなって競り上がってくる。
強い力で腕を引かれたかと思うと、次の瞬間には背中が壁に叩きつけられていた。
熱を帯びた息が頬をかすめる。
壁に貼り付けられたゆりは拒む間もなく、司の唇が乱暴に重なってきた。
「…きりゅ…っさん……んんっ…!」
くぐもった声が喉奥で潰れる。
必死に両腕で司の胸を押し返し、顔を目一杯背ける。
唇が離れた瞬間、ゆりは荒い息を整えながら、強い声音で言い放った。
「……っぷはっ!…職場ですよっ!!桐生さんっっっ!!!」
その声とともに、鋭く射抜くような視線。
怒りと戸惑いが入り混じった、張り詰めた瞳。
キッと睨まれる。
その強さに、常ならば怯むべきなのに、司の背筋を駆け上がったのは、むしろ耐えがたいほどのゾクゾクとした快感だった。
「みんなに迷惑かけちゃうので…離してください。」
弱々しく、必死に職務を理由にして抗おうとするゆり。
その姿は確かに真面目で、スタッフとしての責任感に満ちていた。
だが司の脳裏に蘇るのは、あの夜、唇から放たれた残酷な台詞。

(土下座しなよ♡)

妖艶に笑いながら支配者として見下ろした、狂気すら帯びたゆりの眼差し。
「……あなたは本当に、どこまでも仕事に忠実で、誠実だ。」
司は小さく息を吐きながら、ゆりの肩を抱いたまま髪を撫でる。
しかし、胸の奥では違う衝動がうずいていた。

こんな弱い姿じゃない。
もっと、怒りを露わにして欲しい──

司は淡々と口を開きながらも、その瞳の奥には狂おしい欲望が渦巻いていた。
理性を飛び越えた衝動が全身を支配し、司の手は無意識にベルトの金具へ伸びる。
カチャリと小さな金属音が響き、空気が張りつめた。
「あなた程の特別な人が…その他大勢の、所詮給仕係に走り回る仕事なんかに、今のこの時間を使うのは勿体ない。」
挑発めいた声。
吐き出す言葉とは裏腹に、視線はすでに欲望に濡れていた。
そして司は迷うことなく理性を振り切り、突然そそり立つ己を露わにする。
「それよりもよっぽど」
不敵な笑みを浮かべ、視線を絡め取る。
その眼差しは、支配と欲望がないまぜになった、底知れぬ狂気に満ちていた。
「私を満足させる方が…あなたの仕事内容としての価値は高い!」
司の呼吸は荒く、焦燥にも似た熱がこもっていた。
逃げようとするゆりの手首を片手で壁に押さえつけ、もう片方の腕で身体を背中向きにさせて、容赦なく身体ごと壁に押し込む。
冷たい壁の感触が頬に伝わり、ゆりの肩は押し潰されるように強張った。
司はさらに身を寄せ、ゆりのスカートの裾を乱暴に掴む。
布地が一気に捲り上げられ肌が露わになり、司の手が下着へと伸びた。
躊躇など一切なく、強引に布を引き下ろす。
腰骨にかかるゴムが痛みを伴って擦れ、下着とストッキングが太ももへと無理やり押し下げられていく。
「……っやめて下さい!!こんなところで…っ何考えてるんですか!!」
壁の向こうからは、トレイのぶつかる音、グラスを運ぶスタッフの声。
「こちらのドリンク運んでくださーい!」
現場のざわめきが、すぐそこに生々しく届いてくる。
その現実が、逆にゆりをさらに追い詰めた。
「…ゆりさん!っ…大声出したら聞こえますよ…!」
司は耳元に低く囁き、後ろから覆いかぶさる体で逃げ場を塞ぎ、熱を帯びて固まった欲望の先端をゆりの入口にグッと突きつけてくる。
その瞬間──。

バシンッッッ!!!

鋭い衝撃。
頬に焼き付く熱。
振り返りざまに繰り出されたゆりの手のひらの裏側が、司の頬を強烈に打ったのだ。
「…………っっ!!」
司の身体が一瞬止まり、頬に走った衝撃と熱に目を見開く。
あまりに突然のことに、司はただ呆然とした。
一瞬、自分の身に何が起きたのかすら理解できない。
目の前で怒りに燃えるゆりの瞳が、自分を真っ直ぐ射抜いて身なりを整えながら叫んだ。

                                       .
「……いい加減にしろ!!この変態痴漢野郎!!!」
                                       .

