第七章 1991年・晩秋:完璧な嘘
1991年11月。
大輔の描いた『図書室の静寂』は、愛知県知事賞に選ばれた。
題材に選んだのは、秋の日差しが差し込む分校の図書室。一点の歪みもなく奥へと収束する書架の列。埃を被った百科事典の背表紙の階調は、夏目から学んだヴァルールによって、冷徹なまでに正確に整えられていた。
そこには子供らしい「温もり」や「思い出」など微塵もなかった。
だが、その異常なまでの完成度は、見る大人たちを等しく沈黙させた。
名古屋で行われた授賞式。煌々とした蛍光灯の下、大勢の大人たちが大輔を取り囲み、感嘆の声を上げた。
「将来が楽しみだ」「少年の澄んだ心が見えるようだ」
大輔は、夏目に教わった通りの「正しい礼儀」を崩さず、静かに頭を下げ続けた。大人たちが「純粋」と呼ぶその絵の正体に、気づく者はいない。そう思えた。
帰り道の飯田線。山道を登る列車の車窓には、奥三河の闇が広がっていた。大輔は、金縁の賞状を大切そうに膝の上に置き、じっとそれを見つめていた。やがて、彼は夏目の方を向き、初めて見せるような深い安堵の笑顔を見せた。
「夏目先生、ありがとう」
大輔の声は、列車の走行音に混じって、驚くほど静かに、けれど確かな響きを持って届いた。
「僕、わかったんだ。自分の中身をこれっぽっちも見せなくても、こうやって正解を出せば、大人はみんな認めてくれるんだね。これなら、大丈夫だよ」
夏目は「……うん、本当によかったね」と答えた。
だが、それ以上は何も言えなかった。
夏目は、少年の笑顔を直視できず、暗い窓に映る自分の顔を眺めた。
自分が大輔に授けたのは、空を飛ぶための翼ではない。冷たくて重い、鋼の鎧だ。
大人が大輔の才能を称賛するほど、夏目の背徳感は深く沈殿していった。
大輔はステンレスの定規を鞄から取り出し、その鋭いエッジを指先でなぞった。その仕草は戦いを終えた兵士が武器を慈しむようで、夏目の目にはどんな子供の悪戯よりも、残酷なものに映った。
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