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光と影の魔術師

奥井晴弥

14,352 字

芸術小説、歴史ドラマ

"魔術師の狂気を支え、闇に永遠を刻んだ職人の物語。"

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第六章 破壊の果ての深淵

1642年、6月。ブレー通りの楼閣に、重苦しい沈黙が降りた。サスキアが、その短すぎる生涯を閉じた。

アトリエの熱狂は凍りついた。レンブラントは数日間、死んだように動かなかった。この楼閣から灯が消え、画商たちの下卑た笑い声も、弟子たちの騒々しい足音も、嘘のように止んだ。残されたのは、乾きかけの巨大なキャンバスと、そこに中途半端に浮き上がった「黄金の少女」の残像、そして私の練り上げた冷たい鉛の匂いだけだった。
「……理(ことわり)の、勝ちか」
私は一人、暗いアトリエで呟いた。どれほど魔術を弄し、光を捏造しようとも、肉体が朽ちるのを止めることはできない。

だが、サスキアの葬儀を終えて戻ってきたレンブラントは、私の想像とは全く違う姿で現れた。彼は泣いていなかった。その瞳には、絶望という名の、より凶暴で、より底知れぬ「魔力」が宿っていた。

「ヤン、立て。仕事の続きだ」

彼の声は、墓石を削るような音だった。喪の外套を脱ぎ捨て、絵の具にまみれた作業着姿に戻り、汚れたパレットを握りしめた。
その手は震えていたが、筆を構える力は以前よりも増しているように見えた。

「親方……これ以上、何を。彼女はもう、ここにはいません」

「いいや、ここにいる。俺が今、この瞬間に『描き直す』んだ」

彼は巨大なキャンバスの前に立ち、黄金の少女の周囲に、恐るべき速さで黒い絵具を叩きつけ始めた。それは肖像画を描く筆致ではない。自分を置き去りにした現実を、あるいは彼女を連れ去った神への呪いを、塗りつぶすための戦いだった。

「いいかヤン、あいつらが求めているのは、俺の『物語』だ。なら、見せてやる。愛する者を闇に沈め、自分だけが泥の中に残される、救いようのない、最高の物語だ」

彼は狂ったように筆を振り、少女の周囲に置かれた隊員たちの顔を、次々と黒い影の中に埋没させていった。代価を払った注文主たちの面目など、今の彼には1スタイフェルの価値もない。

「もっとだ、ヤン。もっと闇を深くしろ!あいつらは、光と影が照らし合う、俺の『物語』を求めているのだ!」
「俺はこの集団肖像画に亡き妻の魂までも鎮め、あのルーベンスをも超える、これまでにない傑作を描くのだ。これほどの勤勉が他にあるか!赦(ゆる)されざるはずがない!」

その叫びが、アトリエの壁に虚しく、しかし鮮烈に響いた。

私は悟った。今、この男は自らの手で「魔術師」としての力を使い果たそうとしている。自らの祈りのために、すべてを壊そうとしている。
その破壊の果てに生まれる「闇」は、かのルーベンス様を超えて、遥かな深淵にまで達しようとしている。

「……いいでしょう、親方。あなたの望むままに、世界を光と影で満たしましょう」

私は、地下から持ち出した最後の一瓶――あの不気味な鉛の処方薬を手に取った。私はその闇が、時間を超えて生き延びるための「鎧」を打ち続けるまでだ。アムステルダムの湿った壁から、この男の最後の呻きを守り抜く。
そのために、私はキャンバスに、封印を施し続けた。

── 第7章 了 ──

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