バンッ!!
勢いよく扉が開かれる音。
その怒声と共に、ゆりは嵐のように部屋を飛び出していった。
「………………。」
残された司は、その場に立ち尽くす。
頬に残る鋭い痛み。
誰かに叩かれるなど、この人生でただの一度もなかった。
いや、あるはずがなかった。
衝撃的な事実に、頭の中は真っ白に塗り潰される。

バシンッッッ!!
(…いい加減にしろ!!この変態痴漢野郎!!!)

先ほどの感触と言葉が、脳内で何度もリフレインする。
「……はぁ…はぁっ……はあ!……はあーっ!」
息が荒くなる。
抑えられない心拍の急上昇。
頬の痛みが妙に心地よく蘇り、羞恥と屈辱が快感に変わる。
そして司の下半身はさらに硬さを増し、突如として脈打ち始めた。
自分でも理解できない昂ぶりが、全身を支配していた。
無意識のまま、収拾のつかないそれに手を伸ばした瞬間から、司はもう止められなかった。
「……ゆりさん……あぁ……ゆり…さん……」
熱を帯びた掌で握りしめ、荒い息を吐きながら、唇が勝手に名を紡ぐ。
頬に走った痛みの記憶。
鋭い瞳で自分を睨みつけた、あの瞬間の彼女の表情。
その断片が重なり合い、司の胸を焼き、身体の芯を灼く。
その時のすべてを反芻しながら、司は目を閉じる。
「…はぁ…ゆりさん…あぁっ…ゆりさん…ゆりさん…っ!」
昂ぶりに支配され、理性はとうに崩れ落ちていた。
ゆりの名を繰り返しながら、自らを乱暴に慰める。
羞恥と屈辱に塗れたその行為は、同時に強烈な快楽へと変わり
ついに────。
大きく息を荒げ、身体を震わせながら、ひとり控え室で絶頂を迎えた。
床に落ちる水滴のように、残響の余韻だけが静まり返った部屋に残り続けていた。

──────。

翌朝。
ゆりはいつものようにロッカー前でノートPCを開き、業務前のルーティンでメールチェックを始めた。
受信トレイの上段に並ぶ件名のひとつに、目が止まる。

『5月26──』

「……まったく、この男は……」
送信者は桐生司。
昨日、控え室で強引に迫ってきて、その直後に自ら頬を打ち、罵倒してやった相手だ。
前回同様、狙ってなのかたまたまなのか、非番の日を指定されたホテルレストランへのお誘いメールとURL。
常識的に考えれば、あの一件で彼が距離を置くのが普通だろう。
だが現実は真逆。
むしろ司は、あの出来事を燃料にしてさらに近づいてきている。
昨日の鋭い視線、強烈な一撃、吐き捨てた「変態痴漢野郎」という言葉。
それらが、司にとっては呪いではなく、恍惚の種になってしまったのだ。
懲りないというか……
完全に目覚めたな、こいつ……
呆れと諦め、そして心の奥で小さな笑み。
ゆりは画面を見つめたまま、ぽつりと呟いた。

