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姥捨会議

奥井晴弥

16,994 字

歴史フィクション、倫理的ドラマ

"「赤子を殺すくらいならば、老いた者を棄てよ」――為政者の冷徹な論理が導く、究極の選択と、その先に待つ静かなる破綻。"

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第七章 沈黙

隣国への返書を送り、水利と交易路の問題がともに収まったのは、秋の初めだった。堰の経緯については大水のことも、堰を共に作ったことも、隣国側でも調べがついたようだ。水利の件は取り下げられた。交易路の石は見つからなかった。トキの話を証明する物はなかったが、こちらの村の者が出て道を通したという話は、向こうの年寄りの記憶にもあったようだ。通行の銭の話は、棚上げとなった。すべてが片づいたわけではない。だが、差し迫った問題は去った。

隣国との問題が落ち着いてから、頼賢は与助とトキを城に呼んだ。
城の門前に膝をついて座る与助の面持ちは、決然とした色を湛えていた。
頼賢が門に姿を現すと、与助とトキは深々と頭を下げた。

「与助。待たせてすまなかった。おまえと母トキには、城の牢に入ってもらう」

頼賢は言った。与助もトキも、頭を下げ続けた。

「ただし、牢とは名ばかりだ。不自由のない部屋を用意する。食事も寝床も、困ることのないようにする」

与助は思わず顔を上げた。意味を測りかねたような目で、頼賢を見た。トキは動かなかった。

「触れを破った者を咎めぬわけにはいかない。それは筋だ。だが──」
「村に帰したところで、おまえたちは安穏とは暮らせまい」

与助は一瞬目を見開き、再び深く頭を下げた。

「城に置く。それが私にできる礼であり、詫びだ」

トキが口を開いた。

「殿のお心遣い、ありがたく存じます」

与助は何も言わず、ただ頭を下げ続けた。少し、震えているように見えた。

翌日、頼賢は広間に重臣たちを集めた。

五年前と違うのは、全員が少しずつ老いていることだった。江木の顔にも疲れが見えるようになった。成瀬の白髪は増えた。堀江は変わらぬ姿勢で座っていたが、手の甲には五年前にはなかった筋が浮いていた。 頼賢は口を開く前に、一人ずつの顔を見て、静かに言った。

「棄老の触れを取り下げる」

広間は動かなかった。五年前の会議では、声が上がった。新田の開墾。年貢の減免。長幼の序。三つの案が出て、三つとも退けられた。議論があった。反発があった。問いがあった。

今、誰も口を開かない。

堀江は目を伏せていた。五年前、この男は「長幼の序は天の定めたる道理」と言った。今は、何も言おうとしなかった。
成瀬も黙っていた。あのとき、「六十はいささか若うはないか」と問うた。今年、五十八になっていた。
江木も黙っていた。新田の開墾を訴え、頼賢に退けられたこの男が、民の口食について問うことはなかった。
杉山も黙っていた。「殿ご自身がお示しになるのが筋」と言い、頼賢の母を山に送る契機を作ったこの男は、今、何を思っているのか。頼賢には見えなかった。

頼賢は彼らの沈黙を、一人ずつ見た。咎めているのではなかった。

「取り下げるのだ。禁ずるのではない。廃する」

頼賢は言った。言葉を選んでいた。

「禁ずれば、親を山に送った息子たちに申し訳が立たぬ。それはせぬ。藩としては、もう命じぬというだけだ」

広間の空気が微かに動いた。動いたのは、安堵だったかもしれない。禁止ではなく廃止。

反論する者はいなかった。

「異議のある者は」

頼賢が訊いた。形式的な問いだった。異議はなかった。

散会は静かだった。重臣たちは一人ずつ立ち上がり、広間を出ていった。頼賢はあのときと同じく、一人で広間に残った。
思い返したのは、五年前に母を山に連れていったあの朝のことだった。母が木の幹に触れ、苔の色を見ていた。触れは廃する。だが、母が戻ることはない。そのことだけを思った。

── 第7章 了 ──

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