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空の随に:本丸断章譚

赤間世穹

44,728 字

刀剣男士との心の交流を描く、繊細な恋愛ファンタジー

"臆病な主と誠実な刀。その出会いは、曇り空に差す一筋の光だった。"

これは刀剣乱舞の二次創作です。 絵を描き、花を摘み、季節は淡々と巡るだけの平和な日々。 刀剣たちの言葉は穏やかで、空の下は変わらず静謐である。 やがてその空に微かな色の揺らぎが現れる。名も無きそれは、言葉より先に心を揺るがした。 天を憧憬する者は断章に綴り、地を這う者だ。

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第七譚「風立ちぬ」

 手入れ部屋の中には雲生と雲次がそれぞれ寝台に寝転がり、治療と言う名の修復を受けていた。
 薬研がこちらに気がつくと、「おう、大将。俺っちは退散した方がいいか?」と悪戯に微笑んだ。
 「え、えっと」
 何も言えずに視線を泳がせていると、「主」と雲生の声がした。
 雲生はゆっくりと状態を起こし、足の上に置かれた拳には何かを握っている様に見えた。
 御影は動けずにいると、「あまり無理をなさらないでください」と心配そうに雲生は言った。
 ――違う。自分は何も出来ていない。
 彼らの為に何が出来ると言うのだろう。自分はずっと貰ってばかりだ。
 逃げ出したい衝動に駆られ、足が扉へ向こうとする。俯いて必死に堪える涙はもう限界に近かった。
 「主、あなたのお陰で、この程度で済んだのですよ」
 その声色はとても優しかった。はっとして顔を上げると、雲生は右手を差し出し、ゆっくりと掌を開いた。そこにはぼろぼろになってしまったお守りがあった。御影が夜な夜な縫ったお守りだ。
 「それ……」
 「はい。これを胸ポケットに入れていました。怪我を負った際に、力が働いたのでしょう、それに守られたんです。必殺の一撃を繰り出す事が出来た……これは、あなたのおかげなんです。ありがとうございます、主」
 ただの思いつきで作り、どうにか力になるだろうかと渡してもらっただけの物だった。
 ――わからない。こう言う時は、何て言えば良いのだろう。
 さっとまた視線を逸らし俯いてしまう。寝不足が祟っているのか、いつも以上に不安定だ。
 「主、こう言う時は“どういたしまして”、で良いんじゃない?」
 雲次が寝台に寝転がったまま、にやりと笑って言った。
 「……ど、いたし、まして?」
 「そうそう」
 「しかし、どうして私に?」
 雲生は不思議そうな顔をして訊ねてきた。
 「わ、わかんない……なんとなく?」
 考え込む様に小首を傾げた。雲生に渡したいと思ったのは本当だが、何故かと聞かれると本当にわからない。
 薬研は雲次の隣に立ち、やれやれと言う風に肩を竦ませた。
 ちらっと雲次たちの方を見ると、何故だか憐れまれている様な気がした。
 「え? 何?」
 「大将、そろそろ自覚持った方がいいんじゃねえか?」
 「来たばかりの僕でも解るよ。主、雲生に惚れてんだね」
 その言葉に御影だけでなく、雲生までもが思考を停止させていた。
 「というか、雲生も主に惚れてるんじゃない? まあ惚れるまで行かなくても、だいぶ気にしてるみたいだしさ」
 薬研はうんうんと頷きながら雲次の話を聞いている。
 「え、どういう、こと?」
 「それと、あの後ちょっと花について調べてみたんだ。万寿菊……花言葉は“健康”、“変わらぬ愛”、“信頼”。他の種類もあるみたいで、それには“いつも側にいて”、“逆境を乗り越えて生きる”なんてのが書いてあったかな」
 「雲次、もしかしてわざと」
 何か気が付いたかの様に雲生は雲次の方を向いた。雲生は珍しく狼狽えており、頬がほんのりと赤く染まっている。雲次は楽しそうに「そんなわけないよ。調べるまで僕も知らなかったんだ」と言った。
 「まあでも、大将も雲生の旦那にだけ、わざわざ手縫いのお守りを渡すくらいだしな、お互い様だな」
 ……考える事が多すぎる。自分に跪いて万寿菊を渡した雲生の姿、雲次の追撃とも言える言葉。脳が処理を拒んでいる。理解が全く追いつかない。否追いつきたくないのかもしれない。そもそも花言葉なんて自分も知らなかった。そんな偶然があるのだろうか……現に今そうなってしまっているが。
 「出会ってばかりでこんなにお互いを思い合えるなんて運命だと思うけどなあ」
 「雲次の旦那、さては楽しんでるな?」
 「ははっ、だって珍しく雲生が狼狽えてるしね」
 二振りは楽しそうにしているが、当の本人たちはその空気に追いつけずにいた。
 「とりあえず、暫くはこっちで安静にしてもらうことになるから。大将、気が向いたらまた来てやれよ」
 薬研に促されるまま、手入れ部屋を出た。
 部屋の外には安定と歌仙、蛍丸が聞き耳を立てていた様で、「あれ、もう終わり?」と何故か楽しんでいた様子の安定が言った。
 「そもそも修復の為の部屋でしょ」
 まだ少し動揺しているせいか、他の刀たちに囲まれるのは落ち着かなく、早々に立ち去った。

