第7番:異分子
鉄は軽々と珊瑚を摘み取っては水上へ投げていった。導師は、何だかミニゲームみたいだな、と思いつつそれを回収していった。暫くそれが続くと、鉄はより深い方へ泳いでいき、導師は全く鉄の気配を感じられなくなった。
沆核の谷底にはあらゆる重金属が眠っていた。そして、氷に侵食された潜水艦も底に落ち、中途半端に喰いかけられた岩壁には至る所に鉱石が落ちていた。それを回収して一度水面へ這い出た。
「これぁ、投げらんないから往復するな」
導師が差し出したバッグにそれを入れながら言うと、再び谷底へ向かった。
一方、鉛とベリリウムは枉磊の晶窟でそれぞれクリスタルを黙々と掘り続けていた。同じチームであるがほとんど単独行動に近い。
鉛はチームで動くのが嫌いな訳ではなかった。単なる合理主義者で、計画通りに進まなくなる言動が多い鉄を嫌っていた。ベリリウムだけならば特に問題は無く、更に導師というよく分からない存在の相手を嫌いな相手が対応しているのだから鉛にとってかなり好都合だった。早いところ切り上げて帰りたいくらいだ。しかし鉄は力任せな所がある。こういった作業は物によれば得意分野だろう。とはいえ全てが同じ手口で済むとは限らない。慎重にしなければならないものだってあるはずだ。鉛はそう考えていた。
そんな鉛に対して、ベリリウムは作業を続けつつも鉄と導師のことを考えていた。鉛はきっと異分子である導師を嫌うだろうから気にも留めてないだろうが、金先生の言っていたように彼は脆弱の塊のようなものだ。あの防護服があったとしても、谷底までは行けないだろう。あの場所は重力が歪んでいる。様々な成分が入り交じった重い重い液体と空気の大地だ。仮にあの中に入って押し潰されても、きっと自分たちのように戻ることは出来ないだろう。とはいえ冷静沈着な彼が鉄のように後先考えずに入ることも考えにくい。考えるだけ無駄だろう、そう思い直すと再び目の前の作業に集中した。
*
カルシウムはエリアDの端にある防壁で見張りをしていた。防壁はテラ後方支援部隊の仕事のひとつであり、金や白金、ランタノイドも加わっているとても頑丈な作りのドーム状の防壁で、様々な元素を組み合わせて作られており、向こうから襲撃が来ても護れるようにしていた。ここには誰かが必ず見張りをしており、基本的にはテラ後方支援部隊がいるが、金や白金がいることもある。近くに望遠塔もあり、そこでランタンが望遠をして随時状況を報告している。
カルシウムはナトリウムのことを考えていた。彼は無邪気で何にでも興味を示す傾向にある。その為どんな場所だろうと突き進むし、どんな相手だろうが構わず突撃する。後から聞いたが、ナトリウムは導師に対して触れてもいいかと聞いたそうだが、それはきっとウラン事件のことがあってのことだろう。
ウランを作ったのが奴の仲間なのか、それとも種族が同じだけの別物なのか。カルシウムには理解出来なかったし判断出来なかった。事実を語るならば導師は空から降ってきた何かに乗っていた。そしてその衝撃のせいか記憶を無くしている。
カルシウムの知識では因果関係を洗うことなど到底不可能だった。考えれば考えるほど迷宮入りしていく。
「ねーぇ」
足元から不意に声がした。
「ソーダ、なんで……リチウムは?」
きょとん、と小首を傾げるナトリウムに聞いても埒が明かないかと周囲を確認するが他に気配は無い。自分はこの場を離れることは出来ない為、どうしたものか、と悩んだ。
「カルクシュー抱っこしてー?」
「ここは危ないから、別の場所に行ってくれないか」
「むー! やだ!」
ナトリウムは強情だ。他のアルカリのように利口にしてくれないものだろうか、そこが可愛らしいのだが。など思いつつも、再び周囲を見回す。目新しいものは無い。
