第八章 1992年・3月:閉校の宣告
三学期の終業式。
六年生がいなくなった後、五年生の翔太と舞、そして四年生の大輔の三人が教室に集められた。
そこに田辺先生が入ってきて夏目の隣に立つと、教卓に児童名簿を静かに置き、重い息を吸った。
「みんなに、大切なお知らせがあります。……この分校は、来年度の三月をもって閉校することが決まりました」
「えっ、じゃあ僕たちが最後の卒業生!?」
翔太と舞が、どこか誇らしげに声を弾ませて沸き立つ一方で、大輔はただ机の一点を見て、目を震わせていた。
大輔は考えていた。
(この分校なら、やり過ごす相手は少ない。でも、町の学校に行くことになれば、数え切れないくらいの相手に見られることになる……)
多数の同級生との出会い。
それは10歳の大輔にとってあまりに巨大な不確定要素の予感として、重くのしかかった。
大輔は、他人の些細な言動をよく覚えていた。一度向けられた視線の温度や、何気なく投げかけられた言葉の棘。そういうものをいつまでも鮮明に覚えてしまい、忘れられない。だからこそ他人もまた、自分の内面を自分と同じ解像度で見透かし、いつまでも記憶しているものだと信じていた。
あの授賞式で、大人は扱いやすいことを知った。彼らは「才能ある子供」というわかりやすい枠組みでしか、自分を見ない。だからその期待に沿った「正解」を演じてさえいれば、踏み込まれることはない。
だが、子供は違う。子供はまだ「枠組み」が不安定だ。
翔太や舞を見ればわかる。大人よりずっと「傾向と対策」が難しい。
そんな不確定な瞳が何十も、何百も、注がれる場所。
自分を隠しきれる気がしない。
「……嫌だ」
放課後、寄宿舎の夏目の部屋に飛び込んできた大輔は、開口一番そう絞り出した。
「あっちに行ったら、またみんなが僕を見る。何かを言わせようとする。……先生、もっと教えて。もっと、誰にも文句を言わせない『正しい描き方』を。この本にあるやつ全部。……完璧に」
夏目は、少年の剥き出しの焦燥に気圧され、息を呑んだ。
大輔の瞳にあるのは、表現への拒絶、などといった生易しいものではない。
生存のための、防衛本能だ。
「……わかった。春休みも、毎日来なさい」
夏目は、少年の焦燥に応えるように自らの美大時代の知識と技術を、
一心に注ぎ続けた。カノンによる人体の解体。透視図法による空間の支配。
大輔はそれらを凄まじい速度と精度で身につけていった。
夏目にとってそれは、かつて自分が吉良に追いつこうとして突き落とされた、挫折の記憶をなぞるような出来事だった。
そしてこの少年の渇望に応えることで、自らの敗北に意味を与えようとしていた。
大輔は、檻の壁をより高く、より厚く、塗り固め続けた。
その絵から「子供らしさ」は完全に消えていった。
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