 「全く、主は自分の心も、他人の心も、そう言った機微には疎い様だね」
 「昔からだし、しょうがないんじゃないかな」
 「国行の方がもっと上手くやりそうかも」
 「いやぁ、明石相手の方が主、気付かなそうだけど」
 御影が逃げ帰った後、聞き耳を立てていた三振りは好き勝手に話し出した。すると中から薬研が出てきて、「ほら、二人は用が無いだろ。戻った戻った」と追い払った。
      
    *

 「雲次、私を揶揄っているのですか?」
 「そろそろ認めなって」
 自分は審神者の下に顕現した刀剣男士であり、管制塔である。主にそこまでの特別な感情を持つべきではない、まして、あんな意味を持つ花を躊躇なく渡してしまった自分を愚かに思えてしまって仕方がなかった。
 一方で雲次は呆れているのか面倒臭そうに言った。
 「結構他の人も、話聞いた限りで何と無く察した人もいるみたいだよ。三日月とか、若いなあってにこにこしてたし」
 「ですが」
 「逆にさ、その状態のままで管制塔としてこの本丸で務められるの?」
 一層厳しい口調で雲生に言い聞かせる様に言った。
 「主をより一層守りたいって気持ちが強まるならそれに越したことはないし、何も悪いことじゃないと思うけどな」
 「そうだぜ旦那。認めちまった方が楽だ」
 二振りから言われても尚、あまり納得はいかない。しかし、腑に落ちる部分はある。
 すると雲次は突然、「あっ」と何か思いついたかの様に声を上げた。
 「歌仙に頼んで、近侍代わってもらうとかどう?」
 そりゃあいいな、と薬研はそれを後押しする。
 近侍……主の命となれば、直ぐにでもなりたいものだが、そう簡単な話だろうか。
 「歌仙さんが近侍になった経緯、というのは」
 「初期刀が歌仙の旦那、その後何回か近侍が代わっていたが、今はまた歌仙の旦那に戻った感じだな。経緯って言うのも、俺っちも知らないな。気分じゃないか? 大将はそう言うところがあるしな」
 近侍を任せる刀に整合性は無く、時と場合によるもの、あるいは刀剣男士自ら名乗り出たか。気分で代えると言うのは些か考えにくい。ならば自分が近侍になれることもあるのだろう、しかし今の主にそれが可能なのだろうか。
 「名案だと思ったけどな。自分から頼んでみたら? 歌仙だって全部知ってるから了承してくれそうだし」
 「ま、大将次第ってとこだな」
 「それもそっか」
 ――主は、私が近侍になる事を望んでくださるだろうか。
       