「ソーダ、言うことを聞いてくれ」
「なんでー?」
「危険だからだ。もしここで地割れが起きたり、危険生命体が襲撃して来たり、そんな事があるかもしれないだろう」
なるべく小さな体に目線を合わせるようにしゃがんで言い聞かせるが、ナトリウムには効果が無いようで、そっぽを向いていた。こういう場合のナトリウムは何かが気になって話を聞いていないか、本当に興味が無くて聞いていないかのどちらかだ。
仕方無くカルシウムはナトリウムの視線の先を向いた。
そこにはナトリウムの頭より大きな何かがいた。カルシウムは咄嗟にナトリウムを自分の背後へ掴み上げて移動させると、即座に通信した。
「伝令! 伝令! 防御壁M方角にて謎の生命体を視認! 繰り返す──」
ナトリウムが動かないようにカルシウムは彼の前に手を出し、異物の動きを監視しながら拠点全体へ言い放った。ナトリウムはじっとカルシウムの手を握っていた。そうすればカルシウムが安心すると思ってのことだった。じっと真っ直ぐ異物を見つめるナトリウムは、直ぐにでもそれを触って確かめたかった。
連絡を受けて金は即座に水銀を呼んだ。水銀ならば身軽に動く事が出来る。案の定、水銀は直ぐにカルシウムたちの元へ着いた。
カルシウムたちの目の前にいるのは、海生脊椎動物の子供だ。水銀がエリアMで見かける海生脊椎動物とは違う、ナトリウムのように無邪気そのもののような目をした子供が、カルシウム、というよりはナトリウムをじっと見ていた。
「…………」
水銀はそっと近付いた。
「おい! 何をする気だ?」
「彼を逃がしてあげなきゃ。 ……でも、僕の毒を吸ってしまったら大変だから、もう一体応援が必要」
すかさず「どういうことだ? 崩壊させてしまわなければいけないんじゃないのか?」と殺気立つカルシウムは言った。
「これは海生脊椎動物の子供だよ。まだ未熟で、僕たちのことを分かってない。子供ならば親がいるはず、ここで彼を留めておけば親が来るよ」
淡々と返すとカルシウムは押し黙った。
「ナトリウムは近付いちゃだめだよ。 ……先生に、報告しなきゃ」
そう言うと水銀は金に連絡を取った。
〈──……ならば、そうだな。白金に……〉
すると、通信を聞いていたセリウムが割って入ってきた。
〈諸君!! 僕の出番だな!〉
意気揚々と高らかにセリウムの声が聞こえたかと思うといつの間にか金との通信は切れていた。
「ばぁ!」と突如水銀の背後からセリウムが出現し、水銀は一瞬肩を震わせ驚いた。
「…………」
「ああ、これか。よし、僕に任せろ」
そうニヒルな笑みを浮かべると防御壁から出て海生脊椎動物を抱き上げた。
セリウムは海生脊椎動物を脇に抱えて宙を泳いでいた。真っ直ぐエリアMに向かっていたが、どうも惜しい気がしてならなかった。
水銀の言うことは一理ある。しかしいち研究者として機会をみすみす逃していいものだろうか。
この子供は全く邪気が無い。この世界に対する好奇心で満ちている。簡単に拉致して幽閉して研究に扱うことは容易だろう。奴らの視界に入る場所では駄目だ、全く別の所へ行かなければ。
セリウムは思考するのと同時に別の場所へ向かっていた。
この星が球体であることは分かっている。ということは反対側に全く未踏の地があるはずだ。そう思い、エリアPの上空、エリアC付近の岩石を伝って当番中の彼らに見つからないようにも気をつけて移動した。
海を越えようとした時、左手側に岩石群が広がっているのに気付いた。向こう側に行ってみよう。
そして向かった先には銀がいた。
銀は何かをじっと観察していた。彼ならば何か協力してくれるかもしれない、そう思ったセリウムは銀の元へ降下した。
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