「……お仕置きが必要だな。」

その瞳は、既に冷静な計算と覚悟を宿していた。
キーボードに指を置くとたったひと言を打ち込む。

『承知しました。』

送信ボタンを押した瞬間、PCの画面に小さな送信完了マークが表示される。
ゆりの胸には、冷たい火花のような決意が散っていた。

第十一話「お仕置き開始」

迎えた休日。
約束の時間に現れたゆりの姿は、前回のような業務用リクルートスーツではなかった。
清楚でありながら大人の女性らしさを強調するエレガントなドレス姿。
それは彼女自身が、今日という日をただの食事会ではなく「臨戦態勢」として臨んでいる証だった。
「私のために、ゆりさんに美しくして来ていただけるなんて光栄です。」
開口一番、司は胸をときめかせ、礼儀正しい笑みを浮かべる。
二人は豪奢なホテルのレストランで向かい合い、食器の触れ合う澄んだ音とともに優雅な食事が始まった。
「ゆりさんは、なぜこの会社に就職したんですか?」
料理に手をつけながら、司が問いかける。
「……幼い頃から、アークスタジオ作品が大好きで。アークの映画もキャラクターも、ずっと子供の頃から私の心の支えでした」
その言葉を口にする瞬間、ゆりの表情がふっと柔らかくほころんだ。
幼少期の思い出が甦るのだろう。
そこに虚飾はない。
「そうですか……あなたは本当に純粋ですね。」
司はフォークを持つ手をわずかに止め、その笑顔を愛おしむように見つめた。
心に灯がともるのを隠しきれない。
「特に、おとぎ話のプリンセスシリーズが大好きなんです!いつも自分がアーク作品のプリンセスであることを想像して、よく歌やセリフを真似していました。」
その声は少し高く、懐かしい思い出を語る少女のように無邪気だった。
「……可愛らしい子供時代ですね。」
司は頬にわずかに笑みを浮かべながら応じる。
心の中に浮かんだのは、まだ小さな少女だった頃のゆりの姿。
お気に入りのプリンセスのドレスを身にまとい、鏡の前で一生懸命セリフを真似しながら歌っている、真っ直ぐで無垢な想像の光景に、司の胸の奥はじんわりと温かくなり、自然と口元が緩んだ。
それでも今は、周辺近くのテーブル席には私服セキュリティの存在がある。
互いに差し障りのない、穏やかな会話を続けることで取り繕い、表面上は優雅な時間を装っていた。
食事を終えた二人は、当たり前のように早々に部屋へ上がり、互いにシャワーを浴びて、バスローブ姿でくつろいでいた。
ホテル特有の柔らかな灯りが部屋を包み込み、カーテンの隙間からは夜の街の光がちらちらと差し込む。
「ところで、ゆりさん…」
司が口を開いた。
セキュリティの気配もなく、本当に二人きりになったこの空間で、彼の瞳には、ずっと抱えていた疑問が浮かんでいた。
「……蓮とは、いつからお付き合いを?」
鎌をかけるように放たれたその問い。
穏やかな声色に隠された刃が、ゆりの心臓を一瞬にして締め付ける。

今の言い方、やっぱり確信は無い。
蓮から直接何か聞いたわけじゃない。

すぐに、ゆりはそう感じ取った。
実際、蓮と「付き合っている」という事実は存在しない。
それであれば、なにがきっかけでそう思ったのか。
一体どこまで知っているのか。
この危機的状況を打開するには
ゆりは頭の中で必死にフル回転させる。
静かな沈黙が、何より雄弁に二人の間の緊張を語っていた。
「先日、私と過ごした夜も……既に蓮と関係がありましたか?」
司の問いは、刃物のように鋭さを増して核心へ迫っていく。
視線は決して逸れない。
まるで答えを逃がすまいと、深淵を覗くようにゆりの瞳を射抜いていた。

これはもう、強行突破するしかない。

そう悟った瞬間、ゆりの身体は反射的に動いた。
ガッ──!
突然司の顎に腕を伸ばし、下から強引に鷲掴みにする。
その手には迷いも遠慮もなく、圧倒的な支配の力が宿っていた。
「……なに、嫉妬?」
吐き捨てるように囁き、司の顔を覗き込む。
その視線はゆりがすでに自覚している、司がどうしようもなく惹かれてしまう“鋭い視線”。
わざと冷酷に、わざと挑発的に。
胸の奥で、司の心拍が一気に高鳴った。
「………司。」
わざと呼び捨てにしたその声に、司の瞳がわずかに揺らぐ。
ゆりは顎を鷲掴みにしたまま、強引に自分の方へ引き寄せ、ゆっくりと顔を近づける。
「あの日、蓮と二人で私をおもちゃにしたのは誰?」
吐息が触れるほどの距離で囁かれる挑発。
司の胸は高鳴り、頬は紅潮し、荒い呼吸が喉を震わせる。
「……はぁ…….はぁ…」
顎を支えるゆりの力強い指先、そして真っ直ぐ突き刺してくるあの視線。
司の理性はじわじわと崩壊していく。
ゆりはそれを見抜き、わざと冷ややかに笑んだ。
そのままバスローブ越しに司の固くなり始めたものを鷲掴みにする。
「……今更嫉妬しちゃって…自分の身の程をわきまえてないんだね?」
挑発を浴びせながら、布越しに与えられる圧倒的な刺激。
堪らず司は腰を浮かせるように身を揺らした。
そしてゆりは容赦なく司のバスローブを剥ぎ取る。
一瞬で露わになった司のものは、すでに天を突くほどに昂ぶっていた。
「……この前のパーティ……」
ゆりの声は低く、囁きのように艶を帯びていた。
その手が司の上半身をゆっくりと這い上がる。
指先は優しく肌をなぞるが、反対に顎を掴んだ手は決して力を緩めない。
「……嫉妬に狂って…暴走したわけ……?」
顎を下げさせ、司の顔を自分の高さまで引き寄せる。
そのままゆりは片手で司の胸の突起を摩り始めると、司の息は乱れ、潤んだ瞳で必死に応える。
「あぁ……ゆり…さ…ん…はぁ…すみま…せ…はぁっ……」
甘い吐息を漏らしながら、力を抜いていく司。
その無様な姿を見下ろし、ゆりの心にひとつの確信が灯る。
あまりにも安易な危機の打開。

