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ベレー帽の探偵

阪奈康太

85,483 字

心理ミステリ、探偵小説、人間ドラマ

"「真実」とは何か。「正義」とは誰のものか。ベレー帽の探偵が、その問いの奥底を覗き込む。"

 真実とはこうも無価値とは思わなかった。  ……ああ、こんにちはどうも。何があったかって?  実は統合失調症の患者にお前は統合失調症だといいましてね?  するとこれが酷く暴れるもので……。ええ、その通りだね?  私の行動は医療プロトコルにも反する愚かな行動だ。正解改善とは程遠い。  失礼失礼。つい王様の耳はロバの耳と叫びたくなってね。まあ少し前提から考えてみよう。  まずもって私たちは完璧な真実とやらにたどり着くことはない。  言葉は取りこぼすし、認識には限界がある。  けれども決して私は近づくことをやめない。時にイカロスのように、時にパンドラのように。  自身に不利益があろうとも、どうしたって好奇心は抑えられない。  ……さて、得て知って、それで満足したいところだが私は探偵という職業についている。  残念ながら私だけが知っていてもどうしようもないのでどうにかコレを商品として機能させなければならないのだ。  であれば、私がかぶる帽子はシャーロックホームズのような鹿討帽だろうか?  ……いいや、ソレを物語のように加工する私にとってはベレー帽こそふさわしいだろう。

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第7話

相も変わらず鳴り響く目覚まし時計に手を伸ばす。
 が、やはりそれをつかんだ瞬間引っこ抜かれた。
 頭の上から、声が降ってくる。
「おはようございます」

 ため息交じりにそう言った助手はいまだ鳴り響く目覚ましを遠くへ置いて布団をはぎ取る。

「あと……、あと5分。」

 「今日は鳴川さんが9時に来ますから、いつもよりも急いで準備してください。」

「別にいつも通りでも君は準備してくれるだろ……だからあと5分。」

 と、最後に足掻いてみてもいつも通り、始業時間前には気が付くとデスクに向かわされていた。

 はぁ、憂鬱だ。まぁ今日で終わりだと思えば……。

 やる気が起きずノートパソコンのデスクトップ画面を見つめてエクセルを起動しては、閉じたりしていると時刻は9時を回った。

 始業時間――。そしてドアノブは回る。

「おはようございます。鳴川です。」

「お待ちしておりました。どうぞこちらへ。」

 助手はそう言って前回と同じローソファーへ誘導し、彼女を座らせて、またお茶を淹れにその場を離れる。

 私もまた同じように挨拶を述べて彼女が座ったのを確認してから対面のローソファーへ腰かける。
 
 最初に口を開いたのは私だ。
 
 「まず、お伝えしたいのは他殺か自殺、その点においては疑問が残ります。」

 「え!?他殺は可能なんですか?」

 驚いたようにそう見える。あるいは彼女はそう見せる。
 
「ですが、主たる要因というのを突き止められました。他殺であるにしろ、自殺であるにしろ。」

 助手から出されたハーブティーには――カフェインは入っていない。

 「結論から申し上げますと家庭環境です。」

 一口口をつけて、推理を改めて整理しながら私はゆっくりと言葉を選ぶ。

「まず、学校の調査では彼がいじめられていた事実はありませんでした。その他様々な要因を調査しました。」

 それで、「彼がいじめに準ずるものを行っていたと」言え。

「それで学校に問題がなく、ご存じの通り、文武両道に加え交友関係にも恵まれていたようで、むしろ彼にとっては心地のいい場所だと思います。」

 悪魔の囁きを私は言葉を連ねて上書きするように黙らせる。

「恐らく鳴川さんが不審に思った点というのは、自殺したその当日彼が登校し、その正午に自殺したという時系列でしょう。これを見ると、学校で何か問題が発生したように思えます。しかし主たる要因はそれではないのです。それはコップ一杯の張った水に最後の一滴をたらしたようなものでしょう。」

