第7章
辰野と家畜運搬車が去ると時計は既に12時を回っていた。台所でお湯を沸かして持ってきていたカップラーメンを縁側に座って食べた。ここなら由奈を見ながら食べられる。秋の風も心地よい。由奈はやはり慣れない環境が不安なのか私のすぐ前に座っていた。
それから月曜からの在宅勤務に必要なネットの接続をチェックする。こんな山間部だが光回線が引かれている。移住者誘致のためだろうが、かなり雑な設計で古い木造の屋内をケーブルが這っている。携帯の電波の弱さに反して、ネットは十分な速度が出るようだ。
由奈を置いていくのが少し不安ではあったが、車で山を降りてスーパーへ買い出しに行く。スーパーは自宅の近くにもある県内の有名チェーンで、駐車場が広い以外は品揃えもほとんど変わらない。2、3日分の肉や野菜、パン、それからインスタントのコーヒーなどを購入した。レジも自宅周辺と変わらない、セミセルフ形式で電子マネーで支払った。
続いて駅前の商店街も見ておくことにした。スーパーの駐車場に車を止めたままにして、10分ほど歩く。
だが、商店街はかなり廃れてしまっており、古く退色しシャッターが下りた建物ばかり。色鮮やかなのはセブンイレブンくらいだった。
ふと玩具店が目にとまった。ここも古びており、飾窓には何十年前のものか分からないような超合金ロボットの箱が並んでいる。一応営業はしているらしい。
もしかしたらレアなアイテムが眠っているかもしれない。ガタガタとなる引き戸を開けて店内に入る。
午後の日光に照らされて埃が舞う店内は昭和のまま時が止まったようだった。小さい頃に見たような古いプラモデルが並んでいる。一つ手にとってみる。「宇宙戦士カウダム」。古典的なアニメだが今でも人気が高く私もファンの一人だった。
X X X
宇宙空間に赤や黄のビームが飛び交う。爆発が起きる。ビームガンとビームソードで武装した人型ロボット同士が戦う銀河の戦場。
オレは背後に敵機の気配を感じると、目視もせずにカウダムの上半身を捻らせビームを叩き込んだ。命中。ビームで胸部を貫かれた敵機は爆発、四散する。今日、4機目の撃墜だ。
大勢は決した。機動兵器の過半を失った地球連合軍は撤退していく。深追いの必要はない。オレは母艦であるグレイベースの灰色の艦体を見つけ出し、着艦した。
「ヒムロ少尉、お疲れ様です。見事な活躍でした」
艦橋のオペレーターの激励の声が入る。「サンキュー、ベイビー」。オレは礼を返すと、コックピットの中で白い宇宙服のヘルメットを取った。そこにあるのは白と黒のホルスタインの顔だ。
地球連合政府がスペースステーションや月の植民市の独立運動の武力鎮圧に乗り出したのは銀河世紀79年。当初、国力に勝る地球連合の勝利は間違いないとみられていたが、スペースステーションら宇宙側が新型の人型ロボット兵器を投入したことで戦局は泥沼化。
地球連合は戦力を補充するため民間人の強制的な徴兵を開始した。
オレは地球のトーキョーシティに住んでいたが、圧政からの解放を求める宇宙側に共感していた。徴兵令状が来た時、こんな大義のない戦争に命を張るのはまっぴらごめんだと思い、有り金をはたいて、すき焼きを食べて大吟醸を飲みそのまま眠ってあえて牛となった。
だが、不思議なことにオレは牛になっても人だった時と変わらない意識があり、言葉も話せた。ついでに2足歩行さえできた。
オレは地球連合が宇宙側に対抗するために開発した最新ロボット兵器カウダムを奪い、宇宙側に合流。今やエースパイロットとして宇宙市民の自由と独立のために地球連合と戦っているというわけだ。
そして、戦争も大詰め。宇宙側は地球連合の最終拠点に攻撃を仕掛ける。「ヒムロ、行きまーす!」。当然、オレもカウダムに乗って出撃する。
だが、ここで立ちはだかったのは地球連合のエースで、オレと同じ意識を持った牛である「紅い猛牛」ことシャル・カウベール。