ちょろすぎる。

その瞬間、ゆりは顎から手を離すと同時に、脱力しきった司の両肩を掴む。
一気に力を込めて床へと押し倒すと、司の膝が絨毯に沈み、彼は跪かされていた。
その顎をクイッと指先で持ち上げ、目を合わせる。

                                       .
「……お仕置きが必要ね♡」
                                       .

甘い声色に潜む狂気と誘惑。
その言葉は司にとって抗えぬ呪文のように響き、熱を持った吐息が零れ落ちる。
「あぁっゆりさん…っ」
お仕置き──その響きだけで、理性は完全に吹き飛び、司の欲望の暴走スイッチが入りきった。

────────。

場面は移り、ベッドの上。
横たわる司の身体に、ゆりがゆるやかに跨る。
見下ろす視線は妖艶に、獲物を弄ぶ支配者のそれ。
「……司ぁ…誰が “その他大勢” だって…?」
パーティ会場の控え室で、司が吐いた言葉を持ち出し、挑発するように繰り返す。
その声に合わせて、ゆりは自らのバスローブの紐をゆっくりと解いた。
衣の隙間から覗く白い肌。
やがて、するりと肩から落ちていく布が、司の瞳に焼き付いて離れない。
白い素肌が全て露わになり、照明の柔らかな光を受けて艶めく。
「あぁ…はぁ…っ」
司は目を大きく見開き、吐息を漏らしながら、その胸に抗えず手を伸ばした。
だが、指先が触れるより先に、ゆりがその手首を掴み、ぴたりと制止する。
「…“所詮給仕係”って……だれの事?」
静かに問いかける声は甘美でありながら、刃のように鋭かった。
お預けを食らった司は欲に駆られ、息を荒げて即座に謝罪する。
「…もっ…申し訳ありませんっ…ゆりさん…」
その姿に満足げな笑みを浮かべると、ゆりは司の指に自らの指を絡めた。
両手を恋人繋ぎでしっかりと拘束し、そのまま身をかがめ、ゆりの顔は司の胸元へ。
柔らかな唇が胸の突起に触れ、ゆっくりと這う。
甘い刺激に、司の身体はビクリと大きく跳ね、背筋まで電流が走るように震え上がった。
「…はぁ…っ」
全身に駆け巡る熱と痺れ。
ゆりの柔らかな唇が胸を這う感触は、まるで全神経を直接撫でられているかのように敏感で、司は完全にゆりの虜となっていった。
「……私にあんなこと言って……ただで済むと思った……?」
囁きに混じる低い怒り。
その声に、司の脳裏にあの瞬間がフラッシュバックする。

(──バシンッッッ!!)