 彼女の表情がゆっくりとこわばっていくのがわかる。

「では、家庭でどのような問題があったということですが……」

 事前にプリントしておいた写真をいくつか広げる。

 その中から父親と同僚とのメッセージを見せると彼女は目を見開く。

 「あいつにうんざり……。はよ終わらせたい……!こんな……あの人が殺したって言っているようなものじゃないですか。」

 腰をローソファーから数センチばかり離して前のめりに写真をあさりながらそう言うと続けて質問を投げかける。

 「他殺は可能なんですか?」

 「――もし、彼が殺してあの形に自殺と偽造するのでしたらこうです。まず首を絞めてドア越しに引き上げる。一般的に1人あたり引き上げられる重さは約60kg〜85kg。息子さんの体重なら持ち上がります。問題はそれを10分ほど持続させる必要があるのですが、それに関して言えば、ちぎれない限りは階段でつっかえていたら父親の体重もありますから可能でしょう。」

 
「やっぱりあの人が殺したんですか!?」
 
 それまで取り繕っていたものがついに耐え切れずに落ちてしまったのか彼女は声を荒げる。

「可能か不可能かで言えば、不可能とは言えません。ただし、それを証明するには、当時の現場保存、遺体所見、時間経過、そのすべてが足りません」

「いいえ、あの人ならやりかねません。」

 話を遮って、彼女はそう主張する。目線は合わせず、焦点を手放して、うつむき気味で、怒りと喜びが混じったそんな感情を顔にうっすらと浮かべている。
 ……私はこの人の目をよく知っている。それは私だ。推理の点と点が結びついて線になって、その全体像が露わになった時の私だ。
 
 その快感はよく知っている。
 その確信はよくわかる。
 だからこそ見ていられない。

「……まぁそんな具合で、おそらく息子さんの死因はそれでしょう。」

 だいぶ適当に述べても彼女は気にしない。できないだろう?

「本当にありがとうございます!そうですよ、圭が自殺なんてするわけがないわ。」

 最後の一言は消え入るように言い放つ。それはきっと自分へ向けていっていたのだろう。

「本当に本当にありがとうございました。」

 やめてくれ、本当に本当に、その感謝を私へ向けないでくれ。

「いいえ、お力になれたのでしたら幸いです。」

 そういって双方深々と頭を下げた。

「あ、一つお聞きしたいことが。」

 考えるより先に口が出てしまった。でもそれを聞くことに何ら問題はないと思うから、取り消さずに進める。

「はい、何でしょうか?」

 そう一言言って彼女は振り返る。

「おそらくご主人は自殺の前に息子さんの部屋へ入って、壁に貼られていた一枚の……A4用紙を剥がしています。」

「何かの証拠を隠滅したってことですか!?」

 また食い入るように目を輝かせて詰め寄ってくる彼女を刺激しないように、言葉を選びながら述べる。

「いえ、あーいや、はい。その用紙の内容次第ではあるのですが、何か心当たりはありませんか?」

 彼女はうーんと少し考えて、一瞬ハッとしつつもやはり疑問を持ちながら答える。

「壁に貼られたA4用紙は、――だったと思います。」

 そうか。だから父は耐えられずに。
 だが彼女からすれば何てことないし、きっと私や警察が見ても何とも思えないだろう。

「そうですか。私どもにはわかりませんが、ご主人からすると何か隠しておきたかったのかもしれませんね。」

「そう、ですか。あれに何か書かれてたかしら……。」

 後姿はうつむき気味で、足早に彼女は去っていく。それを遠目で見つめていると助手が声をかけてきた。

「大丈夫ですか?」

 ……助手には読心術があるのだろうか?いや、きっと助手が普通なのだろう。助手にはわかるのだろう。助手自身、分かっていると自覚はないかもしれないが。

「いいや?相変わらず疲れたよ。」

 「さあ戻りましょう。聞きたいことが山ほど、言いたいことも山ほど。」

 助手はそう薄く微笑んで皮肉ったらしくエスコートする。

「そうしよう。それじゃあ事件の真相について話そうか。あ、それと。」

 私は同じように薄く微笑み、助手の顔の少し左をみて言った。

「ハーブティーをありがとう。」

── 第8章 了 ──

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