第七話 記録がない
「では最後、佐藤さん。お願いします」
香田さんが、私の名前を呼んだ。
第二回プロジェクト会議。
目の前のノートパソコンのディスプレイには、三人のPL、村井社長の言葉が並んでいる。
田所さん:ええもん作って、欲しい人に届ける (他には思いつかない、とのこと)
坂上さん:アイデア力/小さな革命/誠実な仕事
黒木さん:ええもん作って、欲しい人に届ける/先回りして考える/ちょっとした工夫
村井社長:小さな不便を解決する/工夫するDNA/なるほど、と思わせる
佐藤:
「はい。まず、私も『ええもん作って、欲しい人に届ける』は考えました。前回、田所さんが言っていたとおり、会長がよく言っている言葉なので」
「その言葉、大人気ですね」
香田さんが、にこっと笑いながら、反応を返した。
「でも」
「でも?」
「当たり前のことすぎて、うちらしいといえばうちらしいんですけど、うち以外当てはまらない、という感じじゃないな、と」
「なるほど、いい視点です。『うちらしさ』を表そうと思ったら、単に『うちらしさ』が何か、だけでなく『うち以外』のことも、考えないといけないですよね」
香田さんは思った以上に、言葉で人の自尊心をくすぐるのが上手だ。
「いい視点」と言われたら、若輩の立場で企画を担当している自分としては「良い問いを投げかけることができた」という気分になる。
その言葉で覚えた、軽い昂揚感を抑えつつ、続ける。
「はい。でも、今は『持ち寄る』場なのでとりあえず次いきますね。ふたつ目は『アイデアはそこにある』というのを考えました。私はムライ化工がアイデア雑貨メーカーとして安定してきた頃に入社したので、人から聞くことしかできないのですが、みんな口を揃えて自社製品を次々生み出していた頃の会長のアイデアを、『言われたら簡単なことで、なんで思いつかんかったんやろ、と思った』というようなことを言っています。それを一言で言うと、こんな感じかな、と」
「いいですね、たしかに私も御社の製品からはそういうことを感じます」
香田さんは深く頷きながら言う。私の前の四人の案に、一言も否定や疑念は挟まなかった。それと同じだ。
「最後のひとつ、ですが。『なぜ、を形にする』というのを考えました」
「『なぜ、を形にする』ですか?」
「はい。実はこの三つの言葉を考えるにあたって、過去の商品開発や営業販売の企画についての会議の議事録を、読み直しました」
「議事録を」
「はい。だいぶ昔の、紙に手書きの、そういう議事録もです」
「どうでしたか?」
「正直、探したかった内容はほとんど、見つかりませんでした」
「探したかった内容、とは?」
「はい。それは『なぜ、この商品を作ろうと考えたか』『なぜ、この販売企画をやろうと考えたか』という内容です」
「つまり、『理由』を探したということですね」
「はい。でも、ほとんどそういう記録はありませんでした」
「それで、どう思いましたか?」
「でも、商品は形になっていて、実際に売れている。そういうものなんだな、と思いました」
「なるほど、面白いですね。形になったものを見れば、理由なんて言われなくても想像できる。そういうことですか?」
「はい。まあ、そういう感じです。でも、私の立場からするとそういう記録は、できれば、あってほしいんですけど」
「たしかに。佐藤さんからすればそうですよね」
香田さんはそう言って軽く微笑むと、ホワイトボードに書き出した五人の言葉について、分析のような、感想のようなことを話し始めた。
その話題に絡めて、それぞれの担当業務にまつわる質問を投げかけ、それぞれの仕事のこだわりや思い出話を、聞き出していった。
私はそれらの話の要点を、目の前のノートパソコンに書き留めた。
二時間の会議の最後に、今回の会議を踏まえて自分の周りのスタッフ三人以上と話し合い、その内容を次回報告する、という宿題が出た。
私はそれを議事録に書き留めた。
もう一度、ノートパソコンのディスプレイを遡って、今回それぞれが考えてきた言葉を見なおした。
田所さん:ええもん作って、欲しい人に届ける (他には思いつかない、とのこと)
坂上さん:アイデア力/小さな革命/誠実な仕事
黒木さん:ええもん作って、欲しい人に届ける/先回りして考える/ちょっとした工夫
村井社長:小さな不便を解決する/工夫するDNA/なるほど、と思わせる
佐藤:ええもん作って、欲しい人に届ける/アイデアはそこにある/なぜ、を形にする
そこには、五人がなぜこの言葉を考えたかという理由は、記録されていなかった。
五人はそれぞれ何かしら、どうしてこの言葉を選んだか、ということは口にしていたはずだった。
どうやら、私はそれを記録しそこねたらしい。
なぜ、の記録がない。代わりに、それに絡んだ仕事のこだわりや思い出話が記録されている。
少し、不安になった。
だけどそれでも、たぶん、形になる。
そう思った。
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