    *

 過去に何度か惚れた刀はいただろう。だがそのどれとも違う感情があるのを感じている。どうにも落ち着かない。
 部屋に戻り、平常心を保つ為に散らかった裁縫道具や画材を片していると、机上に置かれた本が目についた。それには万寿菊の栞が挟んである本だった。
 作業する手を止め、机に向かい、そっと本を手に取った。
 栞が挟まっているページを捲ると、茎が少し折れ、乾燥した万寿菊が顔を出した。
 「いつも、側にいて……か」
 あの晩、彼は御影が落ち着くまで静かに隣にただ居てくれた。御影にとってそれだけで充分すぎたが、事ある毎に声をかけてもらっていた気がする。
 雲生にとっての御影は「主」の他にないはずだった。だが、審神者と刀である以前に人間としての側面を多く見せてしまっていた。もっと気丈な審神者相手であればこうはならなかったのかもしれない。
 ずっと迷惑をかけてばかりだ。歌仙は初期刀だが自分にとって、兄の様な友人の様な存在になっていた。加州たち、他の刀剣男士も皆家族の様な、時には主従関係の様にもなるが、自分はずっとそんな周囲に甘えて生きていたのかもしれない。そんな環境だったからこそ、逃げる事が出来たのかもしれない。
 もっと強くならなければ。
 “風が吹き、空は晴れ、前をゆく者たちと生きねばならない。”
 すぐに変わることは難しい。だが一歩前進する事くらいは出来るだろう。
 雲生は元々は管制塔として他の皆を導くのが得意だろう。性格は真面目一辺倒、責務を全うする事など雑作も無い。彼が一番輝く役場はどこか。もう答えは出たも同然だった。
 きっとこれで良い。
 静かに決意した。そして何も考えずに部屋を大方片し終えると部屋を出た。
 縁側には珍しく小竜景光が座っていた。
 「やあ、俺の主」
 少しこちらに顔を向け、真意の分からない微笑みを浮かべた。
 「小竜ちゃん珍しいね」
 「キミが構ってくれないから、自分から来てみたんだけど」
 「そう言われてもね」
 「ああ、キミはもう心に決めた人がいるのか。話は聞いているよ、……俺じゃないんだね」
 少し寂しそうに庭先をじっと見つめる小竜はぼそりと呟いた。
 「小竜ちゃんにも近侍をしてもらってたこともあったけど、色々あって変えちゃったもんね。修行に出たいって言われた時はちょっと驚いたな」
 御影は当時を思い出す様に話しながら小竜の隣に腰を下ろした。
 「ねえ、彼のどこが好きなんだい?」
 隣に座ったのを良いことに、唐突にずいっと顔を近づけ聞いてくる小竜に、少し距離を取ろうと後ろに仰け反った。
 「どこって言われても」
 「やっぱり情緒的な刀が好きなのかな? それとも顔?」
 「顔」
 「ほらやっぱり」
 「……まあ、だけじゃないけど」
 「へえ? 俺を差し置いて、他のやつのこともただの道具としか見ずに」
 「違う、……違う」
 自虐的に言う小竜の言葉に被せる様に少し大きな声を出してしまった。
 「まあ、そうだろうさ。決めたからには、ちゃんと最後まで責任を持って、ね? 主」
 何もかもお見通しだとでも言う様にそう話すと、もう用は済んだとでも言んばかりに立ち上がり、「たまには構ってくれよ」と手をひらひらと振りながら去って行った。
 小竜だけではないだろう、今の自分に不満を持っているのは。
 やはり審神者としても人としても頑張らなければ。
 まだ努力が全く足りていない。
 スタート地点にすら立てていないのかもしれない。
 ……言わなければ。
 また一度、覚悟を決めた。

── 第7章 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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