第6話 乙女な人
「林丸……雄介くん、銘治鉄工さんっていったら」
「あの、超耐火性壁面ボード、モーエンデの?」
省伍は、雄介の顔と名刺を見比べながら言葉を続けると、雄介がそつなく身近にあったビール瓶に手を伸ばし、省伍のジョッキに注ぎながら続けた。
「はい、最近では阪神・淡路大震災、近年の中越地震での被害もあったことから」
「耐震構造も重視されていまして、細長いパネルを斜めにクロスするように貼り合わせた」
「筋違壁面パネルSJ-カイン」
「こちらも開発し、販売を開始しました」
「SJ-カインをモーエンデでサンドイッチのように挟み込むことによって」
「耐火、耐震に優れたより強固な建造物が実現できます!」
「へえ……壁そのものを筋交工法にするわけか」
「都内も環境に配慮して、緑地化を推進しはじめたからね、都市開発から高層建築が主流になるだろうから」
「需要は高まりそうだね」
すると、雄介がリーフレットをカバンから出して差し出した。
「後日、詳細な資料と仕様書を持参いたします」
「今後とも、お見知りおきの程、お願いいたします!」
「こちらこそ、いろいろ教えてください」
省伍が表情を崩し、右手をそっと差し出した。
その瞬間だった。
ガタッ
思い切り、椅子が引かれる音がした。
見上げた雄介が絶句して、口元を一気に引き攣らせる。
「……え? なんで?」
「なんで? いるの?」
「な……ナーガ!」
声を震わせる雄介の視線の先には、立ち上がった萌華が、雄介を見下ろしながら、目を見開いた。
やがて、その目は潤いを増し、頬もみるみる紅潮していく。
「知り合いなの?」
問いに返事をせずに、雄介を見つめる萌華に、安嶋と省伍は顔を合わせて、首を傾げた。
やがて、萌華が、何段もトーンの上がった声を出す。
「うふ、うふふふ」
「みーつけた♡」
雄介の顔がみるみる青ざめて、おもむろに立ちあがろうとするが、萌華の視線がそれを威圧する。
「もう、ちゃんと連絡先、教えてくれないとだめじゃん」
「ゆーすけきゅん♡」
雄介は生唾を飲み込んだ。
省伍がおそるおそる雄介に問う。
「随分、親密な関係なの?」
すると、雄介はぶんぶんと首を振った。
「ただの……中高の、同級生です」
萌華がゆっくり微笑む。
「なんでそんなこと言うの?」
「毎日お弁当つくってあげたじゃん♡」
「……普段の日でも、運動会とか、おせちみたいなやつをな」
「いつもいらねえって言ってたじゃん」
「クリスマスにあげたセーター」
「着てくれたこと、ないよね♡」
「そもそもなんだよあれ」
「あのパークのマウスの、クリスマスバージョンのデザイン、手編みで完全再現してて」
「こええよ」
「わたしのはマウスニーちゃんのほうだよ♡」
「余計こええよ!」
次々と出てくる萌華のエピソードに、安嶋の表情が徐々に引き攣っていく。
省伍は無表情で二人を交互に眺めた。
「おんなじ学校行きたくて、同じ敷地の短大の方受けたら」
「違う県の別の学部ってなによ」
「知らねーよ、お前の早合点じゃん!」
すると、萌華の表情がすっと真顔になった。
「もう、会えないのかな? と思ってた」
「悲しかった」
「でも」
萌華はジョッキを手に取り、一気に喉を鳴らす。
ぷはーっ
と息を吐き、また、満面の笑みを向ける。
「これって」
「やっぱり」
「運命なんだよ」
「ゆーすけきゅん♡」
ぞわぞわぞわぞわ
その表情から、雄介の背筋が凍りついていく様子が伝わってきた。
眉を下げて、息を呑むしかできない雄介。
その時。
「素晴らしい!」
省吾が声を上げると、二人の間に割って入るように立ち上がった。
「手作り弁当」
「手編みのセーター」
「同じ進路を追う」
「なんて、素晴らしい人だ」
昼間のエレベーターの時とは違う、その口は滑らかに動いている。
「それなのに」
今度は雄介に冷たい視線を向けた。
侮蔑の表情を向けて指をさす。
「そんな一途で純粋な気持ちを理解せず」
「あなたを振り回すような」
「こんな男、やめておきなさい」
「え? え?」
雄介は困惑の表情を向けるしかできない。
省伍が萌華に顔を戻した瞬間、安嶋が、手のひらで雄介にその場を離れるように、合図すると彼は会釈をして、ゆっくりとその場を離れた。
「ちょっと、待……」
あとを追うとする萌華の進路を、省伍が塞ぎ、満面の笑みで言葉をつづけた。
「もう一度言う」
「いや、何度でも言います」
「永本萌華さん」
萌華は、表情がこわばり、省伍と視線を合わせた。
「あなたは」
「素晴らしい人だ!」
「俺の、恋人になってほしい!」
「……は、はあ?」
萌華の表情はますます固まり、口元が引き攣っていく。
「あ……いや、初対面だし、守原さんのこと、なにも知らないし……」
「知ってる、知らないは関係ない」
「これからお互いを知っていけば良い!」
「いや……でも」
周りを見渡すと、しーん、と鎮まり、注目を浴びている。
安嶋はあんぐりと二人を見つめていた。
萌華は、その雰囲気にいたたまれなくなり、つぶやくようにつげた。
「き……きもちは、嬉しいです……嬉しいですけど」
そして、顔を上げて今度ははっきりと言葉にした。
「気持ちは嬉しいけど迷惑です!」
しかし、省伍の表情は変わらない。
「わかった、今はわかった!」
「だけど必ず、必ず」
「振り向かせてみせるからね!」
もはや、テーブルの面々は言葉がなく、二人の様子を眺めているしかできなかった。
その頃、台蔵組の設計部にはまだ煌々と、明かりが灯っていた。
「え!? まじ?」
「それ、すげえな、うん、わかった」
一人の若い社員が、携帯電話の通話を終えて二つ折りに閉じた。
めざとく見つけた岩坂が、口を挟む。
「どうした?」
「いや、守原さん、早速玉砕らしいですよ」
「いつもの調子で」
すると、岩坂が眼鏡を外し、ハンカチで目頭を拭って戻す。
「……あしたから、あいつ、積算の手伝いだろ?」
「甘城さん、喜ぶだろうな」
「来週商談いけるから」
オフィスに残る社員たちが、顔を見合わせて頷き合った。
岩坂がほくそ笑む。
「振り向かせてやるぜモード」
「発動だな」
「守原省伍……」
岩坂はオフィスの窓の外に広がる、夜景に目を向けた。
「あいつの恋慕の情は」
「地球より重いぞ」
気持ちは嬉しいけど迷惑です!
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