普通の人間には付いてこれない超高速の激戦。真空の宇宙に隔てられているのになぜか相手の声が聞こえてくる。
「ヒムロ、貴様も牛だろうに、なぜ母なる地球(ほし)の大地で生きようとしない!?」
「オレは牛だが人でもある。宇宙(そら)に羽ばたいて人の可能性を試したい」
「それはエゴというものだ」
「エゴで何が悪い。オレはオレの夢を追う。どこまでも翔んでいく!」
一瞬の隙をついてオレのビームソードがシャルの機体を貫いた。
戦争は終わった。オレは信じている。人だろうが牛だろうが誰もが自分の夢と幸せを掴み取れる世界が来ることを。破損したカウダムがグレイベースに着艦する。青い地球の向こうに太陽が輝いていた。
X X X
カウダムはロボットアニメの金字塔と呼ばれ、今に至るまで続編が作られている。その一方で、放映当時は牛化に関する描写が問題視されたこともあった。
放映は私が生まれる前だったので当時の雰囲気までは知らないが、「太平洋戦争当時、徴兵逃れのために敢えて牛化した人がいた」という史実をアニメで扱うことへの反発や、牛化した人が人間の時と同様の意識や記憶を持つという科学的根拠のない設定が誤った希望を与え当事者家族をかえって苦しめることになるといった批判があったそうだ。
白いヒーロー然とした姿をしながらも、頭部には勇ましいバファローのような角を生やしたカウダム。放映当時の人がどう感じたかは分からないが、今の私は牛の姿のエースパイロット、ヒムロ・ライを見ても特に希望も絶望も感じない。少し少年時代を思い出すだけだ。
少し悩んで結局、私はシャル・カウベールの乗機である「シャル専用オクス」のプラモデルとペンチ、接着剤を購入し、トライアル移住の古民家へ戻った。由奈が気になり、スピードが出せない不慣れな山道がもどかしかった。
古民家の庭に車を入れる。由奈の姿が見えず一瞬焦ったが、放棄されたビニールハウスの近くの木陰で眠っていた。
その後は芋穴やカブトムシの木に至るまで、辰野が説明していた設備をひとつひとつ自分の目で確認した。一廻りして母屋の前に戻ってくると、いつの間にか目を覚ました由奈が地面の匂いをかぎながらうろついていた。由奈も新しい環境を点検していたのかもしれない。
夕方になって家畜運搬車で持ってきていた干し草を由奈に食べさせ、自分も台所で焼きそばを作った。
台所には土間に直接置く形でテーブルと椅子があったが、土間が平らでないのでガタガタと揺れる。結局、また縁側で由奈と外の景色を眺めて食べた。今は季節が良いが夏や冬はどうだろうか。
続いて風呂に入る。バスタブは小さく、足を伸ばすことはできない。風呂のある棟も気密性はないに等しいので冬はかなり寒くなりそうだ。
完全に日が落ちると思いの外暗い。街灯も街明かりもないので、ぼんやりとした電灯の光では部屋の隅にさえ暗がりが残る。その代わり空には見たことがないくらい多くの星が瞬いていた。
庭に出て由奈を撫でながら、星空を見上げる。「きれいだなぁ」と思わず口に出る。あの星は一体何光年先にあるのだろうか。
「宇宙(そら)に羽ばたく」と言ったヒムロと、「母なる地球(ほし)の大地で生きる」と言ったシャル。カウダムに夢中になった子どものころは私もヒムロのように遥か銀河へ飛んでいきたいと思った。だが今はシャルに共感している。
その後、居間に入りわずか300円で購入した40年近く昔のプラモデルを作り始めた。静寂の中、ペンチでパーツを切り取るパチンという音だけが響く。
去年、レゴを組み立てた時は由奈が「手伝いたい」と手を出してきてなかなか作業が進まなかった。今は作業を妨げる者はいない。古いプラモデルはシンプルで30分もかからずに完成した。
私は居間のテレビが置かれた棚に自宅から持ってきたアリエルのぬいぐるみとシャル専用オクスを並べて飾った。
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