控え室で振り抜かれた手のひらの痛み。
左頬に今なお残る熱の幻影がぶり返し、思い出しただけで胸が詰まる。
「あぁっ…!はぁ…はあっ!」
呼吸は制御不能に乱れ、酸素を求めて荒い息を繰り返す。
ゆりは舌先を胸の突起に這わせ、上下へと小さく何度も刺激を与えた。
唇から零れる熱い吐息が、敏感な肌をさらに痺れさせる。
ゆりは舌を反対側へと移動させると、唾液に濡れた先ほどの突起を、今度は指先で円を描くように転がす。
左右二重に襲いかかる快感。
舌と指が同時に別々のリズムで胸を責め立てると、司の下半身は堪え切れずに大きく脈打ち、強烈な痺れが腰の奥からせり上がってきた。
「……うぅ…っあぁ…っはぁっ…うっ…ぁ…っ」
司は耐えきれず、断続的に声を漏らし続けた。
その情けない声を耳にしながら、ゆりの脳裏にふと蘇るのは、蓮に舌で弄ばれた自分自身の記憶だった。
自分の下半身の敏感な突起に、蓮の舌先が円を描くように突起を転がし、時にふっと優しく吸い込み、更に上下へ小刻みに動かして、敏感な頂点を際限なく苛まれた時の、あの堪らない感覚。
その追憶を重ね合わせながら自分の舌を同じ動きで動かすと、自然と自分の下半身までもじんわりと熱を帯び、湿り気を増していった。
司の脳裏にも、忘れられぬ瞬間がこだまする。
ゆりに叩かれた瞬間の衝撃と屈辱と昂揚が何度も何度も蘇り、頬の奥にじんと熱を残している。
その記憶と、今与えられている胸の快感が混ぜ合わさり、意識は白く塗りつぶされていく。
腰の奥から湧き上がる強烈な痺れに、もう絶頂はすぐそこまで迫っていた。
「……ゆりさん…っ!はあっ…はあっ…!」
荒く、途切れ途切れの吐息に混じり、無意識の言葉が口から零れ落ちる。

「……た……叩いてください……っ」

その声は、必死に縋るようでありながら、か細く震えた明らかに快楽を乞う声色だった。
耳にした瞬間、ゆりの唇は胸から離れた。
信じがたい台詞に、ゆりはわずかに目を見開き、そして司の顔を見上げる。
こいつ……まじか。
脳裏にフラッシュバックする。
あの日、控え室で自分が司に平手打ちを浴びせた時、司の頬に走った音と感触。
その時の彼の動揺と昂ぶりが、今まさにこの姿を生み出している。
「……はぁ……はぁ……はぁ……」
荒く乱れた呼吸。
虚ろな瞳は赤らみ、司の胸から上げたゆりの顔を追い求めるように必死に見下ろしてくる。
その表情には、もう威厳の欠片もない。

あぁ、堪らない。

あの絶対的な権力の象徴だった男が、こんなにも脆く崩れ落ち、快楽に支配されているその様は、極上の悦びで、実に快感だった。
ゆりは上目遣いにゆっくりと意地悪く口角を吊り上げて、甘くも鋭い光を宿した瞳で司を射抜いた。
「……………。」
ゆりは何も言わずに立ち上がると、床に脱ぎ捨てられていた司のズボンに手を伸ばした。
指先が触れるのは高級感ある革の質感。
エルメスのベルトをするりと抜き取ると、空気を裂くように小さく音を立てて振った。
「…はぁ…ゆ、ゆりさんっ……」
司の胸は早鐘のように脈打ち、目を見開いてその光景を見つめる。
まさか、彼女がそんなことをするなんて。
いや、それ以上に、その未知の期待が自分の身体を熱くさせる。
ゆりは何も言わずに再び司に跨った。
革のベルトをするりと司の胸から腹筋へ、そして太ももに沿って這わせる。
冷たい革の感触が司の熱を帯びた肌を撫で、彼の背筋をゾクリと走らせた。
「……叩いて欲しいんだ?」
艶やかな声。
ゆりの唇は残酷な笑みを刻み、瞳は獲物を嬲る捕食者のそれだった。
パシッ──
乾いた音が控えめに室内へ響く。
それはまだ本気ではなく、様子を伺うように軽く振り下ろされた一撃だった。
「あぁ…っ」
司の胸からお腹にかけて走ったのは、鋭さよりもむしろ、ぞわりとした熱。
試されている、そう直感するだけで、身体の奥からゾクゾクが競り上がってくる。
ベルトの革が残したかすかな痕跡に、司の背筋は勝手に震えた。
もっと強く、もっと深く……次の瞬間への期待が、既に彼を支配していた
パシッ…パシッ!
最初は優しく、次はほんの少し強めに。
レザーの帯が空気を切り、司の胸から腹にかけて淡い痛みと熱を刻む。
「はぁ…っ!あ….あ!」
叩かれるたびに司の身体は反射的に大きく跳ね上がり、押し殺そうとしても声が漏れる。
羞恥と快楽が入り混じったその反応は、彼の下半身にまで波及し、すでに張り詰めていたものをさらに硬く脈打たせた。
視界に飛び込むその昂ぶり。
ゆりは艶やかに口角を上げ、司のそそり立ったものに顔を寄せる。
司の先端へと伸ばした舌が、濡れた膜をなぞるようにゆっくり這った。
喉の奥から漏れる司の声は、もはや抑制を失っていた。
その瞬間、ゆりの脳裏に過るのは、蓮の低い声。
(…裏側、舐めて…)
あの夜に刻まれた指示。
ゆりは記憶に導かれるまま、舌先を反転させ、司の裏側を丁寧になぞり上げる。
湿り気を帯びた熱の感触に、司は全身を痺れさせながら声のボリュームを上げていった。
「…うっ…ああ!…ゆりさん…っもっと…はぁはぁ…もっと…もっと叩いて下さ…いっ!」
司の必死の懇願。
その瞬間──
パシッッ!!
乾いた音と共に、ベルトの先が司の胸からお腹にかけて鋭い衝撃を刻む。
刹那、熱が走り、痺れるような刺激が肌に焼きついた。
「私に指図すんな。」
低く、凍りつくような声。
ぞくり、と司の背筋を駆け抜ける。
パシッ!
パシッ!
連続で叩かれるたびに、皮膚に焼き付くような熱さと羞恥が身体を支配する。
同時にゆりの舌が敏感な裏側の上部、蓮がかつて敏感に反応を示した箇所を正確に執拗に舌で刺激する。
司の全身に電流が走る。
ベルトの痛みと舌の快楽が交互に押し寄せ、もはや逃げ場など無い。
「ああっ!…はっ!はぁ!ゆりさん…っも…もうっ…あ、ああっ!!」
喉の奥から絞り出すような叫びと共に、司の身体は大きくのけぞった。
ビュルルッ──
堪えきれず、先端から迸る熱い奔流。
ベッドに飛び散るその痕跡と、荒く上下する胸の動きが、屈辱と快楽の果てを雄弁に物語っていた。
「っっ…はぁーっ…はぁーっ…」
荒い呼吸を繰り返す司。
だがその視線の先で、ゆりは黙したまま眉間に皺を寄せていた。
「……………。」
冷たい瞳が射抜くように司を見降ろす。
そこには、嫌悪と苛立ちが混ざった感情が宿っていた。
次の瞬間──
バンッ、とベッドに片手をつき、司の顔のすぐ横を抑える。
その勢いのまま髪を鷲掴みにし、強引に顔を持ち上げた。
「……なに逝ってんの?お前。」
低く鋭い声。
上がった眉の奥で、氷のような冷たさを宿した視線が司を突き刺す。
「うぅ…っす…すみません…っ」
震える声。
その顔は、今にも泣き出しそうに歪んでいた。
だがすぐその目の前には、冷酷な表情のゆりと美しく張りのある胸が上向きにあらわになっている。
司はゆりに髪を掴まれたまま、荒い呼吸に押されるように、理性を失った手がその柔らかさを求めて伸びた。
触れた瞬間、掌に広がるマシュマロのような温もりと弾力。
だがその一瞬は儚く──
ガシッ!!
ゆりの両手が即座に司の手首を掴み、力強く振り払う。
奪われた感触に、司の顔には絶望の影が落ちた。そのままゆりに両腕をベッドに抑えつけられ、身動きの取れないまま羽交い締めにされる司。
上から覆いかぶさるゆりの影。
その顔がゆっくりと自分の顔に落ちてくる。
唇が触れる──
そう思った瞬間、司は反射的に求めるように顎を上げた。
しかし直前で、ゆりの唇はぴたりと止まる。
熱くなりすぎた呼吸が、互いの唇の間をわずかな距離で行き来する。

「……さわりたい?」

甘やかすでも、突き放すでもない。
ただ、弄ぶような声音。
「……っはぁ…っさわりたいです…っ…」
苦しげに顔をしかめ、鼻息を荒くして必死に訴える司。
その姿はかつての威厳も権力も失い、ただ一人の男として欲望をさらけ出すものだった。
ゆりはその情けない姿を、わざと間近で見下ろし、妖しく微笑んだ。

── 第6章 了 ──

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